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伝説のスリ師銀二

「実話かなんかしらんけど映画とかで、何年もかけてスプーンで刑務所の床に穴掘って、脱走したって話あるやろ。

あんなに根気あるんやったら、どんな仕事でも上手くいくんちゃうかと思うてな。

不思議でたまらんのや」

カップ酒を飲みながら男は呟いた。


23時を回った暑苦しい公園のベンチに座り込む男達。

街灯のライトは寒々とした色をしていた。

LEDライトのせいか、虫すら集まっていなかった。


白髪頭だが、身なりのきちんとした男が答える。

「それはちょっとちゃうわな。あのな、刑務所はめちゃくちゃ退屈やねん。退屈やからな、穴掘んねん。いわば趣味やな。でも。娑婆に出たら娯楽がいろいろあるやんけ。だからな、そっちが優先されんねん」


「なるほどそういう事か。趣味やからできたわけやな。たしかにドキドキしそうやしな。スリリングな趣味やいうことやな。やっと腑に落ちたで。おおきにな」

カップ酒の男は笑った。


白髪頭の身なりのきちんとした男。

彼の名は早業の銀二。

伝説のスリ師と呼ばれる、

戸籍のない男だった。


彼がどこで生まれたのか知るものはいない。

生まれてすぐに捨てられ、

それを金蔵というスリの男が拾った。


赤ん坊を拾った金蔵も戸籍がなく、スリ稼業で育てることにした。

金蔵がなぜ赤ん坊を拾ったのかは、だれも知らない。

ただ金蔵も同じように拾われたから、拾ったのだろう。

皆がそう言った。


銀二は犯罪に手を染める者が子供を拾う事を、にがにがしく思っていた。


戸籍のない者の、いきつく所は犯罪者しかないからだ。


だから銀二は、子供が捨てられているのを見ても、見て見ぬふりをした。


ただ公衆電話から、

「●●に子供が捨てられている」

と通報するだけの良心はあった。


銀二はスリという犯罪を行うが、

神様には感謝していた。

しのぎの1割は、お賽銭として入れていた。

スリ仲間は、

「悪党が賽銭を入れるなんて、バカじゃねえか」

と笑ったが、銀二は毎回賽銭を欠かすことがなかった。


……

銀二は冷たいコンクリートの上に横たわり、腹から流れる血の暖かさを感じていた。


半世紀以上続けたスリ稼業で、初めて下手を打った。

逮捕されることなく、伝説と呼ばれた男の終止符がここにあった。


銀二の前には、ナイフを握り、手を震わせる若い男がいた。

「ナイフ貸せや。

指紋つけとくさかいに。

堪忍してな」

銀二は力なくそう言った。


若い男の目は血走っていた。

銀二にナイフを渡し、その場から走り去った。


「あぁ……、

最後に良い事したんかな。

まぁ、どっちみち地獄行きやろうけど、

どうせなら、最後にビフカツでも食いたかったわ」

銀二はそう言い残し、旅立っていった。

本名:不詳

生年月日:不詳

住所不定無職

この世界に存在を認められなかった無色の男。

それが銀二。

通称早業の銀二の最後であった。


……

1日前―――

銀二は一人スリの練習を行っていた。

去年までは、練習相手がいたが、今年に入って練習相手が亡くなった。

酒を飲み過ぎて、冬の河原に転落し、そのまま息絶えた。

この界隈では、さして珍しいことでもなかった。


銀二は練習相手がいないことに、

一抹の不安を感じ、今年で最後にしようと心に決めていた。


銀二は伝説のスリである。

スリを行うのは、年末年始のある特定の7日間だけ。

その期間だけ稼ぎ、普段はホームレスとして暮らしていた。

これが育ての親から教わった、スリとして生き残る方法だった。


……

30分前―――

銀二は一人の男にターゲットを絞っていた。

中肉中背、体格はがっちりしており、高級そうなスーツを着ていた。

近くに行くと、酒の匂いがした。

顔色もよく、健康的な生活を送っていることが想像できた。

不動産営業か、不動産社長、もしくは飲食店経営ってところか。

こいつなら、現金を持ち歩いてそうだ。

銀二はそう思った。

キャッシュレス化の時期を境に、スリ業界は大きく変わった。

スリをしても、現金を持っている率が大幅に減ったのである。

昔は財布に帯のついた100万円を、そのまま持っている者も多かった。

しかしある特定の層に関しては、まだ現金を持ち歩いていた。

銀二はそこらへんの洞察力があった。


銀二はターゲットに近づき隙を伺う。

年末の繁華街はスリが多発する。

警察もそれに対して、警戒を怠らない。

銀二はサングラスのなかで首を動かさないように、辺りを観察する。


繁華街の雑踏の中、銀二の脳内の音量は空白だった。

(こつこつこつ)

ターゲットの足音だけが聞こえる。

集中が研ぎ澄まされて、腕を動かすラインが見える。

(ここだ)

銀二は、ラインに合わせて、手を動かす。

(やった)

そう思った。

手ごたえがあった。

銀二の手にはワニ革の分厚い財布が入っていた。

(ふぅー)

銀二は息を吐き、

ルートを変える。

雑踏を抜け、細い路地に入る。

銀二の緊張が一気に解ける。

(よし)

小さくガッツポーズをとった瞬間。

背後からハンカチのようなもので口を塞がれる。

そして銀色に輝くものが、腹の辺りに突き刺さった。


……

銀二はその場に倒れ込んだ。


見上げると、先ほどの男がいた。

銀二の手から財布を取り上げ、胸ポケットにしまった。


「早業の銀二だな」

と男は目を細めた。


「お前は誰や」

と銀二は尋ねた。


「復讐者」

と男は言った。


「お前なんか知らんぞ」

と銀二は答えた。


「10年前、ある真面目な工員が給料の全額をすられた。

その男は家族に心配をかけまいと、消費者金融から金を借りた。

はじめは返済ができたが、徐々に苦しくなり、支払いができなくなった。

そしてその男の家族は離れ離れとなった。

男には息子がいた。

息子は男の死に際に、顛末を聞いた。

男はその後、警官になり、その時期にその界隈で仕事をしていたスリを絞った。

それが銀二。お前だ。

そしてその哀れな男の息子が俺だ」

と男は言った。


「いつスリにあったんや」

と銀二は尋ねた。


「5月くらいだと聞いた」

と男は答えた。


銀二は、5月にスリをしたことはなかった。

でもその頃にスリをしていた奴は知っていた。

銀二は、その事実を言おうか、言うまいか迷った。


しかし銀二は言わなかった。

言ったところで、俺がスリをしているという事実が消えるわけやない。

俺を助けようとこの男が連絡したりすると、この男の人生が終わる。

そして、この男の復讐が終わらない。

俺が悪人で終われば、この男は、少しはマシな夢が見れるやろう。

どっちみち、スリに狂わされた人生やから、俺も遠からず悪いところはある。

そんな風に考えた。


もし「続きを読んでみたい」と思っていただけたら、

ブックマークしていただけるととても励みになります。


本作はすべて完結済みで、安心して最後まで読めます。


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