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十二章 疾駆の夢使い




(急がなきゃ!)


 夢と現の区別が付かなくなりそうになりながら、私は尚もあの子の夢を追って境界を飛ぶ。

(ティトゥを『見殺しにした』―――それが私の原罪。シェリーは同じ事をしようとしているの?愚かな昔の私と同じ)


 腹を裂かれ血溜まりに沈む死の象徴。血の気の失せた真っ白な顔。けれどその目は、精神体の私をはっきり捉えて。


―――あなたは新しい家族の人?


 自分でも痛感している。エミル・アイゼンハークは臆病者。あの澄み切った無垢な目に恐怖し、病身の恋人を重ねて逃げ出した女。

 あの時、もしも魂を悪魔に売り渡して目的を遂げていたら……考えただけで悪寒が走る。行き着く先は地獄。愛するティトゥをそこに突き落とすなんて、


―――あなたの求める物は、その肋の中です。


 童顔の狂戦士はそう告げ、悲しげに目を伏せる。



―――個人的には止めておいた方がいいと思います。その石が……あなたに希望を齎すとはとても思えません。



 止めて、ひたすら死を求道する者よ!あなたさえあの場にいなければ、ここまで苦しくならずに済んだのに!!


「辛いの、マミィ?」

「っ!シェリー!?何処にいるの!!?出てきなさい!!」


 無数の極彩色の夢を震わせ、人形は無邪気に語り掛けてくる。


「マミィ、早く私を見つけて」ケラケラ。「御褒美にマミィが一番欲しい物をあげるから」

「止めて!!お願いよシェリー……そんな事をしても、私とティトゥは決して喜ばないわ」

「どーして?言ったじゃないマミィ。―――さえあれば助けられるのに、って」


 私より効くんでしょう?冷酷な声で彼女は言った。


「っ!!!」

「だからって私、マミィ達を嫌いに思った事なんて一度も無いよ?火事で置き去りにしたのも、もう一人のマミィの方が大事だったからなんだよね?」


 強力な悪意に侵食され、夢が悉く漆黒へ変わる。今夜はさぞや夢見の悪い人間が多いだろう。


「どうしてマミィを助けなかったの?宇宙で一番大好きじゃなかったの?」

「仕方なかったのよシェリー。私にあんな残虐な真似出来ないわ」


「嘘吐き」


 絶対零度の声を受け流し、私は杖を握り締める。

「―――何と罵られようと、私はあの時の判断を後悔したりはしない。あなたを必ず止めてみせる」

「そして私を壊すんだね、自分勝手なマミィ。でも大好きだよ?」

 ヒヤッ。背後に作り物の両腕の感触。氷のように冷たいそれが身体に一瞬巻き付き、離れた。


「エミル」


 シェリーとは別の声が響いた瞬間、夢達が鮮やかに色を取り戻す。

「幽王様」

 年齢は五、六歳と言った所だろう。薄いブルーの髪と瞳。顔面上半分に装着した白い仮面は何時見ても奇異だった。

 あらゆる夢に精通し、不思議な夢、人の物語を求め蒐集する存在。それが彼女、私達幽族の王だ。

「変わった物語だね」

「幾ら欲しくてもあげませんよ。あの子は私の手で片を付けないと」

「子?―――ふぅん、そうだね。その方が面白くなりそう」

 仮面の下でニヤリ。

「それにもうエミルからは一つ貰っちゃったしね、物語。失くしちゃったけど」

 義理息子のベリドの事だ。友人に解放され、今頃はきっと幽族が死後に行く楽園、夢の世界で楽しく過ごしているだろう。

「邪魔したね。バイバイ」

「さようなら」

 私の進行方向とは逆へ飛んで行く王を見送った後。収束し始めた闇を見定め、再び両脚に力を込めた。―――逃がさない、絶対に!




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