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十四章 生命ある者の夢




「―――と言う訳なんです。どう、でしょうか……?」


 自分で質問しておきながら、私はおずおずと返答を待つ。

 政府館へ戻ろうとした矢先、シャーゼさんに声を掛けられた。普段とは違い今日の彼に皮肉気な笑みは無く、真摯な顔付きで「何か悩み事か?」まだ若干心にしこりを残していた私は、物は試しと事情をある程度知る彼に相談を持ち掛けたのだ。

 シャーゼさんは朗らかな笑みを浮かべ、私の手を握る―――外はこんなにぽかぽかと暖かいのに、酷く冷たい指だった。

「大変だったなそれは。優しいお前が思い詰めるのも無理は無い」

「いえ、私が悩んで苦しむのは当然です。問題は、どうすれば皆をこれ以上傷付けないでいられるか……」

 いっそ皆が私を拒絶してくれたら良かったのに……。


「ならば“燐光”を持たない、ただの人間になればどうだ?」


 考えてもいなかった提案に、しかし即座に首を横へ振った。

「いえ、そんな事は出来ません。私の心臓から“燐光”が無くなったら、オリオール達は」死んでしまう。

「あくまで仮定の話だ。もしお前が普通の人間なら、“死肉喰らい”も四天使も攻撃を仕掛けてなど来ないと思わないか?」

「それは、確かに……」

 彼等が必要としているのはあくまで永遠の命だ。私個人ではない。

「両親や弟と慎ましい家庭で暮らし、多くの友人に恵まれた世界だ。辛い死や喪失とは無縁の生活を送れるんだぞ?羨ましいとは思わないか?」

「ええ、でも……」

 現実問題、“黒の燐光”は私の心臓に埋まっている。ほら、今だって石から燐さんの声が……あれ、燐さん?眠っちゃったのかな?

「お前が朝目覚めれば、父親と母親が笑顔でおはようと言うだろう。弟も何の不安も無く甘えてくる。輸血の気兼ねもせずに済み、皆が怯えるような事件も起こりはしない。外に出ても宇宙は平和そのものだ。まるで今までの事が全て悪い夢だったかのように―――な」

 夢物語と分かっていても、強烈に引き付けられるのを止められない。プルーブルーの事件以来、ずっと望んでいた時間。争いが無く、誰も血を流さない日々。けれど―――決して叶わないであろう願い。

「止めて下さい、シャーゼさん……!!」

 さっきより遥かに苦しくなった胸を押さえる。

「有り得ません、そんなの!もう私はずっと、こうして生きていくしかないんです……!!」

 彼に導かれるまま、気付けば何時の間にか広場から随分歩いていた。共同墓地にも続く森を抜け、市街地から離れた原っぱに出る。

 ポツンと建てられた石造りの古い時計塔は、長い間人の出入りが無いようだ。一階の窓が数枚、風化に因って喪失していた。かつてはシャバム中に鳴り響いていたであろう頂の二つの鐘も、所々塗料が剥げて錆びた鉛色を露出させている。

「本当にそうか?ちゃんと真剣に願ってもいない内から諦めているだけではないのか?」

「いいえ、どんなに思い描いても無駄です。私はこれからも、罪の無い人々を犠牲にして……」

 必死に否定するが、どうしても先程の甘い夢が頭を離れない。


『相変わらずお寝坊さんねまーくんは。ねえウィルネスト?』

『お前と違って低血圧なんだ。休みの日ぐらいゆっくり寝かせてやれよ』

 想像上の父は良い配役がいないせいか、何故かウィルになっていた。しかし意外と違和感無くしっくりしている。

『兄様、遊ぼうよ!』

 オリオールとは当然血の繋がった本当の兄弟で、彼が産まれた日からずっと一緒だ。勿論これからも……。


(駄目!想像を止めなきゃ……!!)

 幾ら思い描こうと、所詮夢は夢。空想した分、自分が辛くなるだけなのに……!

「可哀相だなお前は。受け止め切れない現実に懊悩し、かと言って妄想に逃げる事さえ出来ない」

 塔の入口から広がる暗闇は、暗視の利く不死の私でも見通せない程深かった。手を引かれて連れ込まれた途端、ぞわり、身体中を冷気が包み込んだ。

「シャーゼさん出ましょう!ここは……」

 幾ら何でも暗過ぎる。私の夜目で彼の姿が辛うじて見える程度なんて、絶対におかしい。


「―――私が救ってやろう」ヒュッ!


 一瞬目に入った光が腰に差した刀身の物だと気付いたのは、咄嗟に出した左腕の皮膚が裂けた後だった。


 ビュッ!「っ!!」


 血が飛んだ直後、切り傷に今まで感じた事の無い奇妙な感覚が沸き上がる。まるで心臓が傷口に移動したみたいにドクドク……痒みとも熱さとも取れる強烈な感触。右手で押さえずにはいられない。

(何、これ……??刃に毒が塗られていたの?嫌だ、とても耐えられない……!?)


「誠伏せて!!!」バンッ!!


 銃声の直後、私の側面を駆け抜けたアイザがシャーゼさんに突進した。手袋を外してアルカツォネの黒鱗の腕を晒し、ニヤニヤ嗤ったままの彼を壁へ叩き付ける。


「誠さん、こちらへ!!」


 美希さんに怪我をした方の手を引かれ、私達は入口から塔の奥へ走る。パンプスで目についたドアを勢い良く蹴って開け、倉庫らしき部屋に入った。


「アイザさん早く!」「今行くよ!」バタンッ!ガチャッ!




