過去
荷馬車はごとごと揺れていた。
俺は前世の事を思い出していた。
前世では、周りは事情のある人ばかりだった。
腕に『男一匹』と刺青を入れたのんべぇ。
ギャンブルで借金を作り、妻と娘を捨てて逃げてきたオッサン。
様々な過去があった。
それらを聞かないのが、暗黙のルールだった。
この世界でも、きっとそうだ。
俺はそう思い込んでいた。
「過去を聞かないってのは、お前の良いところだ。
でもな。
距離を縮めたいと思ったら、多少聞くことも大切だったりするぞ」
と親方は肩を叩いた。
「その刺青は……」
と俺は尋ねた。
「これの事は聞かんといてくれ」
と親方はうつむいた。
「すんません。失礼しました」
と俺は頭を下げた。
「嘘や。冗談や。これはな傭兵団のマークや。階級があってな。ここに線があるやろ。
この線が多いほど階級が上や」
と親方は言った。
よく見ると、ドラゴンのような形の横に線が4本書かれてあった。
「4本ありますね。これ偉いさんやったんちゃいますか」
と俺は尋ねた。
「そうやな。一番上が5本やからな。その下やから、上のほうやな」
と親方は言った。
「すごい人やったんですね」
と俺は答えた。
「アホ。すごい人やったんですね。違うやろ」
と親方は笑った。
「すみません。間違いました。傭兵団でもすごい地位の人やったんですね。さすが親方です」
と俺は言った。
「そやろ。俺もそう思うわ」
と親方は笑った。
「親方はなんで修理の仕事をはじめたんですか?」
と俺は尋ねた。
親方は黙ってしまった。
「すみません。変な事聞いてしまいました」
と俺は頭を下げる。
「いいんや。ちゃうねん。なんでやったやろうなと考えてたんや」
と親方は答えた。
「そうなんですか」
と俺は言った。
「そうや、思い出したわ。足のケガで傭兵団を辞めようと思った時に、でも仕事ないなって思ったら、じゃあうちの傭兵団の備品の修理とか請けおうたらどうやって言われたんや」
と親方は笑った。
「それにしては、村や町の人の仕事ばかりですね」
と俺は言った。
「それやねん。修理を請けおうたらどうやって言ったのに、潰れよってん」
と親方は眉間にしわを寄せる。
「すんません。変なことばっかり聞いてもうて」
と俺は頭をかいた。
「いや、お前は悪くない。俺の過去の話は落とし穴ばっかりや。少し進めば、穴に落ちる」
と親方は笑った。
「やっぱり聞かんときます」
と俺は答えた。
「あほ。その落とし穴を色々しるんが、面白いんやんけ」
と親方は言った。
「そんなん傷つくでしょ」
と俺は答えた。
「そんな傷なんて、別にええわ。なんか知って欲しいねん」
と親方は言った。
「わかりました。ビビらんと聞きます。それでどう立て直しはったんですか」
と俺は尋ねた。
「とりあえず実績もなんもなかったから、あちこちただで修理して回った。
1か月くらいかな。
そしたら、お金払うからうちもしてやという話が増えだして、
そこからタダ働きはやめた。
みんななタダで修理させようなんて、思ってないわ。
腕が心配なだけや」
と親方は言った。
「俺も村で、孤児の家を修理したら、仕事もらえました」
と俺は答えた。
「そうやろ。みんなな。修理したいものは、なんなとある。でもな。修理っていくらかかるかわからんし、直るかどうかもわからん。だから怖いねん。でも目の前で修理されていったら、うちの直せるやろと思う。
そういうもんや」
と親方は言った。
「勉強になります」
と俺は答えた。
「それにしても、今は俺の仕事を手伝ってるけど、ちょっとずつ自分でも仕事を取ったほうが良いやろな」
と親方は言った。
「仕事を取るってどうするんですか?
ここは親方のお客さんばかりですし」
と俺は尋ねた。
「そうやねんな。前みたいに被らんとこやと問題ないんやけどな」
と親方は笑った。
「そうですね。親方みたいにタダでやるのも限度がありそうですし、別の村を探したほうがいいでしょうか」
と俺は尋ねた。
「別の村な……、それもいいけど、今の街でも全員が俺の客ではない。ほかの職人もおるからな。まだ修理職人を使ったことのない連中を、つかまえたらいいんやけどな」
と親方は言った。
修理職人を使ったことのない連中……。
「新品を買う人か、孤児くらいしか思いつきません」
と俺は答えた。
「新品を買う人か……、まぁいいかも知れんな」
と親方は呟いた。
「どんな人が新品を買いますか?」
と俺は尋ねた。
「そうやな。貴族とか、お金持ちやな」
と親方は言った。
「貴族とか、お金持ちやったら、修理なんかしなくてもいいんちゃいますか」
と俺は尋ねた。
「そうやな。でもあれやで、貴族とかお金持ちとかって、物をぼんぼん買って捨てたりとかせえへんで」
と親方は言った。
「ほんまですか?イメージでは、すぐに取り替えそうですけど」
と俺は尋ねた。
「それは新興貴族や成金や。
古いタイプの貴族やお金持ちは、割と物持ち良いで」
と親方は言った。
「そうなんですか」
と俺は少し考え込む。
「たとえばな。おじいさんが着ていたジャケットを修理して、孫が着るとかようある事や」
と親方は言った。
俺は街で捨てられていた服の事を思い出した。
あの多量に服を捨てていたのは、成金とかだったのか……。
「じゃあ、仕事を貰えるかもしれませんね」
と俺は答えた。
「そうやな……、
ただな。
仕事を貰うまでが大変や」
と親方は顎を触った。
「どういう事ですか?」
と俺は尋ねた。
「考えてもみ。貴族やお金持ちが、俺らの言うこと素直に聞くと思うか?」
と親方は尋ねた。
「思いません。見下してると思います」
と俺は答えた。
「いや……、そういう人もおるけど、それが問題やないんや。
信用してもらうのに、時間がかかるって言ってんねん」
と親方は言った。
「なるほど、
信用ですか。
たしかに俺のような孤児やったら、
スグ に信用してもらうのは。
ムリそうですね」
と俺は答えた。
「そうやろ。それが問題なんや」
と親方は言った。
「孤児とかどうでしょう」
と俺は尋ねた。
「孤児な……。金がないやろ」
と親方は言った。




