第97話 特大火炎バーゲンと、算盤騎士の真骨頂
西南から吹き荒れる猛烈な追い風。
それに乗って、油と藁を限界まで積み込み、火を放たれた薩摩の無数の小舟が、関白軍の大船団へと矢のように突進していく。
迎え撃つはずの関白軍は、アレンの「ヤケクソ営業」に乗せられ、すべての船を太い鎖でガチガチに繋ぎ合わせてしもうとった。巨大な『浮き城』となった彼らは、波の揺れこそ免れたものの、自分から機動力を完全に捨てていたんや。
「ひ、火柱が迫ってくるぞ! 迎撃しろ! 弓を構えろ!」
旗艦の甲板で、金ピカの鎧を着たエリート武将が叫ぶ。
だが、船酔いで体力を削られていた陸軍の兵たちは、動きが致命的に鈍い。おまけに、強烈な追い風に煽られた炎は、彼らの放つ矢を容易く飲み込み、あっという間に先頭の船へと激突した。
ドォォォォンッ!
激しい衝突音と共に、乾いた船体に火が燃え移る。
「船を切り離せ! このままでは火が燃え広がるぞ!」
水軍の将が血相を変えて叫ぶが、もう遅い。
アレンの言葉を信じ切ったエリート武将の命令で、鎖は解くこともできんほど何重にも頑丈に巻かれとったんや。火は強い西南の風に煽られ、繋がれた鎖を伝うようにして、次々と隣の船、そのまた隣の船へと延焼していく。
数万の兵を乗せた大船団は、一瞬にして逃げ場のない「火の海」へと姿を変えた。
「な、なぜだ! なぜ風向きが突然変わる! 薩摩の田舎猿どもに、天が味方したとでもいうのか!」
エリート武将が、炎に照らされた甲板で腰を抜かしてへたり込む。
その混乱のド真ん中、旗艦の端で縮こまっていたアレンが、ゆっくりと立ち上がった。
「……ふぅ。やっと終わった。僕の騎士としての尊厳を削り切った『大芝居』も、これでようやく報われる」
アレンの顔から、さっきまでの「カネに目が眩んだゲッソリした裏切り者」の表情が、スッと抜け落ちた。
代わりに宿ったのは、西の大陸で数多の死線を潜り抜け、静江とともに理不尽を切り伏せてきた「最強の用心棒」としての、冷徹で誇り高い光や。
「き、貴様! 何を落ち着き払っている! 貴様の策のせいで、我が軍は――」
「策? ああ、そうですね。船を鎖で繋げば揺れが収まるというのは、本当でしたから。……でも、火攻めの格好の的になるという海の常識を忘れたのは、あなた方の『驕り』です」
アレンは、握りしめていた黄金の算盤を甲板に放り投げた。
代わりに抜いたのは、腰に帯びた西の大陸の長剣。
「『刹那の観測』、全開」
アレンの瞳が研ぎ澄まされ、世界がスローモーションに切り替わる。
彼は燃え盛る甲板を滑るように駆け抜け、エリート武将を守ろうとした近衛兵たちの武器を、一瞬にしてすべて峰打ちで弾き飛ばした。
「なっ……! は、速い……!」
「僕はカネで動く傭兵じゃありません。大和郷の『大掃除』を任された、おばちゃんの一番弟子だ!」
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その時、海峡の西側、炎に包まれる関白軍の背後から、さらに絶望的な轟音が響き渡った。
ドゴォォォォォンッ!!
