第96話 算盤騎士のヤケクソ営業と、愚かなる連環
大和郷の西半分を制圧したうちら薩摩軍の前に、ついに中央の親玉『関白』が本腰を入れて動き出した。
大和郷を東西に分かつ、潮の流れが牙を剥く狭い海峡。そこを埋め尽くさんばかりに押し寄せてきたのは、数万の兵を乗せた大船団やった。
だが、その威容とは裏腹に、関白軍の旗艦の甲板では、情けない光景が広がっとった。
「……おぇぇぇっ……。揺れる……船が揺れるぞ……」
「水軍の者ども! もっと波を立てずに進めんのか! 陸の戦で無敗を誇るこの私が、戦う前に胃液を吐き尽くしてしまうわ!」
金ピカの鎧を着込んだ中央の「陸軍エリート武将」たちが、船酔いで顔を青白くして手すりにしがみついとる。
彼らを乗せているのは、関白の威光に屈して傘下に入った、海峡を知り尽くす地元の水軍衆や。水軍の将は、船酔いでゲロゲロ吐いているエリートたちを、忌々しそうに睨みつけとった。
「……チッ。海を知らん陸の坊ちゃんどもが。潮の流れが速いこの海峡で、揺れずに進むなど不可能だというのに」
そんな関白軍の船団に、白旗を掲げた一隻の小舟がスルスルと近づいてきた。
「申し上げます! 薩摩の陣より、寝返りを希望する使者が参りました! かの『黄金の算盤』を持つ異国の剣士です!」
兵の報告に、船酔いで苦しんでいたエリート武将が、青い顔のままニヤリと笑った。
「来たか! 四国で噂になっていた、金に目が眩んだという凄腕の剣士……! よし、甲板に上げろ!」
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縄梯子を登って関白軍の旗艦に降り立ったのは、アレンやった。
その顔は、これまでの「裏切り芝居の予行演習」と、おばちゃんからのプレッシャーで胃が痛みすぎた結果、頬がこけ、目の下には真っ黒なクマができとる。
だが、その極度のストレスと疲労感が、皮肉なことに「カネと欲望に狂ってやつれた裏切り者」としての、凄まじいリアルな狂気を漂わせとった。
「……へ、へへへ……。関白様の船は、でかいなぁ……。薩摩の貧乏くさい飯には、もうウンザリだ……! 金だ、俺にたっぷりの金貨をくれるって約束するなら、薩摩を潰す『最高の情報』を教えてやるよ……!」
アレンは、バネッサから貰った黄金の算盤をチャラチャラと狂ったように弾きながら、裏返った声で叫んだ。
騎士のプライドを完全にドブに捨てた、ヤケクソの営業スマイルや。
「ふん、良いだろう。貴様のような強欲な輩は嫌いではない。最高の情報とは何だ?」
エリート武将が尋ねると、アレンは顔を近づけ、声を潜めた。
「……薩摩には、海からの一撃で陣形を吹き飛ばす『魔導砲』という大筒があります。一隻ずつ独立して動いていれば、波に揺られて足場が悪い上に、各個撃破されて海の藻屑ですよ」
「な、なんだと……!? 薩摩の猿どもが、そんな最新兵器を!?」
武将たちがざわつく中、アレンは算盤をバシッと叩いた。
「ですが、対策はあります。この大船団の船と船を、すべて『太い鎖』でガチガチに繋いでしまうのです! 何百隻もの船が一つに繋がれば、それは海に浮かぶ『巨大な城』になる。魔導砲の衝撃も、全体の質量で容易く分散できます!」
「船を鎖で繋ぐ……?」
「ええ! それにな、船を一つに固定すれば……この忌々しい『波の揺れ』も、ピタリと収まりますぜ。陸地と同じように、平らな甲板で陣形を組んで戦えるんです!」
アレンが「揺れが収まる」と言った瞬間。
船酔いで死にそうになっていたエリート武将たちの瞳に、歓喜の光がパァァッと灯った。
「それだ! 素晴らしい策ではないか!」
「揺れさえ収まれば、我ら中央の精鋭が負けるはずがない! 今すぐ全船を鎖で繋げ! 薩摩の魔導砲を無効化し、巨大な浮き城となって海峡を押し渡るのだ!」
将軍が狂喜乱舞して号令をかける。
だが、それに猛反発したのは、船を操る水軍の将やった。
