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十一章 呪われたドール



 二度目でかなり要約された義息の話を聞いた弟は、予想以上に拙いな、そう言って唸り声を上げた。

「どうした?今更性別転換して気持ち悪いとかは止めろよ」拳を握りながらケルフは呟く。「私だって、選べるなら前世と同じ女の方が良かったわ」

「そんな事言ってないだろ。心配しなくても、性同一性障害を抱えた例は今までごまんと見てきた。斑顔の人間よりよっぽどポピュラーなケースだよ。―――僕が拙いと言ったのは、だ。エミル・アイゼンハークが自発的に人形を屋敷へ持ち込んだって事さ」

 執務室には半ば騙されて病院へ向かった誠も、詩野さん達も未だ戻って来ていなかった。そのせいで執務室へ入った際、危うく実の弟の接吻攻撃を喰らいかけ、不当な文句を浴びせられる羽目に。色惚けにも程がある(半分やっかみ)、本気で何とかしないと。

「天才夢使いともあろう者が、教科書の冒頭にも載っている基本的なタブーを犯した。ケルフ、君はそっちの教育を受けていないから知らないかもしれないな。夢使いは絶対人形を自分の手元に置いてはならない事を」

「何故だ?」

 すぐに尋ねた俺とは対照的に、義息は顎に手を当て昔の記憶を引っ張り出そうとする。果たして一分後手を下ろし、夢の依代になる危険性があるから?高めの声で返答した。

「そう。ひっきりなしに夢と現実を行き来する彼女には、無数の夢の残滓が残っている。空っぽのドールに、善悪は別として意志を持たせるには充分過ぎる量のね」

「屋敷には石像も何種類かあったが、あれは?」

「問題無いよ。要は人の姿に近い物が危ないって話さ。あんな悪趣味な張りぼてにまで心が宿るなら、もう何でも有りだよ」

「偽物だったのか、あれ」

「そういやメノウさんも言ってたな、殆どレプリカだって」

 そりゃ間違い無い。一級品ばかりの“黒の城”で日々鍛えられたあいつの審美眼は本物だ。

「どうしてエミルはそんな危険な物を持ち込んだの?彼女は凄く聡明で、初歩的な間違いを犯すような人じゃないわ」

「エミルはジプリールと顔見知りだと言ったね?なら大体の予想、と言うより過去に一つ似たような事例がある」

「え?」

 エルは冷めかけたコーヒーを啜り、カップをデスクに置いて両手を組んだ。

「君の病状治癒のお守りと偽り渡したのさ、教会のシスターに化けて」

「まさか……医者は順調に快復しているって言ってたわ。そんな怪しげな物、必要無い」

「ショックを受けるだろうが恐らく君は、地下室のような温度と湿度の一定した空間でなければ満足に生きられない。その程度の治り具合だったんだろう」

「何言ってんだ!?それじゃまるで正反対……」

「医師の雇い主は名家の大貴族だ。頼まれればどんな嘘だって吐くさ。肺病は相当長患いだったんだろう?スラム生活での栄養失調と重なって、完治するどころか―――長くは保たない、恐らくそう宣告を受けたんだ」

「有り得ない!薬を飲めば咳は治ったし、体力も少しずつ」

「ケルフ。いや、ティトゥリー。夢の知識を得ていた賢い君が、何故自分に力が行使された可能性を除外する?その治癒は、恋人が贈った優しい嘘でしかない」

「巫山戯るな!!けど……そう言えば確かに……」

 目を覆った義息の頬に伝う、二筋の涙。

「火事の前のエミル、凄く辛そうだった……てっきり中々あいつ等を追い出せないせいだとばかり思っていたけれど……私が原因だったの?」

 嗚咽。

「そこに奴が付け込んで、まんまと禁忌のブツを押しつけた訳か。だがエル、仮令人形に意志が生まれたとしても、必ずしも害を為すとは限らないんじゃないか?話を聞く限り、二人はシェリーを我が娘のように大事にしていたらしいし」

「もう一人の持ち主の少女は狂死したよ。まだ五歳だった」

 裏に憤怒を隠しながら、努めて冷静に弟は話し始める。

「心臓病でシャバム中央病院に入院していた彼女へ、御両親は病状が良くなると教会で貰った一体のドールを贈った。少女は大層気に入り、検査の時でさえ手放さそうとしなかったらしい。―――いたいけな夢を吸った人形は、確かに願いを叶えた。彼女はもう投薬も手術も必要無い完璧な心臓を手に入れたよ。代償にその幼い魂を捧げて、ね」

 その後の予想は大体付くが、勿論話を止めさせるつもりは無い。

「退院した少女の見た目は極普通だった。まんまと身体を乗っ取った人形が、胸に抱えられてさえいなければね」

その後しばらくして、彼女の周囲では変死事件が多発した。両親、親戚、病院関係者に同い年の友人。皆、まるで打ち捨てられたマリオネットのように、身体中の関節があらぬ方向に曲がって発見された」

