屋根のある生活
「おい!起きろ」
と怒声が聞こえる。
親方の声だ。
俺は飛び起きる。
「親方。おはようございます。なにから始めましょう」
と俺は答えた。
「そうやな。まずは井戸から水を汲んでこい」
とマドゥ親方は言った。
「わかりました。
ただマドゥ親方の家のルールがわかりません。
一度だけ手本を見せてもらえますか」
と俺は頭をさげた。
「それもそうやな。よしわかった。まずは手本を見せるわ」
とマドゥ親方は言った。
それから、マドゥ親方は、井戸で使うバケツ、水を入れるカメ、井戸の場所、井戸水の汲み方を丁寧に教えてくれた。
バケツは満タン入れると、子供の腕には負担が大きすぎたので、半分づつ運ぶことにした。
「わかりました。
ではこれから毎日水汲みから、始めたらええですか?」
と俺は尋ねた。
「そうやな。俺が言わずとも、水を汲んでおけ」
とマドゥ親方は言った。
「はい」
と俺は答えた。
俺は仕事を貰えた事が嬉しかった。
俺はそこから、いくつかの仕事をもらった。
食器を洗う
掃き掃除
だった。
すべて1時間ほどで終わった。
「親方。仕事終わりました。次の仕事をください」
と俺は言った。
「もう終わったんか。ちょっと待てよ。なにやらせよ。
すまんな。ずっと一人でやってたから、どう使っていいのかわからんのや」
とマドゥ親方は苦笑いをした。
「わかりました。親方の仕事を観察して、もし必要そうなら、こういうのどうですか?と聞きます。親方も仕事を思いついたら、言ってください」
と俺は答えた。
「それは助かるわ。しかしお前ほんまに子供か?」
とマドゥ親方は不思議そうな顔をした。
「見た目の通り子供です。ずっと働きたかったので、今すごい嬉しいんです」
と俺は答えた。
「そうか……、まぁボチボチやってくれ」
とマドゥ親方は笑った。
それから、俺は親方の仕事をずっと観察し続けた。
親方の仕事は、修理の依頼を受け、その修理品を直すという事が多いようだった。
俺は机の上の散らばった伝票に目を通してみた。
依頼品は、農具から、生活用品、工芸品、家や家具、井戸の修理まで多岐に渡った。
俺は伝票を見て、一つの事に気が付いた。
日付と名前、金額と修理項目しかなかった。
そして、この伝票が散らばっている。
修理品を探して舌打ちする親方……。
俺は昔に読んだ本の一節を思い出した。
「伝票は時系列で並べておかないと、お客さんの順番がぐちゃぐちゃになり、トラブルの元になります」
たしか、そんな事が書かれていたと思う。
こんな事聞いて怒られないだろうか?
少し心配したが、好奇心のほうが勝っていた。
「親方。仕事は依頼があった順でこなしてはるんですか?」
と俺は尋ねた。
「そうやけど。なんかあるか?」
とマドゥ親方は言った。
「なんか見てると、次なにやるんやったかなと思い出してはるように見えて」
と俺は答えた。
「お前鋭いな。そうやねん。物覚えが悪てな」
とマドゥ親方は苦笑いをした。
「俺が次する仕事は何か、すぐにわかるようにしましょか?」
と俺は尋ねた。
「それはありがたいけど、だいじょうぶか?」
とマドゥ親方は尋ねた。
「この伝票を日にち順に並べて整理します。それでわかるようになります」
と俺は答えた。
「なんかようわからんけど、任せるわ。ほんまにできるんやったら、めちゃくちゃ楽やからな」
とマドゥ親方は言った。
「では、この伝票を整理するのと、この伝票の端に穴を開ける許可。穴を開ける道具。穴に通す紐を貰えますか?」
と俺は答えた。
「整理するのも良いし、穴を開けるのも良い、道具も出すし、紐も渡すけど、なにをするねん」
とマドゥ親方は不思議そうな顔をした。
「この伝票の端っこに穴をあけて、紐を通します。すると伝票がまとまってバラバラにならないし、日にち順に入れると、仕事の順番がわかりやすくなるんですよ」
と俺は答えた。
「それは頭ええな。それやってくれ」
とマドゥ親方は言った。
「はい」
と俺は答えた。
それから伝票と格闘し、3時間ほどで伝票を整理できた。
親方は、伝票を見て感心していた。
「なるほどな。これええな。頭がずっと、モヤモヤしとったんが、一気にスッキリしたわ」
とマドゥ親方は俺の頭を撫でた。
存在を認められたのがうれしくて、涙が出た。
「ありがとうございます」
と俺は喉がつまった。
「なんや、感動して泣いとるんか。
褒められたら喜ぶもんや。
頭スッキリしたし、これからガンガン仕事片付けるわ」
とマドゥ親方は笑った。
俺は昔の事を思い出した。
俺は戸籍がなかったから、学校にはいけへんかった。
でも金蔵の計らいで勉強はさせてもらっていた。
ホームレス仲間が拾ってきた、
学校の教科書と参考書やドリルを教材に、
元教員のホームレスに勉強を習った。
小学1年から高校3年生の勉強まで全部習った。
元教員のホームレスも、金蔵も、教材を拾ってきたホームレス仲間も、
皆嬉しそうやった。
小さい頃は、平日の昼間に外にいると不審がられるから、籠っていたけど、
休みの日には、図書館にも行った。
沢山本を読めるのがうれしかった。
図書館でテスト勉強をする学生たちが羨ましかった。
元教員のホームレスが、
拾ってきた参考書を使って、定期的にテストをしてくれた。
成績表も作ってくれた。
ある日、
知らないホームレスに、
「そんな勉強なんかしたってな、戸籍もない奴に道は開かれへん。
それこそ無駄な努力やろ」
と言われた。
いつも温厚な金蔵がキレて、その男に殴りかかった。
顔をくしゃくしゃにしながら、
「無駄な努力かどうかは他人が決めるんじゃねぇ。
こいつが決めれば良いんや。
大人はだまって、子供を応援してればええねん」
そう言って、涙を流していた。
俺は本が好きやった。
道が開かれないのは、わかっていた。
でもただひたすら読んだ。
大人になってからは、1日1冊ペースで読んだ。
……1万冊以上は読んだやろう。
とにかく時間があれば、本を読み、世界を観察していた。
ただ、それが俺の幸せやったんや。




