十章 受け取られたメッセージ
「飲み過ぎたわ……」
ジュリトに貰った二日酔いの薬のお陰で、頭痛と吐き気は大分マシになった。後はこの鬱陶しい眩暈だけ……。
「奥様」
ソファから見上げた壁にはいつも通り、両腕を使って建築士が張り付いていた。どうやらシャンデリアの電球を替えていたようだ。
「ワームレイ、終わったの?」
「ええ、先程」
「なら疲れたでしょう。しばらく休むといいわ」
両脚の無い建築家は不思議そうに首を傾げ、低い鼻をヒクヒクさせた。
「一人でワインですか奥様?珍しい。呼んで頂ければ酌ぐらいしたものを」
「誰も交えず飲みたい気分だったの。ごめんなさい、今度は誘うわ」
昨日、ふと出来心でワインセラーのビンテージ物を持ち出した。ベッドルームで昔の写真を見ながら一人、静かにグラスを傾けて……気付いたら一本空け、挙句この様。
「では奥様、私は失礼させて頂きます」
「ええ、御苦労様」
ふらふら立ち上がった拍子に、食堂のテーブルへ手を付く。今の私はただの情けない程か弱い一人の女。“炎の魔女”ですって?一体誰の事?
(まーくん達、相変わらず元気かしら……?)
叶うなら今すぐにでも会いに行き、細い身体を抱き締めたい。だけどそんな事をしたら、私の右腕の“緋の嫉望”はまた暴走してしまう。あの子を独占するために。だからこうしてアルコールで寂しさを紛らわせる事しか出来ない。いえ、それが犯した罪に対するせめてもの罰。
(あぁ、ウィルネスト……)
一週間前に聞いたぶっきらぼうな声。筋肉の付いた身体、熱い唇の感触をなぞる。思い出すと肉体の芯が疼く。ひたすらに彼を求めて。
二重苦に苛まれた私は、ふと壁掛け電話のランプが赤く点灯しているのに気付いた。留守番電話にメッセージが入っている合図だ。
「誰、かしら?」
偶にジュリトやリュネが報告を入れている事はあるが、二人とは今朝研究所で会ったばかりだ。息子に頼まれて例のバラバラ記者の治療を終えたばかりの彼等は、心底ほっとした表情でハーブティーを啜っていた。静かに罵詈雑言を吐きながら。
受話器を取る。メッセージは全部で三件入っていた。ピッ、と。
―――もしもし、メノウか?……あ、留守電かこれ。まあいい。
ウィルネストだ。メノウ、その、頭の傷はどうだ?もう治ったか?まだ痛むならちゃんとジュリトに薬貰えよ……あー、えっと……今日は良い天気だな。ブチッ。
「何よこれ」クスクス。想定外の伝言に思わず笑ってしまった。「と言う事は他の二つもそうなのかしら?」
もしそうなら次も大体予想が付くけれど、えい。
―――あー、済まない。思った以上に時間が短くて。そうだお前、葬式来てたんだってな。病室にも立派な花束持って来てくれたみたいだし。実はあいつ、今日退院したんだ。もう少ししたら店も開けるらしいぞ。良かったら顔見に寄ってやってくれ……ブチッ。
「これは酷い」
今度はお腹を抱えて耐えた。結局本題は何なのかしら?
最後のメッセージを聞く心構えをするため、一旦受話器を置きニヤニヤしながら食堂を一周する。
「そう……お嬢さん、元気になったのね」
勿論病室での彼女は私の前と言う事もあり、普段通り明るく振る舞っていた。けれど長年の仲間を一度に失った精神的、そして肉体の変貌と言う強いストレスでの疲弊は免れない。何と言っても女の子だもの。私の贈った花束で少しでも活力を与えられたのなら嬉しい。
「折角常連客になれたんですもの。是非また行かないと、ね」
意を決し、再び受話器を取る。ピッ。元恋人の最後のメッセージが流れ始めた。
―――再三済まん。実は、お前に一つ頼みがあるんだ。まーくん、前の事件の後からどうも自分を責めているみたいなんだ。現に今日も暗い顔をしてて……出来れば一度、会って元気な姿を見せてやってくれないか?無事な母親の顔を見れば、あいつも大分気が楽になると思う。勿論、俺も戻ったらじっくり話を聞くつもりだ。―――じゃあな。長々と電話して悪かった。―――メッセージは以上です。
「まーくんが……?」機械的な音声が終わり、ゆっくり受話器を元に戻す。「ああ……だから電話なんて寄越したのね」
あの子がこの世の誰より優しいのは、母親の私が一番良く知っている。全ての者を心底から愛し、時に涙を流す心性。時に入り込み過ぎ、自家中毒を起こす程の慈悲深き魂。そんな息子の目の前で次々争いが勃発したら……。
「―――今すぐ会わないと」
ウィルネストの期待通りの救いなんて、恐らく私には到底与えられないだろう。でも、せめて言葉を掛ける事ぐらいは出来る。伊達に何百年もあの子の世話をしてきていない。
(リュネ、確か今日は一日休んでいると言っていたわね)
女の子を無理矢理起こすのは忍びないけれど、フィジョラムからの定期船では三倍以上の時間が掛かってしまう。埋め合わせに今度の研究予算は奮発してあげよう。それこそいつもの事だけど。
階下から城外へ出、魔術機械船のある研究所のドッグへ向かおうと歩き出した時、
リリリリーン、リリリリーン!
「ウィルネストってば、まだ何か言い足りなかったのかしら?はいはい!今取りますよ!」
まずは長々と入れられたメッセージを思いっ切り揶揄してやろう。それから今何処にいるかも訊かないと。
ガチャッ。「もしもしウィルネスト?何なのあれ、付き合いたての恋人同士じゃ―――」




