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身分証

親方のもとで働きだし3年が過ぎた。


「今日はな、職人ギルドに連れて行ってやる。

もうそろそろ、お前も身分証を作れ」

と親方は言った。


身分証……、

その言葉に、胸が高鳴った。

俺は身分証はもちろん、

ポイントカードというものすら、

作ったことがなかった。


「身分証なんてもの。孤児の俺に作れるんですか?」

と俺は尋ねた。


「お前の場合、俺が親方。つまり親代わりだからな。作れる。

ただ、どの孤児も作れるってことじゃないぞ。

身分証は身元保証のようなものだからな」

と親方は答えた。


「わかりました。支度します」

と俺は答え、支度を始めた。


職人ギルドは、

馬車で一時間かかる別の街にあった。

見た事のない店や、建物が沢山あった。


「ティコ、お前はこの街は初めてか?」

と親方は尋ねた。


「はい。初めてです。親方はここにはよく来られるんですか?」

と俺は言った。


「よく……、

というほどは来ないな。

職人ギルドに用がある事はめったとないからな」

と親方は答えた。


「職人ギルドって、何をする所なんですか」

と俺は尋ねた。


「色々あるな。職人の登録と身分証の発行、あとは銀行機能……、いうてもわからんか。金を預けたり、貸してもらったりする機能の事や」

と親方は言った。


銀行……。

俺が前世で一度も世話にならなかった所や。


「銀行って、俺でもお金を預けれるんですか?」

と俺は尋ねた。


「職人ギルドに入ってる奴は、

みんな使えるで……、

というかお前、

銀行に金を預けたいんか?」

と親方は言った。


「はい。憧れてました」

と俺は答えた。


「ほんまに変わった奴やな。

職人なんてものは、

あんまり金に頓着せんもんやのに。

珍しいわ」

と親方は笑った。


俺は60年以上、ずっと銀行を見続けてきた。

ホームレスの元教員に、

「ATMや通帳という、

いくらでも、お金を預けられる貯金箱みたいなもの」

があると聞いた。


ATMというのは、

機械の箱で、話をすることができるらしい。

そして、その機会にお金をいれると、自動的に貯金ができる。


銀行の窓口は、

キレイな女の人がいて、

その人に、お金と通帳を渡すと、貯金ができる。


そして、そのお金は、銀行が泥棒から守ってくれる。

そう聞いた。


「なんか銀行というのは、泥棒からお金を守ってくれると聞きました。」

と俺は言った。


「まぁそうやわな。しかもあれやで、銀行にお金を預けてたら、多少の金利っていうのが貰えるやで」

と親方は答えた。


金利……、

たしかホームレスの大学教授に聞いたことがある。

働かなくても、お金が増える魔法やと。


「それも聞きました。働かなくても、お金が増える魔法やと」

と俺は言った。


「お前、ほんまに子供か?

よう知ってるな。

そやな。

たしかに働かなくても、お金が増える魔法やな」

と親方は腕を組んだ。


「それで親方。どれくらいお金が増えるんですか?」

と俺は尋ねた。


「それはちょっとわからんな。年に1割の半分言うとったかな」

と親方は言った。


「それはギルドに行けば、教えてくれるんですか?」

と俺は尋ねた。


「そうや、そうや。ギルドに聞けばいい。俺は難しい事はわからんからな」

と親方は笑った。


俺たちは、職人ギルドと看板のある建物についた。


「ここや、入るで」

と親方は俺の背中を叩いた。


俺はずっと憧れていた。

免許証や学生証、ポイントカード、通帳、携帯電話。

そういう、普通の人なら誰でも持っているものを。

持つことができなかった。

スリをやっていたから、金は多少はあった。

でも……、

社会的に存在していない、

透明人間の俺には、

持つことが許されなかった。


俺は今日はじめて、普通の人になれる。

胸の奥が熱くなった。

緊張で吐き気がした。


ずっと望んでいた事なのに、

なぜ……。


「親方……、

緊張してるんです」

と俺は言った。


小刻みに震える俺の手を見て、

親方はそっと抱きしめてくれた。


「ようやったな。ようやくココまで来た。

頑張ったな」

と親方は頭をなでてくれた。


今まで抑えつけていた感情が、

あふれ出した。

止めようとしても、

大粒の涙が目からあふれる。


「ごめんなさい。俺、親方に恥をかかせる……」

と俺は言った。


「……恥なんかやない、お前は俺の誇りや」

と親方は笑って、俺をきつく抱きしめた。


数分後、

気持ちが収まった俺は、受付に向かう。


「おぉマドゥやんけ、ひさしぶりやの」

と受付の男は、親方の肩を叩く。


「ひさしぶりやな。どうや景気は」

と親方は言った。


「あいかわらずや。それで今日はなんや」

と受付の男は尋ねた。


「こいつは俺の弟子のティコ。身分証を作りにきた」

と親方は言った。


「おぉそうか。お前も弟子を取るようになったか。

わかった、じゃあここに記入してくれ」

と受付の男は書類を親方に手渡した。


「親方。それはなんですか?」

と俺は尋ねた。


「それは俺が答えよ。これはな。ティコ、お前の住んでる場所や職人としての経歴、親方の名前や親方の住所を書くもんなんや」

と受付の男は答えた。


「俺の住んでるところだけやったら、あかんのですか?」

と俺は尋ねた。


「まぁ当然そう思うわな。ティコ。お前は職人としては、腕はいいかもしれん。でもな、それを証明するものがおらんやろ。そしたらな、職人ギルドとしても、こいつの腕は良いで。と太鼓判を押されへんのや。

でもなマドゥ親方の弟子やってなったら、

話は違う。

それやったら、基本的なことが出来てるやろうから、職人ギルドとしても、太鼓判を押せるようになる。

身分証というのは、そういうものやねん」

と受付の男は答えた。


「一瞬で判断するために、名札みたいなものですか」

と俺は尋ねた。


「そうや、そうや。坊主お前、頭ええな」

と受付の男は笑った。


「親方の指導のお陰です」

と俺は答えた。


「なんも指導しとらんけどな。

これ書けたで……」

と親方は笑った。


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