「お待ちくだされ! 潮の流れが激しいこの海峡で、船を固定するなど愚の骨頂! もし身動きが取れぬ状態で『火攻め』にでも遭えば、全軍が海の藻屑となりますぞ!」
海のプロフェッショナルの、極めて真っ当なド正論や。
アレンの背中に、冷や汗がツツーッと流れる。
だが、エリート武将は鼻で笑って、水軍の将を足蹴にした。
「黙れ、海の男の分際で! 見ろ、この雨季の湿った風を。薩摩の田舎武士に、この大船団を燃やし尽くすほどの火薬があるはずもない! それに、我らは揺れを止めねば戦えんのだ! 関白様の威光に従い、さっさと鎖を巻け!」
「くっ……! 陸の坊ちゃんどもは、海を舐めすぎている……!」
水軍の将がギリッと歯を食いしばるが、絶対的な権力関係には逆らえなかった。
かくして。
エリートたちの驕りと、船酔いから逃れたいという切実な弱み、そしてアレンのヤケクソの算盤営業が見事に噛み合い、関白軍の数万の大船団は、自らの手で「太い鎖」を巻きつけ、身動きの取れない巨大な『連環の標的』へと姿を変えていったんや。
「……(静江さん、やりましたよ……。早く、早くおばちゃんの火攻めで、僕の胃痛を終わらせてくれ……!)」
鎖で繋がれる船団を見つめながら、アレンは心の中で血の涙を流しとった。
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一方、関白軍を迎え撃つ、海峡の南側。
薩摩の陣が敷かれた海岸の崖上で、うちは海風にヒョウ柄のポンチョをはためかせながら、遠く海峡を埋め尽くす敵の「浮き城」を眺めとった。
「……おばちゃん! 見て、向こうのお船、全部くっついて一つになっちゃったよ!」
双眼鏡を覗き込んでいたリリルが、ぴょんぴょんと飛び跳ねて報告してくる。
「せやな。アレンの奴、完璧に営業決めてきよったわ。あの子の胃薬代、後で弾んでやらなあかんな」
うちはニヤリと極悪な笑みを浮かべ、アイテムボックスからタロットカードを取り出した。
隣では、島津の若殿・久義が、信じられないものを見る目で震えとった。
「……まさか、本当に敵が自ら船を繋ぐとは。だが静江殿、海峡の風は今、我らに向かって吹いている(向かい風)。これでは火を放っても、こちらに燃え広がってしまうぞ!」
「焦りなはんな、久義。おばちゃんが『特売のタイムセール』の時間を間違えるわけないやろ」
うちは足元の岩の上に、バシッと三枚のカードを展開した。
出たのは、『運命の輪』の正位置、そして『塔』の正位置や。
「よう見ときや。運命の輪が回り、今まで停滞していた流れが劇的に逆転する。……あと数刻もすれば、気圧の配置が変わって、この海峡の風は『西南の風(追い風)』にひっくり返るで!」
うちがカードを空に掲げた、その直後やった。
ゴォォォォォッ……!
今まで薩摩陣営に吹き付けていた冷たい北東の海風が、一瞬の凪を経て、見事に逆方向――関白の大船団がひしめく海峡へと向かって、南西から猛烈な勢いで吹き始めたんや。
「か、風が……変わった……!?」
久義が驚愕に目を見開く。
「よっしゃ、風の神様もタイムセールに協力的やな! 久義、佐吉! 用意しといた『特売の火種(火付け船)』、全部いっぺんに放ちかましなはれ!」
「おおッ! 軍師殿の風に乗れぇぇッ!」
「焼き尽くしてやる! これが薩摩の炎だ!」
薩摩の陣から、油と藁を限界まで積み込んだ無数の小舟が、西南の追い風に乗って猛スピードで海峡へと放たれた。
向かう先は、アレンの言葉に乗せられ、自ら身動きを封じた関白軍の巨大な連環の船団。
大和郷の歴史を塗り替える、超絶スケールの『大火炎バーゲンセール』が、おばちゃんのオカン戦術によって、いよいよド派手に燃え上がろうとしとったんや!
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