「人形は何故そんな目立つ真似を?正体がバレそうになったのか?」

「それもあるだろうがジョウン、昼行燈の話だと、どうやら人形は『幸福な人間』を殺したがる傾向にあったそうだ。殺されたのは皆、少女の完治を疑いもせず喜んだ人間ばかり」

 何だそれ。性根の捻くれた奴だな。

「―――その女の子、死んだの?」ケルフが震える声で問う。

「ああ。宅配便業者に化けた昼行燈が家に入り、暴れる少女に魔術で応戦した。その際に本体の人形が深刻なダメージを受けたんだろう、仮の肉体は発狂した。取り押さえようと周りで待機していた複数の政府員を掻い潜って、自宅のベランダから飛び降りた―――被害者達と同じ、酷い有様の死体だったよ……」

「え?エル、その家ってもしかして」

 二週間前、喫茶店の帰りに誠達と通り掛かった更地を思い出す。

「ああ、美希から聞いたよ。まさか自宅が撤去された後も残留思念が残っているなんて……誠には感謝するよ。彼がいなかったら、まだあの女の子は地面に叩き付けられたままだった」

 変色した顎に手を当てる。

「リーズはその場所を見上げて思案していた。人形が危険だと知っていたんだ。但し、あくまでそれは入手後。入手前に敢えて目を瞑りはしないだろう」

「そうだな……タイミングが悪かったら、私も魂を……」

 義息は胸に手を当て、不安な目で何も無い壁を見つめた。

「知った後、エミルは一体どうしたのかしら?シェリーを取り上げられた記憶が無いの。かと言って別の治療法を紹介された覚えも……」

 ギュッ。拳を握り締める。

「彼女が一人で行ってしまった原因は、もしかしてその辺りが関係して」


「たっだいまー!」




 缶のオレンジジュース片手に、オリオールが執務室へ入って来た。

「ど、どうしたのお兄さん達?喧嘩でもしたの?」

 漂うどんよりした空気にたじろぐ。

「いや。こいつの昔の話の続きを少しな」

「お兄さんが昔はお姉さんだったって奴?凄いよね、僕いきなり女の子になっちゃったら吃驚して心臓止まっちゃうかも!まあ死なないんだけど」

 暢気な台詞に、大人三人の緊張が解ける。

「取り敢えずケルフ、僕の方で人形の遺失物届を出しておくよ。君は兄上と心当たりを捜してくれ」

「ああ」

「そうだ、出掛ける前にコーヒーを一杯御馳走しよう。カフェインがきっと良い案を出してくれる筈さ」

 慣れた手付きで三杯分のコーヒーをドリップし、俺達に手渡した。

「サンキュ」「ありがと」

 プシュッ。少年は缶を開け、冷えたジュースをゴクゴク。大人達もコーヒーを啜る。相変わらず良い香りだ。

 カップを持ったまま、弟は窓辺まで歩いて外を覗き込む。

「もう夕方だ。僕の可愛い姫君は一体何処で遊んでいるのやら」

「出て行ったのは昼だぞ。幾ら何でも遅過ぎないか?携帯は?」

 パカッ。ピッピッ。

「駄目だ、相変わらず繋がらない。マッサージサロンで一旦切るとは言っていたけど、もうとっくに後にしている筈だ」

「まっさーじって、肩揉みとか?」

「ああ、美希が予約した。入院の疲労を和らげたいって、優しい娘だろ?」

 言いつつデスク端に置かれたメモの番号を携帯でプッシュする。


「―――あ、済みません。昼頃そちらに伺った詩野と連れの女性は……あ、そうですか。ありがとうございます」ピッ。


「いなかったのか」

「予約時間できっちり二人共出たそうだ」眉間に皺を寄せ、「流石におかしい。寄りそうな場所を二、三当たってみる」

 デスクを開け、厚さ一センチ程のシャバムの電話帳を取り出してページを捲る。

「そんなんで分かるのか?」

「馬鹿言え。美希が一回でも口にした店の名前は全部覚えているよ。と言った所で、あの娘はショッピングにとんと興味が無いから、行く店は大体決まっているんだけど」

 その言葉通りコーヒー豆専門店、書店、シャバム新聞社と問い合わせた所で当てが無くなったようだ。


『詩野嬢ねぇ。あの子は礼儀正しいから、来る時は必ず前日に予約する筈だよ?大体うちはオフの人間連れて来る場所じゃないだろう、社会科見学の学生じゃあるまいし―――やっぱり誰も見てないってさ』


 復帰早々まだデスクにいたヤシェ・トルクはそう答えた。


『何々、もしかして誘拐かい?―――アイザちゃんと一緒?うーん、それじゃ違うかねぇ……ま、もし見かけたら連絡するよ』

 

