おかしな井戸
「弟子でも取ったんか?」
と男は尋ねた。
「ええ。こいつはティコ。おいティコ。この方は隣村の村長さんや。挨拶しな」
とマドゥ親方は言った。
「初めまして、ティコです。見習いです。よろしくお願いします」
と俺は頭を下げた。
「いい挨拶やな。よろしくなティコ」
と村長は笑った。
俺は再び頭を下げ、作業に戻った。
よくよく観察すると、小さい穴はいたるところにあった。
俺は一つずつ穴を埋め、うちと外を行き来し、仕上げていく。
単純な作業だが、意外と楽しい事に気がついた。
「それで村長。井戸はどうなってんねん」
とマドゥ親方は言った。
「いやな。それが原因がわからんのや。だからお前に頼んどる」
と村長は答えた。
「しかしな。俺の足がこれやからな」
とマドゥ親方は言った。
「お前しかおらんのや」
と村長は腕を組んだ。
なんの話をしているのだろう。
ちょっと聞いてみよう。
「あの。井戸がどうかなったんですか?」
と俺は尋ねた。
「村長のところの井戸が、急におかしくなったみたいでな。
それを見てくれというんやが、ほらこの足やから見れへんねん」
とマドゥ親方は頭をかいた。
「あの俺が見ましょか?」
と俺は答えた。
「お前が?それはありがたいが、どこがオカシイか判断できへんやろう」
とマドゥ親方は言った。
「そうやな。子供にはわからんやろな」
と村長は言った。
「細かい事はたしかにわからへんと思います。でも正常の井戸と、おかしな井戸を見れば、おかしそうな所は、お伝えできるかもしれません」
と俺は答えた。
「ほんまやな。俺の弟子さえてるわ。それでやってみよか」
とマドゥ親方は言った。
「……できるかな」
と村長は腕を組み、顎を触った。
「まぁ出来へんかったら、他の手を考えたらいいやろ」
とマドゥ親方は笑った。
……
翌日、村長が荷馬車でやってきた。
俺は親方抜きで、出張で確認することになる。
隣村は荷馬車で30分くらいの所にあった。
村には井戸が二つあり、まずは正常なほうの井戸に行くことにした。
俺は万が一の為に、紐でくくられる事になる。
「これから井戸の底に行くけど、怖くないか」
と村長は尋ねた。
「平気です」
と俺は答えた。
「そうか。じゃあ頼むぞ」
と村長は言った。
「はい」
と俺は答えた。
俺はハシゴを一つ一つ慎重に降りていく。
外の日差しはきついのに、井戸には冷気があり、寒いくらいだった。
そこについて、周りを確認する。
特になにも見当たらなかった。
俺はハシゴを昇っていった。
「どうやった。怖くなかったか」
と村長は尋ねた。
「ちょっとビビってましたが、あんがい平気でした」
と俺は笑った。
「そうかそうか。頑張ったな」
と村長は頭をなでてくれた。
俺は少しだけ、誇らしげに思えた。
ふと、周りを見ると、俺の事をじっと見る。
少女がいた。
「じゃあ、次行きます」
と俺は言った。
村長と村の人は、ハシゴを持って、他の井戸に向かう。
少女も後ろから隠れながら、ついてくる。
ハシゴをかけ終え、
「次も頼む」
と村長は言った。
「はい」
と俺は答え、また井戸を降りていく。
下に降りるにつれ、俺はハッキリとした異変を感じた。
そこに漂うのは、冷酷なまでの死のニオイ。
そして底にあったのは、何かの動物の死体やった。
あぁ、こっちか……、
俺は唇を噛んだ。
俺はマドゥ親方から聞いていた事を思い出した。
……
「井戸の故障で多いのが、壁の割れとか、泥の混入、あとは何かのゴミやな。死骸とかも多いねん」
とマドゥ親方は言った。
「そういう場合はどうしたら良いですか?」
と俺は尋ねた。
「お前が村の人と共同でできそうやったら、したら良い。無理そうやったら、俺の指示を聞きに戻れ」
とマドゥ親方は言った。
「じゃあ。泥の混入やったら、バケツに入れて引き上げてもらう。ゴミとか死骸やったら、ロープで縛って、上から引き上げてもらう。あとは掃除するって感じで、やりましょか」
と俺は尋ねた。
「あぁ、上出来や」
とマドゥ親方は笑った。
……
俺はハシゴを昇った。
日が眩しい。
「それでどうやった」
と村長は尋ねた。
「原因はわかりました。井戸の底に死骸らしいものがあります」
と俺は答えた。
村長の目が曇る。
村人たちも動揺している。
「そういう場合は、どうするか聞いてるか?」
と村長は言った。
「俺が底に行き、ロープで縛り、村の人に引き上げてもらえと、そう聞いてます。それから、俺が井戸の掃除をします」
と俺は答えた。
「そうか、じゃあ……、それですぐに井戸は使えるんか?」
と村長は言った。
「少しサイズが大きいので、ちゃんと掃除してから、数週間か数か月待たないと、危ないそうです」
と俺は答えた。
村長は肩を落とした。
「……そうか。
わかった。
じゃあロープを降ろすから、縛ってくれ。
すまんな。
キツイ仕事やらせて」
と村長は肩を叩いた。
「いえ。仕事ができて、ウレシイです」
と俺は答えた。
村長は不思議そうな顔をしたが、
それが俺の本音やった。
死骸に触れるのが、
気持ち悪くないと言えばウソやけど、
それよりも仕事を貰えたこと、
そして親方にも村長にも任された事が、
誇りに感じた。
俺は底に降りて、死骸に縄をかける。
少し大きめの犬のような動物。
俺はこれがなになのか、わからへんかった。
俺はハシゴを昇った。
「引っ張ったらええんやな」
と村長は言った。
「はい。お願いします」
と俺は答えた。
村人は力を合わせて、死骸を引き上げる。
「うわ、なんやコレ。狼とちゃうか?」
と村人は言った。
「ほんまやな。これ狼や」
と村長は答えた。
俺も何かを言おうかと思ったが、
よく知らない村の事情に口を出すべきではないと、
そう思った。
「じゃあ、俺は掃除をしてきます。ゴミがあれば麻袋に入れるので、また上から引き上げてください」
と俺は言った。
それから俺は3回、ハシゴを往復した。
気がつくと、日が傾きかけていた。




