第99話 東のタヌキ親父と、胃薬の飴ちゃん同盟
関白の誇る大船団が火の海に沈み、西の制海権を握る海将(森一族)がうちら薩摩・ルミナ連合に寝返ったという報せは、大和郷中に衝撃を与えた。
だが、その激動の中でも、ただ一つ、不気味なほど沈黙を守っている巨大な勢力があった。
大和郷の東側を広く支配する最大の大名。世間からは『東のタヌキ親父』と呼ばれ、関白でさえも恐れる男の陣営や。
「……ゴホッ、ゴホッ。……して、薩摩の軍勢は今、どこにおるのだ?」
東の陣の奥深く、薬草の匂いがむせ返るような薄暗い部屋で、恰幅の良い初老の男が、すり鉢でゴリゴリと木の根をすり潰しながら尋ねた。彼こそが、東のタヌキ親父や。
「はっ。薩摩は、西の海将を取り込み、すでに本州への上陸準備を進めているとのこと。……殿、我らも動くべきでしょうか。関白殿下が弱っている今こそ、天下を獲る好機かと」
家臣の言葉に、タヌキ親父はすり鉢の手を止めず、わざとらしく咳き込んだ。
「……ゴホッ。馬鹿を言うな。我が陣営は関白殿下に忠誠を誓っておる。それに、儂は最近ひどく胃腸の調子が優れんでな。……戦など、この弱い体が耐えられんよ。……儂は寝る。何かあれば起こせ」
タヌキ親父は、寝台にごろんと横になり、狸寝入りを決め込んだ。
家臣がため息をついて部屋を出て行った後、タヌキ親父は薄く目を開け、ニヤリと陰湿な笑みを浮かべた。
(……フン。誰が先に動くものか。関白と薩摩の田舎猿どもが、互いに噛み合い、血を流し尽くして共倒れになるのを待てばよい。天下の餅は、最後に無傷の者が拾うのだ)
絶対的な静観。それが、この男の強さであり、恐ろしさやった。
……だが、そんな彼の完璧な計算を、土足で踏み荒らす輩がおったんや。
「……おっちゃん、タヌキ寝入りもええけど、あんた本気で胃腸弱ってるやろ。そんな苦い木の根っこすり潰して飲んでたら、余計に胃酸が出るだけやで!」
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「なっ……!?」
タヌキ親父が弾かれたように起き上がると、部屋の縁側に、いつの間にか一人の女が腰掛けとった。
眩しいほどの金髪に、背中に龍の刺繍が入ったスカジャン。そして、ギラギラのデコネイル。
護衛の気配もない。ただ一人、特大のゴミ拾いトングを肩に担いで、涼しい顔で茶をすすっとる。
「き、貴様……何者だ! どこから入った! いや、この厳重な警備をすり抜けて……ただの者ではないな!」
「ただの者やないわ。出張鑑定に来た、最強の占い師や」
うちは懐からタロットカードを取り出し、タヌキ親父の目の前にバシッと一枚展開した。
出たのは、『隠者』の逆位置や。
「『隠者』の逆位置。……引きこもり、疑心暗鬼、そして頑固な健康オタクの暗示やな。……あんた、関白と薩摩が潰し合うのを待ってるつもりやろうけど、そんなことしてたら、天下の前に自分の寿命が先に尽きるで」
「……たかが占い師の戯言。儂の健康法を愚弄するか」
「愚弄やない、事実や! ほら、これ舐めなはれ!」
うちはアイテムボックスから、鮮やかな黄色の「レモン味」の飴ちゃんを取り出し、タヌキ親父の口に向かって指で弾き飛ばした。
「んぐっ!? ……毒か……!」
タヌキ親父が吐き出そうとするが、強烈な酸味と爽やかなレモンの香りが口いっぱいに広がった瞬間、彼の目が見開かれた。
彼が長年抱えていた、キリキリと焼け付くような胃の痛みが、嘘のようにスゥッと引いていったんや。
「……な、なんだこの甘露は。信じられんほど胃が軽い……。儂が何年もかけて調合した秘薬より、はるかに効くではないか……!」
「せやろ? おばちゃんの特製『胃薬飴』や。……さて、おっちゃん。胃の調子もようなったところで、商談といこか」
うちは、パイプ椅子を取り出してタヌキ親父の真正面にどっかと座り、一枚の和紙(特売チラシ)を広げた。
