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見たいのは……

「はい、チーズ!」

 デジカメを買って以来、私は日課のように赤ちゃんの写真を取りに来ている。

 NICUであまり電子機器を使わないでくださいと主任さんに睨まれてしまったけれど、医療機器に影響がでにくそうなのを厳選したと言い張って使用している。

 撮ったその場で写真を確認しつつ、フォルダ分類している。

 分類と言っても、主に荘ちゃんか、荘ちゃん以外かくらいだけど。

「どれどれ、おやおや崇くん、おめめくりっくりだね!」

 そう言われた崇君は何だかもぞもぞしていた。

 これは、きっと何か『話し』ているに違いない!

「今、崇くんは、何か『言って』た?」

 早速私はワン吉に聞く。

「ボク、栗じゃないよ、崇だよって」

 ほら、やっぱり。

 よし、この調子で次行ってみよう!

 今度は隣のベッドのさやかちゃんの元へと向かった。

「さやかちゃん、はい、チーズ!」

 どれどれ……おお!超かわいい!!

「さやかちゃん、可愛い!すごい!私、ベストショット撮っちゃった!」

 さやかちゃんはにこにこしている。

 これもきっと、何か『話し』ているに違いない!

「笹岡君、さやかちゃんは何か言ってた?」

「えっと、あの、その、可愛く撮ってくれてありがとうって」

 何か、嘘くさい。ま、いっか。

 そして私は荘ちゃんの元へと向かった。

「荘ちゃんも、撮っていい?」

「今、ぐっすり眠っているので、どうぞ」

「本当にぐっすり寝てるね」

 よし、いい感じに撮れた!

「よし、荘ちゃんの寝顔、ゲット!」

 さて、産婦人科病棟に戻るか!


 そして、数日が経ち、運命の日がやってきた。


「次の人、どうぞ」

 形式上、そういって患者を招き入れるが、次の患者が誰なのかは、わかっている。

 横目でちらりと、デジカメを確認した。

 フル充電にしてあるし、荘ちゃんの笑顔をばっちり捉えている。

 準備は万端だ。


 ただ、この、一番のナイスショットのシャッターを押したのが、ワン……笹岡君ってのがちょっと気に入らないけど。

 まあ、ベストショットはベストショットだからね。


 静香さんが入ってきた。

「義母は、待合室で待っているそうです」

「そう……」

 邪魔が入らなくてちょうどいいや、と、思わずデジカメに手が伸びそうになる。

 ……と、その前に、診察をしなきゃね。


「お腹の子、順調ですよ」

 そう言って、エコーの写真を静香さんに手渡した。

 順調、という響きに思わず静香さんの表情が綻んだ。

 よし、今だ。


「最近、私、産科病棟とかNICUとかの赤ちゃんの写真を撮るのがマイブームなんですよ」

 ちらりと静香さんを見た。

 NICUという言葉で、荘ちゃんを連想したのか、少し呆然としている様子だった。

 きっと、写真を見たら嬉しいから、きっと、元気な荘ちゃんを見たら会いたくなるから、だから、大丈夫。

 そう自分に言い聞かせてデジカメに手を伸ばした。


「でね、荘ちゃんのベストショットが撮れたから、静香さんにも……」

「いいです!」

 ……へっ?


「いらないです!あの、ごめんなさい、本当に、いらないです」

 何で?

 どうして?


「あの、ごめんなさい。失礼します」

 そう言ってぎこちなく頭を下げると、静香さんは診察室から出て行ってしまった。


 もしかして、写真すら見たくなかったのだろうか?

 彼女の脳裏にはまだ、生まれたばかりの壊れそうな荘ちゃんが焼きついたままなのだろうか?

 それとも、もう、静香さんにとって、荘ちゃんはどうでもよくなってしまったのだろうか?


 静香さんの、心の傷は、写真云々でどうにかなるものではなかったんだ。


 私の頑張りはすべて裏目に出た。

 心にぽっかり穴が開いたような喪失感を感じながら、私は、自分の浅はかさを呪った。


「お疲れ様でした!」

「舞ちゃーん!」

 爽やかに別れの挨拶をしてきた舞ちゃんに泣きついた。


「先生、ごめんなさい、今日は大事な用事があるので失礼します」

 この笑顔、そして、このテンション。

 ……十中八九、デートだな。


 今日に限って、皆、帰るのすごく早い……。

 舞ちゃんに見放されて、誰もいなくなった外来受付で私はぼうっとしていた。


「……先生!」

 あれ?ここは産婦人科の外来受付のはずなのに、ワン吉の声が聞こえた気がする。

「翠先生!」

 また幻聴が聞こえた。

 この際ワン吉でも誰でもいいから、このもやもやした気持ちを聞いてほしい……。

「翠先生、どうしたんですか?」

「あれ?笹岡君?」

 肩をたたかれて振り返ると、そこには正真正銘本物の笹岡君がいた。

「先生、ちょっと、聞きたいことが……。」

「よし、笹岡君、飲みに行こう!」

 捨てる神あれば拾う神ありというのは、まさにこのことだね!


 重大なミステイクに気付いたのは、居酒屋のカウンター席にワン吉君と座ってからだった。

 私、ワン吉君に、荘ちゃんと静香さんの作戦について一度も話したことなかったんだった。

 今から話すのめんどくさ……。

「先生」

 めんどくさい病を発症する直前に、ワン吉君が話しかけてきて、私は顔を上げた。


「今日って、荘太の母親の診察、ありました?」

「何で知ってるの?」

 反射的にそうは言ったものの、よく考えたら電子カルテで見たら一目瞭然よね。

「今日、それらしい妊婦を見かけたんです」

 何だ、野生の勘か。

 私はビールに口を付けた。

「NICUの前で」

 その発言に、思わずビールを飲み下した。

 そして、むせた。


「ほ、ホントに?」

 しばらく咳き込んだ後、ようやく私はそれだけ言った。

「胎児の『声』は、すごく荘太に似てましたけど?」


 しばらく黙りこんだ後、ワン吉君は再び口を開いた。

「荘太の母親、薄い緑のワンピース着てませんでした?」

「……着てた」

 ちょっと、奇抜な色だなと思った覚えが確かにあった。


 じゃあ、もしかして、静香さんは、荘ちゃんの写真を見るのが怖かったわけでも、興味がなかったわけでもなかったってこと?

 写真の荘ちゃんじゃなくって本物の荘ちゃんに会いたかったってこと?

 もう少しで、ほんの少しの勇気で、荘ちゃんに会えるところまで来てたんだ!

 私も、めげずに頑張らなくちゃ!

 静香さんが、あと少しの勇気を振り絞れるようにお手伝いしなきゃ!

 なんか、無性に嬉しくなってきた!


「ワ……」

「……わ?」

「笹岡君、乾杯しよう!」

 危ない危ない。

「へっ?」

「かんぱーい!」

「え?は、はい、乾杯!」


 沈み込んでいた気持ちが一気に浮上して、何だか楽しい夜だった。

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