マドゥ親方
俺は、次に飲食店のゴミ箱に向かった。
ここなら、残飯にありつけると思ったからや。
しかし、すぐにその幻想は消え去った。
もうすでに何人もの子供たちが、そこに待機していた。
再び記憶が流れ込む。
飲食店の縄張り争いで、殴られた記憶や。
そうか……、
ティコは身体が小さく、残飯にさえありつけへんのか。
(ぐーっ)
腹が鳴る。
もう限界や。
やるしかない。
俺はそう思いながら、ぐっと歯を食いしばった。
食料になるものを探そう。
俺は繁華街を離れ、食べるものがないか、歩き回った。
しかしほどなくして気が付いた。
食べられそうな草があっても、調理器具がない。
インスタント麺など、簡単に調理できるものもない。
そして、やはり身体が小さすぎた。
3時間程たち、日が暮れそうになり、俺は諦めた。
また少しだけ、仕事をしよう。
街が薄暗くなるのを待ち、酔客を探した。
1時間程たち、足取りがフラフラした男を見つけた。
中肉中背の男。4~50代ってところか。
あれは義足か?
これなら、最悪バレても逃げられる。
前世なら絶対に狙わないが、命をつながないといけない。
すまん。
俺は男に近づいた。
俺はすーっと手を伸ばす。
やったそう思った瞬間。
身体が宙に浮かんだ。
しまった。
身体は地面に叩きつけられた。
「惜しいな。あと20㎝身長が高かったら、気付かれずに、すれたのに、あかんわ」
と男は俺を見下ろした。
「殴らんのか」
と俺は尋ねた。
「アホ。殴ったら手が痛いやろ」
と男は笑った。
「ほんなら。許してくれるんか」
と俺は尋ねた。
「アホ。許すか。お前名前はなんや」
と男は答えた。
「ティコ」
と俺は言った。
「俺はマドゥ。マドゥ親方と呼べ。
とりあえず顔覚えたからな、逃げたら騎士団に突き出したる。
お前は今日からタダ働きや」
と男は笑った。
「飯は食わしてくれるのか」
と俺は尋ねた。
「働く奴には、
飯は食わす」
と男は俺の首根っこをつかんだ。
「わかった。ついていく」
と俺は答えた。
俺はマドゥ親方について行く。
自分が働けるというのが、とても嬉しかった。
俺はずっと働く事に憧れていた。
戸籍のない者は、日雇いですら難しい。
会社というのは、本人確認をしたがるからだ。
大昔はゆるい所もあった。
ただ時代と共に、ゆるい所さえもなくなった。
結局俺は前世でほとんど働くことができへんかった。
親方の家は、そこから15分ほどの場所にあった。
石造りのボロ屋で入り口には、
木の看板に『マドゥ修理工房』と書かれていた。
俺はそこで気が付く。
ティコは字が読めるんやと……、
「なぁ親方。これマドゥ修理工房って読むんか?」
と俺は尋ねた。
「ティコだったな。お前字が読めるんか」
とマドゥ親方は目を細めた。
「どれくらい読めるかは知らんけど、これは読めた」
と俺は答えた。
「たいしたもんや。お前くらいの孤児は、字が読めない事が多い。親が教育をちゃんとしてたんやろな」
とマドゥ親方は、俺の背中を叩いた。
脳裏にティコの記憶が流れる。
これは母親なんか?
女が俺に読み書きを教えてくれていた。
しかしその字は、前世のものとは随分違っていた。
でも読めるのは、ティコの記憶と俺の記憶が、
シンクロしているからなんやろう。
「昔のことは、あんまり覚えてへん。たぶん辛いことがあったんやと思う」
と俺は答えた。
マドゥ親方の表情が一瞬、凍り付く。
「あぁ、そうやろう。孤児ってのは、皆事情持ちや」
とマドゥ親方は笑顔を作った。
親方の家は、酒と古い脂のニオイがしていた。
マドゥ親方は、持っていたランプを机に置き、暖炉に火を入れる。
薄暗い明りの中に、
積み上げられた修理品と、無造作に置かれた伝票が見えた。
(ぐーっ)
腹が鳴る。
「親方。飯食わしてくれ」
と俺は言った。
マドゥ親方は、テーブルにあったパンを、腰につけたナイフで切り、
俺に渡した。
「さぁ食え」
とマドゥ親方は言った。
俺はパンを口に入れた。
堅い。
今までこんなに堅いパンは、食ったことがない。
「堅いな」
と俺は言った。
「そりゃそうや。それは昨日のパンや」
とマドゥ親方は笑った。
昨日のパンがこんなに堅い……、
そうか、前世のパンが柔らかかっただけか。
これがこの世界の現実なんか。
「水はある?」
と俺は尋ねた。
「水なんか飲むな。腹を壊す。エールを薄めてやるから、これを飲め」
とマドゥ親方は、エールを薄めて俺に渡した。
俺は喉が渇いていたのか、一気に飲み干した。
「美味いな」
と俺は呟いた。
人生で2度目の酒だった。
金蔵のホームレス仲間に騙されて飲まされた事を思い出す。
あの時は、まだ子供でビールの味なんてわからんかった。
マズくてマズくて、もう一生飲まへんと心に誓った。
大人になってからも、
勧められる機会は何度もあったが、
苦い経験と、
自分みたいな人間が酒なんて飲んではあかんという思いがあり、
飲まなかった。
育ての親の金蔵も、酒はまったく飲まへんかった。
「明日から、ハーブの水を用意してやるわ」
とマドゥ親方は言った。
「ありがとう」
と俺は頭を下げた。
俺はパンをたいらげた。
「じゃあ、働く。何をすればええ?」
と俺は尋ねた。
「今日は暗いからもう良い。明日からこき使ったやる。そこの隅っこに藁があるから、そこで寝とけ」
とマドゥ親方は言った。
俺は部屋の隅っこの藁の上で眠ることにした。
窓の隙間から寒い風が入り込んでくる。
藁はひんやりとしており、草の匂いがした。
俺が初めて生活する屋根付きの家。
今日からここが自分の生活できる家なのだと思うと、
とても幸せに感じた。
ふと目を開けると、マドゥ親方はテーブルの上でエールを飲んでいた。
時々ふらふらしながら、義足の足を叩いていた。
その目には、薄っすら涙のようなものが見えた。




