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守られるべきもの

「先生、それ……」

 受付の子が私が手にしているボトルを見て言った。

「養命●ですか?」

「養●酒ですよ?」

「勤務時間中には飲まないほうがいいと思いますよ、一応お酒なので……」

 しまった!

 これ、お酒だった!

 でも、これから来る二組は、素面では、やっていけなさそうだ。

「翠先生、ダメって言いましたよね」

 こっそりボトルを開けようとしたけれどもあっさりと見つかってしまい、養●酒はボトルごと没収されてしまった。


 それでも、気合を入れてかかるしかない。

「次の人どうぞ」

 と、言う前に入ってきたのは、葵ちゃん夫婦だった。


 気合を入れてかからなければならないと心に誓っていたのに。

 目の前の夫婦には全く緊張感が見られない。

 妊娠しているかどうかも定かではなく、さらに、葵ちゃんの前回の癌のスクリーニング検査の結果は偽陽性。

 赤ちゃんの診察もしたいし、がんの精密検査もしたいので、早く来てほしかったというのに。

 2週間前の診察はすっぽかされるし、その後、何度も病院に来るように催促の電話を入れたにもかかわらず、結局来たのは今日。


 しかも、いつの間にか私の聴診器を持ってって、お医者さんごっこ始めてるし。


「あの、葵ちゃん……」

「あ、すみません、ついはしゃいじゃって……」

 葵ちゃんの代わりに旦那さんが謝った。

「大事な話があるって言ったよね?」

「そうだったのか?葵?」

 またしても、返事をしたのは旦那さん。

 葵ちゃんは、少し膨れていた。

「だって、何言われるかわかってたし、私が病院行くって言うと、大ちゃんが仕事放ってついてきちゃうし」

「だって、葵と子供よりも優先することなんてないだろう?」

 今度は私を目の前にして、夫婦げんかが勃発しそうな雰囲気だ。

「あの、話をさせて!」

「だって、先生の話って、赤ちゃんが女の子か男の子かってことでしょう?」

 いや、違……。

「私、わかってるもん!お腹の子は、大ちゃんにそっくりの男の子!将来、大ちゃんみたいなヒーローになるんだ!」

「葵、嬉しいこと言ってくれるじゃないか」

 あの、険悪なムードを脱したことは大変喜ばしいけど、そこでいちゃつかないで!

 診察をさせて!


 何とか、スクリーニング検査の結果を話し、精密検査をすることになり、葵ちゃんの次の診察日を決めて、二人は部屋を出て行った。


 ヤバイ、次の診察の予約時間過ぎてる!

 急いで葵ちゃんのカルテを記載して、次の患者を呼び入れると、待ち構えていたかのように中山志乃が入ってきた。

 小言の一つや二つ飛び出してくるかと思ったが、意外に何も言うことなく、静香さんを私の前に座らせて、自分は後ろで座っていた。


 静香さんの診察が終わると、静香さんが先に診察室から出て行った。

 その後に続いて、中山志乃も出て行くかと思ったら、中山志乃は、私のほうに歩み寄った。

「先生、いつもそのカメラがそこに置いてあるのですが、診察風景でも撮られているのですか?」

「いえ、違います。あの、荘ちゃんの、荘太君の写真が入っているので、静香さん見るかなと思って……」

「何ですって?」

 中山志乃の眼光が鋭く光った。

「荘太さんはまだ一歳とはいえ、肖像権がございます。データをすべて私に寄越してください。柏原!」

「はい!」

 どこからともなくSP風の男が出てきた。

 え?いつから?

 どこから?

 ここ、産婦人科の診察室なんですけど……。

「先生、荘太さんのデータをすべてこの柏原にお渡しください」

「はい」

 中山志乃の鋭い眼光に負け、私は、デジカメの中からSDカードを取り出した。

 ちょうど、荘ちゃんの写真だけ、このSDカードにまとめてあったのだ。

 柏原さんにSDカードを手渡すと、代わりに一万円札を渡された。

「え?そんなにいらないです!」

 セールで買った安物のSDカードだし、一万円のおつりとか今もってないし!

 でも、またしても中山志乃の睨みに負けて、私はその一万円札を掴まされてしまった。


 ため息をつきながら、私は、諭吉さんをポケットにしまい込んだ。

 まあ、写真撮影料とSDカード代ってことにしよう。

「先生、どうしたんですか?ため息ついて」

 そこに現れたのはワン吉だった。

「いや、ちょっとね、あ、そうだ!」

「飲みに行きませんか?」

 私の言葉を察知したかのようにワン吉が言った。

 まさか、ワン吉、私が一万円もらったこと知ってるの?


 いつもの居酒屋に行くかと思いきや、今日は少し病院から離れた隠れ家的居酒屋に私たちはいた。

 ワン吉、いつの間にこんなお洒落な店を知っていたのだろう?

 しかも個室って……。

 まさか、ワン吉、やましいことを考えているのでは……?


「先生、俺、何かしましたか?」

 私の視線に気づいたワン吉がしどろもどろになりながら言った。

 この調子では、これから何かしでかそうというわけじゃなさそうね。

 そんなやり取りをしているうちに、注文された品物を置いた店員が、扉を閉めて立ち去って行った。

 ワン吉は、扉を少し開け、周りの様子を見て、再び扉を閉めると、こちらに戻ってきた。

 なんだ、その異様なまでの警戒っぷりは!

 ワン吉、絶対、いかがわしいことしようとしてるだろう!

 ワン吉の顔が近づいてきた。

 え?何?何?マジで?ちょ、心の準備が!


「先生、『パパ』って呼びましたよ!」


 ……はい?


「梓が、お父さんのこと、『パパ』って呼びたいって言ったんです。『パパの抱っこが一番好き』って」


 この時、私は初めて、ワン吉が、私の約束を、梓ちゃんのパパのことを誰にも言わないって約束したことを守ってくれたんだと知った。

 ワン吉、意外とできる子じゃないか!

 何だかほんの少しだけ、ワン吉が頼もしく見えた。


「そっか、そうなんだ、よかった」

「近間先生のことを『パパ』って呼び出したときには、これから先もずっとお父さんのことを『パパ』って呼ばないんじゃないかって、心配になっちゃいましたけどね」

「ふーん」

 そっけない返事をしながらも、私は思い出していた。

 今や整形外科の医局長の近間先生は、私が学生の時、うっかり骨折した時に、お世話になった先生だ。

 いろいろ他愛もない話をしたなあ。

 確か、先生の血液型もAB型。

 そして、先生は、精子バンクに登録していると言っていた。

 梓ちゃんの本当の父親である可能性は、高い。

 梓ちゃんは、本当の父親がわかっていたのではないだろうか?

 赤ちゃんは、本能で本当の父親がわかるのかもしれない。


 何となく、そんなことを考えていた。

 何かが心に引っ掛かっていたが、何が引っ掛かっているのかいまいちわからないでいた。

 考えている私に、ワン吉が話しかけた。


「それで、俺、思ったんです」

 私は顔をあげた。

「血の繋がりがなくても、親子になれるのなら、俺は、荘太のパパになろうって」

「え?」

 私の考え事は、一気に吹っ飛んでしまった。

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