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十九章 断ち切られた絆



 残響する言葉にショックを受けた次の瞬間、輪になった俺達は虹色の空間へ放り出される。様々な色のシャボン玉が浮かぶ夢幻の世界は、現実では有り得ない程綺麗だった。

「あれは?」

 鮮やかな色彩の中に一点の黒。どうやら俺達はそちらへ向かっているようだ。グングン円が大きくなって、ぶつかる!と思った数秒後、地面の感覚が戻った。

 真っ暗闇の中、リーズが呪文を呟き光源を浮かべる。如何にも廃屋らしく黴と埃臭さが物凄い。そして目の前には―――見事に一刀両断された黒い壁掛け電話。

「成功よ。皆、もう手を離して大丈夫」

 両手を解放し、誠が握ったであろう受話器の括れ部分に触れる。勿論温もりはとっくに失われていた。

 直後、辺りを見回したリーズが床を見て息を詰めた。積もった埃の上、まだ赤さを保った液体が落ちていた。左手にある下り階段とは逆の方向へ点々と続いている。

「―――おいリーズ、ケルフ」

「何です?」

「殺す前に俺に一発斬らせろ。白鳩調査団団長の命令だ、いいな!」

 腹が煮え繰り返り過ぎておかしくなりそうだ。

「それで義父さんの気が済むなら。―――大丈夫、お姉さん?」

 茫然と血痕を見つめるメノウに声を掛ける。

「え、ええ……早く後を追いましょう」

「そうですね。シェリーも私達が入ってきた事に気付いた筈だから、すぐに妨害してくるでしょう」

 歩きながら俺達以外の気配を探す。だが、誠がここにいたのは数時間前だ。追われるまま随分移動してしまった筈。もしまだ動けるなら……の話だが。

「どうやら誠は上へ向かっているようだね」

 横で痕跡を観察していたエルがポツリと呟く。

「何で分かる?」

「見て」

 壁に掛かった階段マークと矢印を指差す。

「この案内の少し手前から、彼は脚を速めている」

 確かに。それまでと比べ、以降は血痕の間隔が当社比一・五倍程長く空いていた。

「よく気付いたな。流石」

「どうも。それよりさっきからずっと気になっているのは、だ。そこにも落ちているが」血の横の半透明の塊を見「融けた蝋だ。兄上、この意味が分かるかい?」


―――暗いよ……それに寒くて、痛くて。


「―――ああ。多分、今のまーくんはただの人間だ」

「!!!?」

 驚愕の表情で母親が硬直する。

「間違い無いね。蝋燭を使わなければならない程、今の誠は暗視が使えない。しかも痛覚を感じ……最悪なのは、どうやら頼みの燐も出て来られないらしいって事だ」

 意地悪げな赤い目と笑顔を思い出す。ほぼ唯一の攻撃手段も無く、誠は今どんなに恐怖で震えているだろう。

(俺がもっと早く異変に気付いてさえいれば!)

 そもそもあんな状態の彼を一人にしたのがいけなかったんだ。市街地だからって完全に油断していた。

「恐らくシェリーが事前に暗示を掛けたせいよ。現の夢は入った時の心理状態が大きく作用する。―――人間になりたい、もしも誠君がそう思ったのなら」

 敵は外道だ。散々傷付いた心に甘い誘惑を囁き、監禁した上正に嬲り殺しにしようとしている。

(一回じゃとても足りねえ。二人には悪いが気が済むまでやらせてもらうぞ。トドメは置いといてやるから許せよ)

 俺とメノウ、リーズを先頭に弟と義息が続く。塔に入って以来、貴婦人はずっと今にも倒れそうな青い顔のままだ。早く愛息の無事な姿を見せて安心させてやらねば。




 カツン、カツン……。


(早く向こうに行って……お願い!)

 ズボンの下で血の凝固した太腿の痛みに耐えながら必死に祈る。

(大丈夫。この階に上がった時点で血は止まっていた。血痕は辿られていない筈……この部屋にも埃は溜まっているけれど、足跡が残る程じゃないし……)

 七階の一室。どうやらここは時計塔の整備士達の仮眠室だったようだ。三つベッドがある内、一番奥の下に滑り込んでかれこれ五分近く経過していた。


 ガチャッ。ガチャッ。


 操られたシャーゼさんは隣接する二つのドア、恐らくシャワー室とトイレだろう、を開け私が隠れていないか確認中だ。

(見つからない、よね?)

