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十五章 再会




 意識を集中して数分後、膨大な量の夢の旋律が聞こえてきた。本当に様々な音、快も不快もごちゃ混ぜに、しかし全部を同時に聞き分けられる。

(この感覚―――まさか俺にここまでの素養があったなんて……!)

 良く思い出せば決して初めてではない。ティトゥの時や、この身体に移ったばかりの幼い頃。耳を澄ませば何時もメロディーは周囲に響き渡っていた。

(ん?何だ、この曲……いや。声か、これ?)

 異質な音に惹かれ、魂の耳を傾ける。


―――“双夢ふたゆめ”のやつ、ぜったいゆるさない。


 どれだけ離れているか分からないが、声質からして幼い男子は聞き手の俺を認識したようだ。


―――ああ、なんだおまえか。かってにぬすみぎきするな。いますごくきげんがわるいんだ。


 ブワッ!憎悪の旋律が半分夢見る精神を舐るように焼いた。「ぐっ!?」何だこいつ?ただの餓鬼にしては強烈な一撃だが。

「ケルフ?」

「何でもない」

 リアルで心配する仲間に手をヒラヒラ振り、再び意識を夢側へ向ける。


―――待て。坊や、何をそこまで怒っているんだ?お兄さんに話してみろよ。

―――……はいれないから。


 返答と同時にまたダメージを受ける。こいつ、まさかエミルが昔言っていた悪霊って奴か?しまった!構っていたらこっちが無駄に消耗するだけだ。

 急いで耳を外した俺へ、邪悪な幼子は憎々しげに舌打ちした。


―――はやく“双夢”のとびらをあけろ。このやくたたずども。


 “双夢”と言う単語は気になるが、今は伴侶を捜すのが最優先だ。全聴覚を使って捜索範囲を広げる。

(何処だ――――あった!)

 孤独な彼女の旋律は、他とは一線を画する純粋高音で俺へと迫って来た。魂を抉る程の強さを持った音を、捉えた!


「エル、こっちだ!!」

「ああ!」


 俺達は大通りを駆け出す。時折立ち止まり、耳を澄ませて方向を見定めながらガンガン郊外へ突き進んだ。そして森を抜け辿り着いた先は、

「間違い無い。この近くにいる筈だ」

「時計塔……美希達もここに?」

 エルは塔の扉に手を掛け、細腕の力の限り開けようと引っ張った。が、びくともしない。

「鍵が掛かってるのか?」

「いや。数年前に管理人が死んで、それきり紛失したままだ。もしかしてこれは……少し離れて」

 深呼吸の後、紋様の浮かんだ両手で素早く印を結ぶ。


「炎よ!」


 発生した魔力の火球は、本来なら割れた窓から塔の奥に飛び込む筈だった。だが、


 バチッ!


