境目
マドゥ親方の元に来て、1か月が経った。
仕事にも、小さい身体にもだいぶ慣れてきた。
親方の仕事は、だいぶ効率が良くなったようだが、
まだまだ仕事は、山のようにあった。
俺は相変わらず、自分の仕事が終わったら、親方の作業をじっと観察していた。
「今日はおもろい事を教えたるわ」
とマドゥ親方は言った。
「なんですか」
と俺は身を乗り出した。
「あのな。モノには壊れやすいところがあるんや。まぁ弱点やわな。どこかわかるか」
とマドゥ親方は尋ねた。
俺は今までの修理品の故障場所を思い出していた。
「俺が今まで見たなかでいうと、折れ目とか、穴とか、つなぎ目の部分の故障が多かったかもしれません」
と俺は答えた。
「ほんまか?」
とマドゥ親方はニヤっと笑みを浮かべた。
「あんまり自信がないですが、たぶん」
と俺は頭をかいた。
「正解や。折れ目、穴、つなぎ目の故障は多いな。でもなんでやろうな」
とマドゥ親方は言った。
「負担が大きいからと違いますか?」
と俺は尋ねた。
「そうや。さすが俺の弟子や。勘がええ。こういう場所は負担が大きい。ほらそこのジャケット取ってみ」
とマドゥ親方は言った。
そこには、ひじに革当てがついたジャケットがあった。
「ほらこれな。ひじの部分は負担が大きいからな。穴があきやすい。だからはじめに革当てをつけんねん。そしたら長持ちする」
とマドゥ親方は答えた。
「なるほど、壊れやすい所に、はじめから手当しておくわけですね」
と俺は言った。
「そうや。そうや。この壊れる場所の検討がつくようになればな。修理の技術はぐんと上がる」
とマドゥ親方は言った。
「それはなんでですか」
と俺は尋ねた。
「ほとんどな。同じ場所やし、別の修理品でもな、構造的には似たようなものやねん」
とマドゥ親方は答えた。
「別々の修理品が、似たような構造?」
と俺は目を細めた。
「それがわかるようになるのは、まだまだ時間がかかるわ」
とマドゥ親方は笑った。
「親方。さっき穴が故障の原因になりやすいと、言われてましたけど、壁に穴があいてたら、まずくないですか?」
と俺は尋ねた。
「そりゃそうや。当たり前や、すぐに埋めんとあかん」
とマドゥ親方は言った。
「このうちのような素材の場合は、なんで埋めますか?」
と俺は答えた。
「そうやな。穴の大きさにもよるけど、粘土と手ごろな大きさの石やな」
とマドゥ親方は言った。
「粘土は買うんですか?」
と俺は尋ねた。
「あほ。粘土なんか、そこの川にいったら、ナンボでもあるわ」
とマドゥ親方は言った。
「親方。ここの壁に小さい穴があるんですけど、これその方法で埋めさせてもらっていいですか?川に粘土取りに行くんで」
と俺は尋ねた。
「そんな所に穴があったか。ぜんぜん気が付かなんだ。どうりで夜冷え込むわけや。じゃあ頼むわ。川に行って粘土取ってきてくれ。わかるかな。粘土」
とマドゥ親方は言った。
俺は子供の頃、なんどか川で粘土を取ったことがある。
「石をひっくり返したら、あるねばっとした土ですよね」
と俺は尋ねた。
「それやそれや。気をつけて行ってこいな」
とマドゥ親方は言った。
俺は身支度を整え、川に向かう。
天気はいいが、風が冷たい。
今日川に入るのは、すこしきつそうだ。
俺は安全そうな場所を探して、川に入った。
大きめの石を動かし、粘土を探す。
10分ほどで、粘土を取ることができた。
足を乾かし、ふと河原を見ると、ゴミが捨てられている場所を見つけた。
ホームレス時代のサガだ。ゴミ捨て場を見ると、どうしてもチェックしてしまう。
底が抜けた靴。木切れ、腐った板。
金目のものはまったくなかった。
前世とはまったく違う。そう思った。
ホームレスというと、ボロボロの服という印象を持つ者が多いやろう。
いわゆる記号的なホームレス。
ヤンキーの記号がボンタン、長ラン、短ラン、金髪、リーゼントであったように、
ホームレスにも、ボロボロの服という記号があった。
しかし現実に、ボロボロの服を着るホームレスが多いかというと、そうでもない。
キレイな身なりをしている者は意外と多い。
理由は簡単や。
キレイな状態の服が、数多く捨てられているからや。
その中には高級ブランドの服も混じっている。
だから、高級ブランドの服を着ているホームレスさえいた。
すべては拾いものなのに、見た目は悪くない、そんな生活さえ可能やった。
特に引っ越しシーズンは多くのものが捨てられた。
引っ越しシーズンには、皆恰好がキレイになったりした。
今ホームレスは記号化してへん。
長く伸びっぱなしの髪は、格安カットで済ませる者が多くなった。
汚らしい服装は、コインランドリーでキレイになる。
風呂も銭湯に行くこともできれば、体を拭くシートで安く済ませることもできる。
キレイな公衆トイレもあるし、水もただで飲める。
ひげ剃りや歯ブラシも歯磨き粉も100円ちょいで揃う。
信じられないだろうが、ギャルのホームレスさえいた。
汚いと排除される。キレイにする事は、俺らの生き抜く知恵でもあった。
だから、今ホームレスはサイレント化している。
減ったように見えるんは、そのせいや。
(ぴゅー……)
風が急に強くなった。
もう戻らんと、そう思った。
俺は粘土を落とさないように、工房に向かう。
すると工房に一人の男が入っていくのが見えた。
客か?
客を見るのは、初めてやった。
今、入っていいものだろうか?
そう思った。
マドゥ親方以外の大人と、話をしたこともない。
場違いじゃないだろうか。
親方に恥をかかせないだろうか。
いや。まず行ってみよう。
「マドゥ親方。今戻りました」
と俺は言った。
男がゆっくりと振り返る。
人のよさそうな帽子を被った男やった。
「おぉティコ戻ったか。粘土は取れたか?」
とマドゥ親方は言った。
「はい。見つけました。これですよね」
と俺は親方に粘土を見せた。
「そうや、そうや。あと埋めるのは、任せたぞ。後で見てやる」
とマドゥ親方は言った。
「はい」
と俺は答え、作業に取り掛かった。