「さて、後残るは……ああ、あの紅茶しか出ない喫茶店か」

「お前にとっちゃ鬼門だな。そんな所に詩野さんが?」

「別に出禁なんて食らってないよ僕は」フン、と鼻を鳴らす。「美希はあそこのダージリンとスコーンがお気に入りなんだ。週に一回は行っているよ、僕に黙ってね」

 深い溜息。

「何で隠すかな。そもそも僕は紅茶が嫌いな訳じゃないのに」

 愚痴りつつ掛けた電話の結果は否。今日は来店してないと言う。

 こうなると弟の落ち着きの無さは歯止めが掛からない。執務室をイラつきながらウロウロし始める。

「妙だ。全快してないアイザを連れたまま、美希が長時間何処かへ行く筈がない。かと言って今日は特に事件事故の報告は無かった」

「ウワキ?」

「何でだよ」

 少年の茶化しはともかく、真面目な秘書が何の連絡も寄越さないのは確かに変だ。


 コンコン。「エル君、入るぞ」「四?どうぞ」ガチャッ。


 買取明細らしき紙の束を持ち、熊男が入ってくる。その表情は一週間前と同じく酷く険しい。

「アイザはまだ戻って来ていないのか?」

「ああ。その様子だと倉庫やドッグにも?」

 横に振られる太い首。

「約束の時間になっても一向に姿を見せない。何処へ行ったか心当たりは?」

「今全部当たって見事玉砕した所。同行の美希も行方不明だ」

「彼女も?どう言う事だ……?」

 両の義手を組み、眉を顰めた。

「四、アイザが行きそうな当ては?」

 俺の質問に初老は首を小さく横に振った。「そうか」

「私と違って、あの子はこの街へ年に何度も来ないからな。特に行きつけの店も無い筈だ」

 それからエルが警察署や船着場へ問い合わせの電話を掛けたが、特に二人に関係ある情報は得られなかった。その間に四が携帯で帰りが遅くなると宝の爺さんへ電話を入れた。その後、もう一度船を見て来る、と言って足早に出て行く。

「まさか、シェリーが二人を……」

「考え過ぎだ。しかしタイミングが悪過ぎるな、捜し人が増えるばかりだ」

 オリオールがジュースを飲み終わり次第、二人で誠を迎えに行こう。人形の件もそうだが、事態は急を要する。少なくとも今夜は家に帰れそうにない。爺にも連絡しておかないと。


 プルルルル、ガチャッ!「はい、政府館執務室―――聖樹?兄上なら隣にいるよ。はい」


 以心伝心?受話器を受け取って耳に当てる。

『御主人様ですか?』

「ああ。爺がここに電話なんて珍しいな。急ぎの用事か?」

『いえ。用があるのは私ではなく、以前我が家にお泊りになられた赤い髪の御婦人です。先程そちらに伺っていると御説明致しましたので、後二時間もすれば到着されるかと』

「メノウが?」

 確かに留守録は残したが、時刻はもう夜六時。幾ら何でも気が早過ぎる。

『はい。とても急いだ様子でお越しになられて、御主人様は何処かとお訊きに』

 至って暢気な口調で、デートの御約束でもなさっていたのですか?頑張ってエスコートしてきて下さいね。前みたいに吐血するような悪い安酒を出す居酒屋ではいけませんよ、と執事はからかう。

「あいつはそんなんじゃねえ。それより急いでたってのは一体」ツー、ツー……。「切れた」くそ、植物のくせに言いたい放題言いやがって。帰ったら覚えとけよ。

「お兄さん、王様がどうしたの?」

 空の缶を手に恐る恐る尋ねた少年の頭を撫でる。

「よく分からんが俺に火急の用らしい。今こっちに向かっているそうだ」

「??留守録ではちゃんと兄様が大変って言ったよね?なのにどうして」

「さあ?」

 向こうの事情はさっぱりだが、あいつが来るなら尚更誠を同席させよう。もし伝言を聞いているなら状態は既に知っている筈。

「オリオール、病院にまーくんを迎えに行こう。きっともうクタクタだぞ」

「そうだね」

「と言う訳で二人共、少し席を外すぞ」

「分かった。戻って来次第本格的な捜索を開始しよう。それまで僕等はここで情報収集に徹する」

 俺はカップを両手に持ったままのケルフの肩を軽く叩いた。

「心配すんな。奇跡使いのまーくんなら、きっとアイザ達やシェリーの氣をすぐに見つけてくれるさ。だからそう暗い顔するなって」

「だといいんだけど……」

「早く行こお兄さん!兄様が待ってるよ!!」

「ああ。じゃ、またな」

 そう言い残し、俺達は執務室を出た。





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