第10話 試合前なのに、もう負けてるんだけど?
楠祝 師兄が衛士と話し終えると、しばらく周囲を見回し、
そのまま一目散に更衣室の中へ駆け込んでいった。
「怪しすぎるでしょ。えっ?
本当に何なの?」
「わあっ、中にあるのって肉まん?」
私が考える間もなく、梓談が声を上げた。
熱っぽい目で、私の手にある布袋を見つめている。
さすが私の知る「いい鼻」の持ち主だ。
私は慌てて彼女にうなずいた。
「待って。休憩の時に一緒に食べよう!」
梓談は了解、というように手で合図をして、
艾碧落も私たちに手を振りながら、
二人のそばまでやって来た。
全員そろうと、私たちは三人で横に並び、
今日の水遊び用コーデを見せ合いながら歩いていった。
梓談は淡い桃色の肚兜を身につけていた。
白い縁取りが可愛らしく、それでいて甘すぎない。
まるでやわらかな牡丹が、
黒灰色の岩場に咲いたみたいだった。
艾碧落は姿勢よく歩いている。
文章の作風だけでなく、
服装まで「冷徹」が核になっている感じだ。
さすが四大才女候補だ。
彼女は黒い肩までの短髪を軽く整え、
身体を少し横に向けた。
細身で無駄のない黒い肚兜が、
そばの竹の葉をかすめる。
下半身の黒い薄紗は、まるで燕のように軽やかで、
そのまま竹林をすり抜けていくようだった。
その足取りにはどこか近寄りがたい気配があって、
道の小動物ですら譲ってしまいそうだ。
そして私はというと、
恥ずかしくなって外側の淡い緑の羽織をぎゅっと引き寄せた。
その下から、金色の肚兜が少しだけのぞいている。
だって日差しの下だと、本当に……目立ちすぎるのだ!!
しかも両脇の飾り玉、これ絶対ちょっと多すぎる。
このあと水遊びしたら、石の隙間に引っかからない?
道の途中まで来たあたりで、
私はようやく配色を間違えたと気づいた。
この二人の真ん中を歩いていると、
まるで光るパイナップルだ。
でも羽織を脱いだら、
あの金色の輝きでみんなの目を潰してしまいそうだった。
私は後悔しすぎて、少し落ち込んだ。
私の上品さと、ちょっとしたおしゃれ感のある雰囲気は、
もう戻ってこないのでは?
私が不安な気持ちのまま湖畔へ近づくと、
一目見ただけで、
三人の男子が休憩用の草地でそれぞれ過ごしていた。
男子たちは全員、
今流行りの「三角麻布・絹裏地の短袴」を穿いている。
蘭兒墨は気楽そうな表情であぐらをかいていた。
片手には銀の扇を持ち、青い短髪は、
扇いで生まれた風に合わせて水面のようなきらめきを帯びている。
彼は左手を上げて、こちらへゆっくり手を振った。
霜參仁はずっと遠くの湖畔を見つめていた。
膝を抱えたまま、何か考え込んでいるようだった。
やっぱりこの格好、流行りすぎているせいで、
着ると普通すぎて通行人みたいになるんだね!
私は少しだけ視線をずらし、
黃翼鷹が湖際に自信満々で立っているのを見つけた。
うわっ!
あの黒い短袴、すごく質感がいい。
裾の淡い青のラインも、ものすごくおしゃれだ。
脚もよく鍛えられていて、太くてたくましい。
力強さに満ちた馬槍使いの太腿だ!
日に焼けた肌には、
陽射しの下で引き締まった筋肉の線が浮かんでいる。
汗が流れ落ちる軌跡まで、妙に格好いい。
彼は金色の髪をさっとかき上げた。
暑さで少し汗をかいていて、
その姿はまるで陽光をそのまま身体に映した鷹みたいだった。
目もいいのか、ずっと遠くからでも、
私たちが来る方向をまっすぐ見ていた。
まさか?
あれ、私に向かって……思いきり手を振ってるの?
その瞬間、
淑女システムが深刻な過熱を起こして警報を鳴らし始めた。
表情モジュールは壊れかけ、
理性プラグインはじわじわ煙を上げ、
足取りの構造まで「しとやかな歩み」から「全力ダッシュ」に変わりかけている。
今の私は、
朝筱が拳ほどの小人になって、
私の肩の上で地団駄を踏んでいる気がした。
その叫び声まで幻聴みたいに聞こえてくる。
「落ち着いてください!
お嬢様は、
自分が貴族の手本だって言っていたでしょう!
太ももひとつで理性を失う獣にならないでください!」
「侑晴、少し暑いのかしら?
顔色があまりよくないわよ?」
私の異変に気づいたのか、
梓談が額ににじんだ汗を手巾で拭きながら声をかけてきた。
梓談に心配されると、碧落もこちらを振り向く。
二人の不思議そうな視線を受けて、
私は慌てて気持ちを整えた。
「た……たぶんね。
ちょっと水を飲むわ!」
けれど、さっきの衝撃で高まった気持ちは、
まだ全然落ち着いてくれない。
心臓はまるで高いところから落ちたみたいに激しく跳ねた。
その時、
私は彼の隣に立つ一人の女子に気づいた。
生成り色の肚兜が、その淡い上品さを引き立てている。
待って、あれは……
禎楠祝 師兄の婚約者、星御 師姐!?
星御 師姐は風に揺れる
淡い桃色の髪をそっとかき上げ、
可愛らしい顔の横で手を上げながら、
自然な仕草でこちらに手を振っていた。
彼女が。
翼鷹の。
隣に? どうして?
私は瞬きをした。
これが夢なのか確かめたかった。
もう一度、瞬きをする。
うん、これ夢じゃない?
学校主催の水泳大会だとして、
私は泳ぎが得意じゃないけど、
それでもどうして、
試合が始まる前からもう負けた気分になっているの?
あの学業成績も、礼儀作法も、
立ち居振る舞いも、何もかもが別格の模範。
伝説の「優雅なる星」その人に?
夏になると、私も泳ぐより水に浸かるほうが好きです。
川辺を見るだけでも涼しい気分になります。