青白い魔力の閃光が、火の海となった船団の最後尾を正確に吹き飛ばす。
「ひぃぃっ! 今度はなんだ! 後ろから雷が飛んできたぞ!」
「あ、あれを見ろ! 異国の巨大船だ!」
炎と黒煙の向こう側から姿を現したのは、アレンが乗ってきた西の大陸のガレオン船やった。ルミナの技術の粋を集めた『魔導砲』が、容赦なく関白軍の退路を断つように砲撃を繰り返しとる。
前からは薩摩の火攻め、後ろからは異国の魔導砲。
そして内側には、覚醒した神速の騎士。
鎖で繋がれた関白軍は、文字通り手も足も出ない特大のサンドバッグ(バーゲンセール)状態になっとった。
「……よっしゃ! 見事な丸焼けや! 特売のタイムセール、大成功やで!」
薩摩の小舟に乗り、前線まで進み出てきたうちは、特大のゴミ拾いトングを肩に担いでガハハと笑った。
隣には、若き当主の久義が、燃え盛る敵陣を見て狂気の笑みを浮かべとる。
「素晴らしい! 敵の数万が、もがき苦しみながら灰になっていく! これぞ我が薩摩の――」
「アホ! 死ぬまで燃やしたら後片付けが大変やろが! 降伏する奴は拾い上げて、しっかり『弁償』させるんや!」
うちは久義の頭をペシッと叩き、小舟の舳先に立って、拡声魔法の魔道具(カイルの試作品)を口元に当てた。
「おーい! 関白軍の坊ちゃんら! 聞こえとるかー!」
うちの容赦ないオカン節が、炎の音を突き抜けて海峡全体に響き渡る。
「あんたら、海を舐めすぎや! 潮の流れも風向きも読まんと、自分らの都合だけで船を鎖で繋ぐなんて、スーパーの通路のド真ん中にカート置きっぱなしにするんと同じくらい大迷惑やで!」
「な、なんだあの派手な女は……! 火の海の中で、説教をしているだと!?」
エリート武将たちが、アレンに剣を突きつけられながら、信じられないものを見る目でうちを見とる。
「おばちゃんはな、マナーの悪い客が一番嫌いやねん! 海には海のルールがある! 郷に入っては郷に従え! あんたらみたいな頭でっかちのエリートは、一回塩水飲んで頭冷やしなはれ!」
うちはアイテムボックスから、大量の「オレンジ味」の飴ちゃんを取り出し、パニックになっている敵の船団へ向かって、豪快にばら撒いた。
「ほら! これ舐めて、さっさと白旗上げなはれ! 命があっただけ儲けもんやで!」
炎の中で、オレンジ味の飴が次々と敵兵たちの手に落ちる。
極限の恐怖と混乱に陥っていた彼らは、半ば無意識にその飴を口に含んだ。
途端に、パニックで焼き切れそうになっていた彼らの精神が、嘘のようにスゥッと落ち着きを取り戻していく。
「……あ、甘い……。我々は、なんて無謀な真似を……」
「……降伏だ! 武器を捨てろ! 鎖をなんとか断ち切って、火から逃れるんだ!」
エリートたちの驕りは、飴ちゃんの甘さと、おばちゃんの圧倒的な「生活のルール(海のルール)」の前に、完全な白旗を揚げたんや。
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数時間後。
大和郷の歴史を塗り替える超絶海戦は、薩摩軍の圧倒的な大勝利で幕を閉じた。
鎖で繋がれた関白軍の大船団は半分以上が焼け落ちたが、生き残った数万の兵たちは、ススと塩水にまみれながら、薩摩の軍門に降った。
「……お疲れさん、アレン。あんたの胃痛に耐えた営業のおかげで、完璧な火攻めが決まったわ。胃薬代わりの、とびきりの飴ちゃんや」
うちは、ススだらけになって船から戻ってきたアレンに、ハチミツ味の飴を放り投げた。
「ありがとうございます、静江さん。……もう二度と、あんな大根芝居はごめんですがね」
アレンが苦笑しながら飴を舐める。
島津の若殿・久義が、興奮冷めやらぬ様子でうちの前に進み出た。
「静江殿! いや、我が最強の軍師よ! 中央から差し向けられた大軍を、こうも鮮やかに海の藻屑にするとは! これで天下の趨勢は決した! 次はいよいよ、中央へ攻め上がり、関白の首を獲るのみ!」
「首を獲る、ねぇ。……まぁ、あっちの親玉も、自分の手足(大船団)を全部焼かれて、今頃真っ青になって震えとるやろな」
うちは、アイテムボックスからタロットカードを取り出し、海風に吹かれながら一枚を展開した。
出たのは、『審判』の正位置や。
「……過去の清算、そして最終的な決着。いよいよ、この大和郷の『一番でかいゴミ屋敷(中央)』を片付ける時が来たみたいやわ」
うちはデコネイルを光らせて、遠く本州の方角を睨みつけた。
アレンの合流と、超スケールの大海戦を経て。
おばちゃんの出張鑑定は、大和郷の覇権を握る「中央の親玉」との、最後の特大バーゲンセールへ向かって、いよいよ最終章の幕を開けようとしとったんや。
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