「あんたに関白と戦えとは言わへん。……うちらと一緒に、『日の本・合同会社』……つまり、地方の大名たちが協力して国を運営する『大名サミット』の共同発起人にならへんか?」
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「……地方の代表が協力して、国を運営する、だと?」
タヌキ親父が、狐につままれたような顔でチラシを見つめる。
「せや。誰か一人が天下を獲って血なまぐさい支配をする時代はもう終わりや。九州は島津、西は毛利、そして東はあんたの陣営が『エリアマネージャー』として治める。中央の関白っていうブラック社長をクビにして、もっとホワイトで平和な連邦制を作るんや!」
うちの突拍子もない、けれど極めて合理的な提案に、タヌキ親父はしばらく絶句していたが……やがて、低く唸るように笑い出した。
「……ククッ、ハハハ! これは面白い! 天下統一ではなく、天下を『分け合う』会社か! ……よかろう、占師殿。その『大名サミット』とやら、我が陣営も一枚噛ませてもらおう。……関白を倒すため、共に兵を出し、『一時同盟』を結ぼうではないか」
「商談成立や! ほな、さっそく中央の盆地で、東西からの挟み撃ちといこか!」
うちはニカッと笑い、タヌキ親父と固い握手を交わした。
「ええ、頼りにしておりますぞ、占師殿」とタヌキ親父も笑い返す。
……だが、うちはその時、少しだけ違和感を覚えた。
飴ちゃんで胃の痛みが取れて血色がようなったはずやのに、タヌキ親父の握り返してきた手には、一切の熱がこもってへんかったんや。
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タヌキの陣を離れた帰り道。
外で待機していたアレンと合流したうちは、歩きながらアイテムボックスからこっそりとタロットを引いた。
出たのは、『月』の正位置、そして『吊るされた男』の正位置や。
「……静江さん。同盟は結べたのに、なんだか嫌なカードですね」
アレンが、カードの絵柄を見て眉をひそめる。
「せやな。……西のうちらと、東のタヌキで、中央の関白を挟み撃ちにする。……理にかなった作戦やけど、『月』は隠された嘘と裏切り。『吊るされた男』は身動きが取れん孤立状態を示すわ」
うちは東の空を振り返り、デコネイルを光らせて目を細めた。
「……まさかあのタヌキ、戦場で『東から一歩も動かん』つもりか……?」
もし東が動かなければ、西から中央へ突っ込んだうちら薩摩軍は、関白の大軍のド真ん中で完全に孤立してまう。タヌキ親父は、うちらと関白が潰し合うのを見て、最後に天下を総取りするつもりなんや。
「し、静江さん! それなら、この同盟は罠です! 今すぐ破棄しないと、我々は退路を断たれて全滅してしまいます!」
アレンが血相を変えて立ち止まる。だが、うちはポンチョをバサッと翻して歩き続けた。
「アホ。ここで逃げたら、関白の首は一生獲れへん。……タヌキが裏切るつもりなら、上等や」
「上等って……! 敵のド真ん中で孤立したら、どうやって生き延びるんですか!」
「安心しなはれ。もし退く道がのうなったら……おばちゃんのとっておきの『奥の手』で、大和郷の歴史に残る特大のタイムセールをかましたるわ」
うちはアレンに向かって、不敵なウインクを飛ばした。
関白を討つため、薩摩と東のタヌキによる奇妙な「一時同盟」が結ばれた。
おばちゃんのタロットが告げる「最悪の裏切り」の予兆と、底知れぬオカンの隠し玉を抱えたまま、うちらはいざ中央の関白を挟み撃ちにするべく進軍を開始した。
……やが、おばちゃんの出張鑑定が、そうすんなりと一直線に進むわけがあらへん。
うちらが中央へ向かおうとした矢先、味方につけたばかりの西の海将・森一族から、血相を変えた早馬が飛び込んでくることになるんや。
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