十七章 侵入
船着場の職員の話を頼りに、俺達は使われなくなって久しいその時計塔へ辿り着いた。入口に立つ三人を確認し、当たりだと確信に至る。
「兄上、オリオール。それに君は……」眉を上げる。「“炎の魔女”か。どうして君まで」
「こんばんは、変わったお化粧のお兄さん。言葉を交わすのは初めてね」
じっと見つめ、近くで見ると中々素敵ね、感嘆して呟く。そのまま真紅の視線を本性を表したリーズに向ける。
「久し振りねお嬢さん。お屋敷の時はどうも」やや険を含んだ口調で挨拶する。「よくも下手な幻影を見せてくれたわね」
「あの場はああするしかなかった。結局焼き討ちされて意味無かったけれど」
この様子、どうやら見せられた幻は捜していた誠らしい。そりゃ怒るのも当然だ。
「リーズ、お前はずっとシェリーを追っていたんだな?」
学校の無断欠席も、白鳩の召集に応じなかったのも、全ては彼女を止めるために。
「その呼び名は止めて下さい。―――シェリーと誠君達はこの中。でも現の夢が強過ぎて、私ですら一ミリも入れない。状況は最悪の一言」
「そんな……!あの子は助けを求めて来たのに、私達は傍にさえ行けないって言うの!?このままここでまーくんやお嬢さん達が死ぬのを待つしか」
「!?ちょっと待って。誠君が助けを?何時?一体どうやって!?」
冷静な仮面が一変、明らかな焦燥に包まれる。メノウの回想を聞く内、それは期待と不安の混じった瞳の光になった。
「エミル?」様子の変化に、義息がやや高めの声で妹の真名を呼ぶ。
「―――キーだわ。これなら行ける」
「えっ?本当に!?」
天才夢使いは杖を振り上げ、確信的な笑みを浮かべた。
「私が嘘を吐く訳ないじゃないティトゥ。但し全員は無理ね」
俺達を順番に眺める。
「連れて行けるのは精々二人まで。でも“魔女”、あなたの記憶は絶対必要よ。嫌でも付いて来てもらう」
「言われなくても望む所よ」
「で、もう一人は」四人同時に挙げた手をやれやれと呆れた風に見「公平にジャンケンでもして決めて。但しオリオール君は駄目。足手纏いを連れて行く余裕無いから」
「むー!」
尤もな判断だ。以前リュネに貰った電気ロッドがあればまだマシだったのだが、生憎早々に返却してしまった。
膨れっ面の少年は思い切りジャンプして俺の肩を叩く。
「お兄さん頑張って!愛の力で!」
「おいオリオール!美希の所へ行くのは僕だ!」
横から割り込んできた弟にあっかんべー!
「茄子顔のお兄さんなんかに負けないよ、ねえお兄さん!?」
「誰が茄子だ誰が!教育がなってないぞ兄上!この子供妙な言葉ばかり覚えて」
「俺は保護者じゃねえ!んなの知るか!」
男三人がギャーギャー騒ぐ中、ケルフが妹の眼前へ歩み寄る。突入の算段を立てていた夢使いが気付いて目を逸らす。
「何よティトゥ?幾ら恋人のあなただからって贔屓はしないわよ?」ツン、と顎を反らせ、小声で「寧ろ余り来て欲しくない」そう続ける。
「分かってるさ。俺が言いたいのはその、俺の夢使いの力も足せば全員連れて行けるんじゃないかって事」
意外な提案に蒼い目が見開かれる。「何ですって?」
「現にさっきは夢の旋律を頼りにここまで来られた訳だし。お前のリードがあれば不可能じゃない」
「本気で言っているの!?訓練も何もしていないずぶの素人が」
「でも才能はあるだろ。頼むよエミル」
無言のまま塔を見つめるメノウの方へ視線をやる。
「彼女の話だと、誠が連絡してきてから随分時間が経っている。一刻も早く救助しないとマズい」
「………」
「エミル!!」
苛立ちから傷だらけの親指を噛もうとした彼女の腕を掴む。
「―――分かったわ、今は誠君達の命が最優先。今回だけ特別よ。付いて来て」
「じゃあ僕も行っていいの!?」