 内鍵を掛けた後、私達はしばらく荒い息を整えるのに必死だった。最初に口を開いたのは美希さんだ。

「誠さん、一体何が起こったのです?何故いきなりフィクスさんが斬り付けて―――誠さん?」

 傷を押さえた右手を無理矢理引き剥がされて、熱を持った疼きが一層酷くなる。駄目だ、狂ってしまいそう!!

「ぁあ……っ……!!」

 口から勝手に苦鳴が漏れるが、自力では到底止められない。

「大丈夫かい誠!?」身長の高いアイザが、子供をあやす様に抱き締めてくれた。「詩野さん、怪我の具合は?」

 携帯電話の灯火で袖の下の傷口を診察した彼女は、しばらくして頬を強張らせた。

「安心して下さい。どうやら毒物は入っていないようです。でも……これは一体」

「どうしたの?」

「―――全然塞がる気配が無いんです。それに誠さんのこの様子……明らかに酷い痛みを感じています」

「痛み……これが、ですか……?」

「ええ、恐らくは」

 皆、いつもこんな辛くて苦しい事を我慢して戦っていたの?こんな、意識の遠くなりそうな感覚に耐えて……。

「誠、気をしっかり持って」友人がぺちぺち頬を叩いた。

「とにかく、まずは手当てをしないと」

 光源をアイザに預けた秘書は腰のポシェットから薬品のチューブを取り出し、白い中身を指で掬って傷口に塗り付け始めた。

「止血剤兼痛み止めです。―――お疲れ様でした。よく泣かないで堪えられましたね。誠さんはやっぱり凄い人です」

 そう言って前髪を撫でてくれた。

「そんな事無い……」急速に痛みが治まるのを感じつつ、首を振る。「私のせいで二人共、大事な人を失って……ごめんなさい……」

「シャーゼに何言われたんだい?話してごらん」

 私はポツポツと、広場からここまでの会話の内容を掻い摘んで話した。

 聞き終わった後、アイザはギュッと私を抱く腕の力を強くする。

「―――誠、あのね。アタシ達は誰一人あんたを恨んでなんていないよ。ねえ詩野さん?」

「はい。逆に誠さんがいなかったら今頃……それよりも、今のお話で一つ仮説を思い付きました。自分でも半信半疑ですが、この不可思議な状況を説明するにはそれしか」

 美希さんは携帯を掲げ、部屋の奥にある扉を示した。

「どうやら裏口のようですね。アイザさん、あれを全力で壊してみて下さい」

「?あ、うん。―――せいやっ!!」

 効き腕を振り上げ、ドアに向けて勢い良く叩き付ける。怪力の異種族、アルカツォネの本気の一撃。仮令鉄製でも凹む程の威力がある筈だ。しかし、


 ガンッ!ガンガンッ!!「駄目だよ詩野さん!びくともしない!!」


「矢張りそうですか。分かりました、もう止めて下さい」

 友人は硬化した腕を軽く押さえ、感覚を確かめるように振る。

「無理を言って済みません。痛めてませんか?」

「これぐらいへっちゃらだよ。それより何が分かったの?」


 現の夢です、この塔の中は。美希さんは断言した。


「それって、アイゼンハーク家と同じ……?」

 確かに屋敷に閉じ込められた時も、内外から幾ら出入口を破壊しようとしても無駄だった。言われてみれば氣の感知もあの夜と同じ、いやそれ以上に鈍い。

「はい。しかも事態は以前より遥かに深刻です。―――今の誠さんは『人間の夢』に囚われています。先程のフィクスさんとの会話は恐らくマインドコントロール。だから無い筈の痛みを感じ、治癒能力まで失っているんです―――私達、有限の命を持つ者と同じように」

「そんな!?」

「現に今、“黒の燐光”の中にいる燐さんをお呼び出来ますか?」

 そう問われ、何度も心の中へ呼び掛けるが返答は無い。

「駄目です……」

 孤独に打ちのめされそうな私の手を、二人は強く握ってくれた。

「誠さん、気を落としてはいけません。フィクスさん、正確には彼を操っている何者かの目的はこれではっきりしました。今までの事件と同じ“黒の燐光”です」

「でも美希さん。どうしてシャーゼさんが」

「恐らく誠さんの友人ならば油断し、反撃を受け辛いと考えたのでしょう。しかし何故用心深いフィクスさんが敵の手に」

「あれで抜けた所あるからねあいつ。もっと強く吹き飛ばしておけば良かった。詩野さんの弾は当たったの?」

「いえ、手応えはありませんでした。尤も、操り主にとっては多少の怪我などお構い無しでしょうが」

「生きた人間を道具にか。今度の奴はとことん趣味が悪いね」

 義憤に駆られた彼女は、繋いでいない拳を胸の前で握り締めた。

「今ならまだ携帯のバッテリーが残っています。エル様達に救助を求めましょう。誠さんなら現の夢の中からでも連絡出来る筈です」

「あ……それは」私は首を弱々しく振る。「駄目、なんです……」

「え?だって、アイゼンハーク家の時は」

 目を丸くする二人に私はポツポツと弁解する。

「あれは燐さんが……エルは“泥崩”の耳で燐さんの声を聞いて、それで意志疎通を……」

 私が人間になりたいなどと思ったせいで、今この場に同居人はいない。

「ごめんなさい、二人共……!私のせいで閉じ込められたのに、また足を引っ張って……」

「誠!!」

 ガシッ!肩を掴まれる。痛い。けれど腕の傷と違って、少しも厭な感覚ではなかった。

「……ごめん、アイザ。今は弱気になっている場合じゃないよね?」

 電池が切れたのか、頼りの携帯が急速に光量を失っていく。私達は慌てて部屋を捜索し、蝋燭の立てられた燭台を発見した。美希さんが非常用に持っていたライターで火を点ける。


 シュボッ。





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