衝撃告白
湯川さんは、いつも天真爛漫で、笑顔の可愛らしい人だ。
回診に行けばいつも、たとえ自分の体調がすぐれなくとも笑顔で迎えてくれる、そんな人だ。
その湯川さんの病室に入ったはずなのだが、応答が、ない。
……まさか、病室で倒れてる?
慌てて病室に駆け込むと、湯川さんは普通に起きていた。
「湯川さん?」
「……はい」
いつもはこちらを振り返って笑顔を見せてくれる湯川さんが、こちらに見向きもせずに、返事をした。
どうしたの、湯川さん?
私、何かした?
私、何かやっちゃった?
いや、でも、ここでひるむわけにはいかない。
私は主治医。
彼女の愛想がよくないのは、体調不良のせいかもしれないじゃない。
「湯川さん、調子はいかがですか?」
「……たぶん、大丈夫です」
た、たぶんって……。
そして、やっぱり、こっちを見てくれない。
ふと視線を下げると、彼女の手元が見えた。
慣れた手つきで、一つ、また一つと鶴を折っている。
「鶴……ですか?」
「崇が明日、オペなんです」
一つ、また一つと鶴を折りながら、答えた湯川さんの言葉を聞いて、私は、思い出した。
明日、湯川さんの息子の崇君は、心臓の大手術を受けるのだ。
机の上には、まだ折られていない状態の折り紙が大量にあった。
「最近、体調が優れない日もあったから、なかなか進まなかったんです」
私の視線に気付いたのか、湯川さんが呟くように言った。
たぶん、体調が優れないのは今もだろう。
そう話した彼女の顔色もあまり良くない。
あまり無理を強いるのは危険だ。
それに、見てしまったからには、手伝わないわけにはいかないでしょ?
幸か不幸か、今日の病棟は、とても平和で、ナースステーションでナースたちが雑談しているほどだった。
「皆!千羽鶴、折るよ!」
それをいいことに、私は机の上に折り紙の束を置きながら言った。
「え?鶴ですか?」
「明日、湯川さんの息子の崇君のオペだから!急がなきゃ間に合わなくなっちゃう!」
「そういえば、明日オペみたいですね」
「折り紙とか懐かしい!」
「折り方覚えてないですよ」
皆口々に言いながら、折り紙を手に取っていた。
「うわ、くちばしが変な形になった!」
「みんな、何でそんなにきれいに折れるの?」
「翠先生の折り方が雑すぎるんですよ」
和気あいあいと、ナースステーションでの折り鶴が始まった。
折り始めてから数時間が経過した。
日勤の子から夜勤の子に引き継いでもなお、皆で暇を見つけては鶴を折っていた。
病棟の患者さんが寝静まる頃、ナースステーションではただひたすら黙々と、鶴を折り続ける私とナースたちがいた。
「何だかだんだん形が崩れていってる気がする」
「大丈夫です、翠先生のは最初から崩れてます」
「それ、フォローになってない!」
「何だかだんだん私の鶴も翠先生化してきた……」
「それ、フォローになってない!」
ナースの一人が時計を見て立ち上がった。
「あ、巡回!」
「私が行きます!」
「いや、私に行かせてください!」
「いやいや、私が行きます!」
このパターンって、もしかして……。
「じゃあ、私が……」
「何言ってるんですか、翠先生、先生が言い出したんですから、先生は鶴を折ってください」
あ、そういうパターンじゃなかったのね。
結局、この中で一番の先輩ナースが巡回に行き、私と残ったナースは、折り鶴を再開した。
巡回に行っていたナースが戻ってきた。
戻るや否や、彼女はさっきまでよりも真剣な表情で、鶴を折り始めた。
「特に異常はなしですか?」
「ない。湯川さんがまだ起きてて、私たち全員がこれまで折ったよりもずっとたくさん鶴が出来上がってたの。負けてられないっていうか、これ以上無茶させられないっていうか……」
後輩ナースの問いかけに答えながらも、彼女は一心不乱に鶴を折っていた。
消灯時間をとっくに過ぎているというのに、湯川さんは今でも眠い目をこすりながら鶴を折っているのだ。
今日の回診の時もあまり顔色は良くなかった。
私たちが、頑張らなきゃ。
私たちは、より一層、折り鶴に励んだ。
「終わったー!」
時計を見た。
午前4時。
「これ、湯川さんの病室に持っていきますね!」
「私も行く!」
やっと、千羽鶴が完成するんだ!
楽しみ!
「先生はダメ!いい加減、寝てください!」
「明日も外来でしょ?って、もう今日ですけど」
「でも、でも、完成が……」
「いいから寝てください!」
ナース全員の迫力に負けて、私はひと眠りすることにした。
目が覚めて、時計を見たら、6時だった。
1~2時間は寝たってとこかな?
起き上がった私は白衣を羽織りながら、産婦人科病棟へと向かった。
「皆、おはよう!」
「あ、翠先生、おはようございます!」
「ところで、鶴は?」
「ちゃんと、NICUに持って行きましたよ!」
「そうなんだ!ちょっと見てくる!」
私たちの血と汗と涙の結晶、千羽鶴の行く末を見届けないわけにはいかない。
明日は静香さんの診察もあるから、荘ちゃんの様子も見ていこうかな?
「皆、おはよう!」
あれ?ワン吉君がいる!
もう、いるってわかってたら手伝わせ……手伝ってもらったのに。
千羽鶴はちゃんと、崇君のベッドにくくりつけられていた。
よしよし。
崇君、頑張るのよ!
で、荘ちゃんは……。
「翠先生!」
ん?どうしたワンき……。
「好きです!」
……はい?