ピョコンッ!跳び上がる少年に一言。「駄ー目!」
「ちぇっ!お姉さんのケチ!」
不貞腐れたオリオールの頭を撫でてやる。
「お前は四と俺達の帰りを待っていろ。ついでに晩飯も食って来い」
「大きいオジサンと?うーん……そうだね」
半ば自分に言い聞かせるように頷く。
「久し振りにパソコンのゲームさせてもらおうっと」
平気な振りしやがって。今にも死ぬかもしれねえって分かってるのに。
「僕良い子で待ってるね。お兄さん達も頑張って」腰に手を当て、努めて笑う。「絶対兄様を助けてね、お兄さん!」
「ああ」
互いに拳を突き合わせ、男の約束だ、そう力強く言ってやった。
「メノウ」
「どうしたの?」
一人離れ、塔に祈りを捧げる貴婦人の肩を掴んで呼び掛ける。その横顔は子を想う母親そのものだ。
「全員で行けるってさ。流石にオリオールの奴は留守番だが」
「そう……」
喪失の恐怖に濡れた目。弱々しく俺の背中に回る両腕の感触。そして噎せ返るような薔薇の香りと、
「お前、何か酒臭いぞ。この匂い、ワインか?まさかまだ酔ってんじゃないだろうな?」
「平気よ、薬は家で飲んで来たから」
「じゃあ何で俺に抱き付いているんだ?」
「アルコールのせいだって言いたい訳?この朴念仁」
噛み付く様な口付け。
「あなたなんて、豆腐の角に頭をぶつけて死ねば……」
言葉が途切れ、彼女は急に今にも泣きそうな表情をした。
「どうした?」
返事の代わりにディープキス。口内に残ったアルコール分が舌を伝って咽喉に流れ込んだ気がした。思わず咳き込みかける。
「ウィルネスト、あれから記憶は……戻ったの?」
離した唇の紅を手の甲で拭う俺へ、震える声で問う。
「いや。どうしたんだ急に?そんなに思い出されたくない事があるのか?」
「いいえ……それならいいの」
首が左右に小さく振れ、腕が解かれる。
「そろそろ行きましょう」
「あ、ああ」
先を歩きかけた俺の背後から、メノウは囁くように言った。
「―――ごめんなさい、ウィルネスト。私……私、何て事を……!」
「!?」
振り返ったが時遅し。彼女は平常を取り戻していた。
「大丈夫か?」
一応そう声を掛けると、ええ、心配しないで、恥ずかしそうに目を伏せた。
再び塔の入口前へ。リーズが義兄に力の使い方を教えていたが、メノウの姿を認めて教授を止める。
「そちらの準備はいい?では」
メノウとケルフの手を取り、ウィルさん達も円になるように手を繋いで。私が良いと言うまで絶対離さないで、と指示した。それに従い俺が義息と、弟が俺とメノウの二人と握手する。
天才夢使いはそれまでの冷徹な雰囲気を一変。甘く貴婦人に囁き掛けた。
「では始めましょう、ミセス・メノウ。ゆっくり目を瞑って、数回深呼吸して下さい。―――はい。ではまず、誠君のSOSの電話が掛かってくる直前まで、記憶の時計の針を戻して下さい」
「え、ええ……」しばらくの沈黙。「―――出来たわ」
「あなたは電話の前にいますか?それとも別の場所に?」
「電話の前よ。階段を降りて一階へ向かう所」
「外に出て宇宙船に乗るつもりですね?」
「そうよ。まーくんが落ち込んでいると聞いて、居ても立ってもいられなくて」
完全に過去に没頭しているようだ。焦りで口紅を塗った唇を強く噛む。
「さあ、掛かって来ましたよ?その時の感情を正確に思い出して下さい」
「ウィルネストだわ、きっと。さっきのメッセージの事、思い切りからかってやらないと」
おい、と思ったが当然口にはしない。肝心の所で集中が切れては台無しだ。
「だから受話器を取って先に言ってやったの。『もしもしウィルネスト?何なのあれ、付き合いたての恋人同士じゃないんだから』って。そうしたら、電話の向こうからまーくんの声が―――!!」