 建物の寸前で雲散霧消した魔力を一瞥し、どうやら当たりだな。ケルフ、こいつは現の夢だろう?確信に満ちた口調で問い掛ける。

「ああ、間違い無い」

 内外を遮断する結界は強固だ。破るには熟練の夢使いの力がいる。


「おーい、エミル・アイゼンハーク!いるなら出て来ておくれよー!!」


 森の木々の間を通った声に、しかし潜んでいる筈の彼女は応えない。


「やれやれ、今日のリーズは随分シャイだね。ひょっとしてエイジングケアの最中かい?」

「兄弟揃って年の事でからかわないで下さい。デリカシー無さ過ぎです」




 次の瞬間、俺達の目の前の空間が裂ける。現れた天才は明らかに憔悴していた。その左手の薬指には俺の小指と同じ、四つ葉のエメラルドリングが煌めいている。

「初めまして。高名な天才夢使いにお目に掛かれて光栄だ」一礼。

「―――ティトゥ、随分安定したわね。前はもっと危なっかしかったのに」

 言葉の意味を図りかねていると、彼女はサファイアの嵌った杖を軽く振った。

「プルーブルーのライブ会場の悪魔。未熟な夢使いは稀に自らの悪夢を具現化してしまうわ。それだけ才能豊かな証拠でもあるけれど、周囲の人間にとっては危険極まりない」

 成程。確かにあの朝の夢見は最悪だった。バンドでの最後のライブと言う事もあって、非常に緊張や不安を感じていたせいだ。

「やっぱり記憶が戻った事が大きいようね。良いか悪いかはともかく」

「エミル、答えて。ここにシェリーと誠達がいるの?突入するなら私達も一緒に連れて行って、お願い」女言葉に戻っているのも構わず頼み込む。

 彼女は黙り込んだまま親指の爪を噛んだ。そこは既にガタガタで、離れていても滲む血がはっきり見えた。

「入れるならとっくにそうしているわ」

「あなた程の使い手でも駄目なの?」

「シェリーの力は異常よ。幾ら私とティトゥ、二人の夢使いの力を吸って成長したからって、こんな完璧な現の夢を出現出来るなんて有り得ないわ。多分四天使はあの人形自体に何らかの力を持たせたのよ―――な、何するの!?」

 俺は伴侶の腕を掴み、強制的に癖を止めさせた。痛覚に乏しい彼女の事、放っておいたら指が無くなるまでやってしまうだろう。

 舌先で爪と肉の間で膨らんだ血を舐める。「痛い!止めて!!」ようやく自分の状況が分かったらしい。手を離すと親指を曲げ、他の四本ですっぽり隠してしまった。

「治療しようか?」

「結構!」

 エルの提案を退け、恥ずかしそうに耳まで真っ赤にする。

「じゃあリーズ、入る方法は無いって訳かい?」

「ええ、夢へのキーを手に入れない限りは」

「キー?鍵が必要なのかい、今回は」

「アイゼンハーク屋敷と違って、今度は御都合主義な抜け道なんて空いてないわ。前回のベリドの教訓を糧に、シェリーは本気で“燐光”を奪い取るつもりよ」

「分からない。何故人形の彼女が不死を望むの?」

 聞いた限りの情報に因るなら、無機物に対して“黒の燐光”の効果はほぼ無いと言っていい。隣のエルも首を傾げている。

「それは……現状には関係無いわ。侵入する方法を考える方が先でしょう?」

 眉根をキツく寄せ、今さっき止められた事も忘れて親指を噛もうとする。相当動揺している証拠だ。

「僕等も一周回ってみていいかい?ケルフの耳なら隙間風を聞けるかもしれないし」

「どうぞ御自由に」

 彼女が突き放したのも当然だ。正面と裏にあった扉は、大の男二人が押しても引いてもびくともしない。無い窓から内部へよじ登ろうとも試みたが、悉く見えない壁で遮られた。勿論風の音など聞こえはしない。

「地下道は?」

「何で時計塔にそんな物がある?」そりゃそうだ。

 無収穫で戻って来た俺達へ、言った通りだったでしょう?伴侶は冷やかに言い放つ。

「キーを見つけない限り、誰も一歩もこの中へ入れはしない」

「それなんだが、具体的に何を指しているんだい?」

「夢への道標。内部を鮮明にイメージ出来る物さえあれば、私の力で強引にバイパスを繋げられる」

「成程。因みに三人の今日の服装とかはどうだい?」

「その程度で入れるならとっくに一人で行っている」

「確かに。そうだ、僕の携帯から美希に電話を掛けて、その電波を通じて侵入する事は可能かい?」

「繋がれば」

「よし、早速試してみよう」


 ピッピッ。―――ピッ。「駄目だ。まだ電源が切れてる」


「流石にそこまで間抜けではないでしょう。以前も通信網は遮断されていたし」

「いや。前はちゃんと会話出来た、燐とだけだが」青紫色の耳朶を撫でる。「そもそも繋がらないんじゃ打つ手無しか……」

 こうして手を拱いている間にも、シェリーは確実に三人を追い詰めている。くそっ!一体どうすれば、


「ここじゃないか!!?」


 絶望しかけた俺の耳に、聞き慣れた義父の声が飛び込んできた。





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