作戦
河合さんの退院日が迫ってきた。
作戦は、今のところ完璧だ。
ワン吉の休みの日をさりげなく聞き出したし、ワン吉が休みの日に河合さんの退院日を指定したし。
そこで私は、肝心のワン吉が、その日に暇かどうかを聞いてないことに気付いた。
ワン吉の事だから、きっと大丈夫だと思うけど、暇かどうか聞きついでに、仕事終わりに飲みにでも行ってやるか!
「それでね、荘太が……先生、聞いてます?」
「うん」
聞いてますとも。
それはそれは聞いてますとも。
店に入ってから、一時間ずっと、ワン吉の口からは荘ちゃんの話しか出てこないのを聞いていますとも。
私のことが好きなんじゃないのかワン吉?
私から誘ったというのに、店に入ってから私はほとんど話をしていない。
何だか心がもやもやする。
ワン吉が、荘ちゃんの話しかしないから?
私の話を聞いてくれないから?
もやもやした気持ちのまま、さらに30分経過した。
まだ、ワン吉は荘ちゃんの話を続けていた。
こんなに荘ちゃんを溺愛だと、ワン吉は、休みの日ですら荘ちゃんに会いに行ってしまっているかも知れない。
「あの」
ワン吉の話が一段落したところで、私はやっと本題に入った。
「笹岡君、明日、空いてる?」
「はい!」
ワン吉は、突然の話に驚いた様子を見せながら、ひたすら首を縦に振っていた。
よし、荘ちゃんに勝った!
私は勝ち誇ったように微笑んだ。
ワン吉には、私の仕事が終わってから、病院で待ち合わせということにして、今日という日を迎えた。
「翠先生、色々と、ありがとうございました」
「河合さん、お大事にね、慶斗君も元気でね」
私は河合さんと息子の慶斗君に手を振った。
河合さんは、私に会釈をすると、そのまま立ち去って行った。
「よし、河合さんの退院も無事に見送ったことだし、私も今日は帰るね!」
病棟のナースたちにそう告げ、私も病棟を出た。
白衣を脱いでかけると、ロッカーにしまってあったジャケットとカバンを取りだし、私はワン吉に電話をかけた。
「笹岡君、今も正面玄関のところにいる?」
「はい、先生、今どこですか?」
「じゃあ、もうそろそろ、赤ちゃんを連れたお母さんが出てくるから、その人を尾行して!」
ワン吉が何か言いかけていたが、私は構わず電話を切った。
早く私も追いつかなきゃ。
しばらくして、ワン吉に追いついた私は、ワン吉と一緒に河合さんを尾行していた。
河合さんは、あえて人通りの多い通りを選んで歩いているようだった。
河合さんが襲われた事件は人通りの少ない通りだったと聞いたのをふと思い出した。
そして、このあたりの地理に詳しい者の犯行だろうと聞いたことも思い出した。
犯人が、このあたりに住んでいるのであれば、すれ違うことだってあるかもしれない。
不意に、ワン吉が一人の男性を振り返った。
「今、あの子が『パパ』って言い……」
その言葉を聞いて駆け出した私は、男の腕をつかんで言った。
「あなた、一緒に警察に行きましょうか?」
よし、今、私、ちょっとカッコイイ気がする!
腕を掴まれた男性はキョトンとしている。
いやいやいや、そんな顔したって、こっちは証拠を掴んで……。
「み、翠先生、何してるんですか?」
ワン吉、邪魔しないでよ!
「ちょっと、笹岡君、何するのよ!」
「先生こそ、何してるんですか?」
「アイツはね、あの子のパパはね……って、あっ!」
しまった!
逃げられた!!
「あのね、笹岡君」
思わずため息が出た。
「あの子のお父さんは、あの男は、河合さんをレイプした犯人なのよ」
私の作戦は、失敗に終わってしまった。