 入る前に見た外観を思い出す。まだ最上階まではしばらくある筈だ。こんな所でむざむざ殺される訳にはいかない。


「ここにもいないか。上手く隠れたな」バタン。カツ、カツ……。「もう一つ手前の部屋か?」


 望み通り、靴音が段々と遠ざかっていく。よし。お願いだから、このまま出て行って……!


「―――などと言うとでも思ったのか?」


 ゾッとした私を目指し、カッカッカッ。紛れも無くこちらへ一直線に歩いて来る。生命の危機に頭が真っ白になりかけた。

(逃げなきゃ!!)

 伸ばされた腕を避け、転がりながら反対側に出た。脚が痛むのも構わず急いで立ち上がり、ベッドを挟んで剣を持ったシャーゼさんと対峙する。

「酷い格好だな。まるで灰被り姫だ」埃だらけの私を揶揄して言う。

「どいて下さい」

「何をそんなに急いでいる?私よりあの女共が大事か、小晶?」

 強引に横を通ろうとした次の瞬間。左手首を掴まれ、強引に捩り上げられた。骨がみしみし悲鳴を上げる。

「っ!!!」

「あの二人より余程細い腕だ」


 バキッ。「っぅううっっ!!!!」「おや、少し力が強過ぎたようだ。済まない」


 解放された手首は、外側に向けて有り得ない角度で折れていた。切り傷とは桁違いの、息をするだけで全身に響く激痛。

「あ、あ……」

 余りの衝撃に涙腺が勝手に液体を零す。でもこれより重傷だったのに、一週間前のウィルは全然泣かなかった。それは、私が弱いせい……?

「ただお前を捕まえておきたかっただけなのにな。難しい物だ」

 悪夢に気が遠くなりそうなのに、酷い苦痛は失神する事さえ許さない。

「痛いのか?」

 返事をする余裕も無い。肘関節までと指は辛うじて動かせるけれど、患部は少し揺れただけで耐え切れない程辛かった。

 ニィ。「もう限界だろう。楽にしてやるぞ?」耳元で甘く囁く。「お前を殺せば私の復讐も終わりだ」

「嫌……です」

 そう答えると彼はまたあっさり左に避け、通路を作った。

「お前なら必ずそう言うと思った。―――一分待ってやる。早く次の階段を探しに行け」

「シャーゼさん……ジョウンさんを殺したのは間違い無くハイネ君です。でも……彼はもう、何処にもいないんです……」

 燐さんに後から聞かされた話を打ち明ける。

「ハイネ君は“銀鈴”、ティーさんと相討ちになって亡くなりました。だからあなたの復讐は、もう永遠に出来ないんです……済みません」


「―――それがどうした?」

「え?」


 彼は片眉を上げ、ニヤリと嗤う。

「父の仇など本当はどうでも良かったのだ。所詮奴はとっくの昔に死んだ人間、そうだろう?」

「そんな……!?」

「私との追いかけっこに飽きたのか、小晶?」顎を掴もうとした手を避ける。「無駄話の間にも、あいつ等は着実に死へと近付いているぞ」

 これは本当にシャーゼさんの本音なの?それとも操り主が言わせている事?あれだけ復讐に身を捧げていた彼が、どうでも良かった、なんて……。

 歩き出した途端、一、二……冷酷にもカウントダウンが始まる。考えている時間は無い。

 再び蝋燭に火を灯し、電流が走るような激痛に堪えながら走り出す。上がってきた方とは逆の廊下へ進み、アイザ達へと続く昇り口を探し始めて数十秒後。


「あった!!」


 それまでも何度か通った、真っ暗な吹き抜けの空間。どうもこの塔自体が一つの巨大な時計になっているらしく、人より大きな歯車や機械類が乱立している。その真ん中、錆びた鎖で編まれた通路の先に目指す階段が見えた。

(ここを通るの?でも、もし落ちたら……)

 恐る恐る下を覗き込む。蝋燭の炎が照らす範囲に足場は見えない。足を踏み外したら、少なくとも一階分は確実に落下するだろう。気絶、骨折、最悪―――死。

(ううん、大丈夫!二人やシャーゼさんも通った筈だもの。一番体重の軽い私なら余裕で)

 覚悟を決めて渡り始める。足を踏み出す度、ガチャガチャ鎖が鳴って不安定に揺れた。

「っ!!」

 右手に燭台。力の籠らない左手で手摺りを掴みながら這うように進む。そうしてやっと中間地点到達。


「早く、向こう側へ」

「小晶」

「っ!!?」


 とうとう追い付かれた。片手で手摺りを持ったまま剣を抜き、余裕綽々でこちらに向かってくる。と同時に一層グラグラし始めた橋。

(早く行かなきゃ!!)

 私はもがきながら歩を速めた。




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