第95話 四国潜入と、オカン流・奥様ネットワーク調略
戸次川での大掃除(釣り野伏せ)から数日後。
うちらは、商人の船に偽装して、関白軍の先発隊の本拠地である『四国』へと海を渡っとった。
城下町に潜入してみると、そこは活気とは程遠い、どんよりとしたお通夜みたいな空気に包まれとったわ。
それもそのはずや。戸次川でボロ負けして逃げ帰ってきたエリート武将たちは、中央の親玉(関白)から「負け犬どもめ、全滅してでも薩摩を止めんか!」と恐ろしい叱責を受け、莫大な罰金と連帯責任を押し付けられとるんや。
上の連中が責任の擦り付け合いをしてるせいで、そのしわ寄せは末端の武士や領民の生活にモロに直撃しとった。
「……静江さん。この街、嫌な空気が漂っていますね。誰もが疑心暗鬼になって、隣の家の顔色を窺っているようです」
路地裏に身を潜めながら、アレンが声を潜めて言う。彼はまた、あの黄金の算盤を大事そうに抱えとる。
「せやな。トップが保身に走ったら、組織はあっという間に腐るわ。……でもな、こういう『不満がパンパンに溜まった状態』が、一番おばちゃんの調略が効くんやで」
うちはヒョウ柄のポンチョをバサッと翻し、デコネイルを光らせてニヤリと笑った。
「アレン。あんたは予定通り、あっちの酒場で『あれ』をやりなはれ。うちは、この街で一番情報が集まる場所……『井戸端』へ行ってくるわ」
「……また、あの『銭ゲバ』の演技をやるんですか……。もう胃薬が手放せません……」
アレンが涙目で肩を落とすが、これも大戦に向けた特大の火種(手札)を完成させるためや。
「我慢し! あんたのその大根役者っぷりが、逆にリアリティを生むんやから! ほな、後でな!」
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四国の城下町、共同井戸の周り。
そこには、水汲みや洗濯をしながら、声を潜めて愚痴をこぼし合う武将の奥方や侍女たちが集まっとった。
「……聞いた? 西の砦の旦那様、関白様からの罰金が払えなくて、家宝の太刀を売り払ったそうよ」
「うちなんて、明日の米も買えないわ。戸次川で負けたのは、ウチの人のせいじゃないのに、上の連中が全部責任を押し付けてきて……」
誰もが疲れた顔で、ため息ばかりついている。
そこへ、うちは「よっこらしょ」と、空の水桶を持ってスッと混ざり込んだ。
「あー、分かるわぁ。上の連中って、ほんまに自分の手ェ汚さんと、偉そうに口ばっかり出すから腹立つよな!」
突然現れた、ド派手な金髪とヒョウ柄の女に、奥様たちが「ヒッ!」と一斉に身を引いた。
「あ、あなた、誰……!? 見ない顔だけど……」
「うち? うちはただの旅の行商人や。……でもな、あんたらの苦労、痛いほどよう分かるわ。旦那が安月給でこき使われて、家計をやりくりするんがどんだけしんどいか……」
うちは大きくため息をつき、アイテムボックスから色とりどりの飴ちゃんを取り出して、奥様たちの手のひらに強引に握らせた。
「ほら、これ舐めなはれ。おばちゃんからの差し入れや。甘いもん食べな、やってられへんやろ?」
奥様たちは戸惑いながらも、その「リンゴ味」や「オレンジ味」の飴を口に含んだ。
途端に、彼女たちの顔から険しい疲労の色が抜け、パーッと明るい生気が戻ってきた。
「……まぁ! 何これ、すごく美味しい……。それに、なんだかモヤモヤしてた気分がスッキリしてきたわ」
「本当に……。私、ずっと不安で夜も眠れなかったのに、急に前向きな気持ちが……」
「せやろ? おばちゃん特製の魔法の飴や。……でな、奥さんら。こんな理不尽なブラック企業(主君)のところで、いつまでも我慢する必要あるんか?」
うちは声を潜め、懐から一枚の和紙――デカデカと太筆で書き殴った『特売チラシ』を取り出し、井戸の縁に広げた。
『今なら寝返りボーナス支給! 領地の安堵はもちろん、関白からの借金もチャラ! アットホームな薩摩の郷中教育で、お子様の武術指導もバッチリ! 島津社長はあなたの頑張りをちゃんと評価します!』
「……な、なによこれ。薩摩への……寝返りの誘い!?」
奥方の一人が真っ青になって声を上げる。
「しーっ! 声が大きいわ! ……ええか、薩摩の島津のおっちゃんはな、部下を絶対に使い捨てにせえへん。ご飯も白米が腹一杯食えるで。……関白にすり潰されるのを待つか、それとも旦那の尻叩いて、家族揃って『好待遇の新しい職場』に転職するか。……奥さんらの『生活の知恵』が試されとるんやで」
飴の効果で前向きになり、冷静さを取り戻した奥様たちは、チラシを食い入るように見つめ合った。
武士の忠義より、明日の子供の飯。それが「オカン」という生き物の最強の行動原理や。
「……私、旦那に話してみるわ。このままじゃ、本当に一族もろとも飢え死にしてしまうもの」
「私もよ! うちの人、薩摩の武士は強くて潔いって、こっそり褒めてたもの!」
「よっしゃ、商談成立や! ほな、他の同僚の奥さんらにも、この『お得な情報』、しっかり口コミで広めときや!」
井戸端会議という名の中世最強の情報ネットワーク。
そこにおばちゃんが火をつけたことで、四国の城下は、音を立てて内側から崩壊を始めたんや。
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一方、城下町の薄暗い酒場。
そこでは、アレンが黄金の算盤をカウンターに置き、一人でわざとらしくヤケ酒を煽っとった。
「……くそっ! 薩摩の田舎武士どもめ! あんなに働いてやったのに、恩賞がこれっぽっちだなんて!」
アレンは顔を真っ赤にし、裏返った声で叫んだ。
周囲の柄の悪い傭兵や、関白軍の密偵たちが、その声に耳をそばだてとる。
「俺の剣術と、この算盤の計算能力があれば! 中央の関白様なら、もっと! もーっと! 山ほどの金貨をくれるはずなんだ! 薩摩なんか、もう見限ってやる!」
バンッ! と算盤を叩きつけるアレン。
……相変わらず、目が泳ぎまくっとるし、声も震えとる。
「お兄ちゃん、お酒じゃなくて、それ麦茶だよ……」
隣でポンチョを被ったリリルが、小声で冷たいツッコミを入れてるけど、アレンは必死に聞こえないフリをしとる。
だが、四国の連中はすでに戸次川の敗戦と関白の圧力で「極度の疑心暗鬼」に陥っとる。こんな大根芝居でも、彼らの目には「薩摩に不満を持つ、金に目が眩んだ凄腕の異国剣士」として、都合よく映ってしまったんや。
「……おい、聞いたか? あの異国の剣士、薩摩を裏切って関白軍につきたいらしいぞ」
「黄金の算盤を持っているという噂の奴か。あいつを味方に引き入れれば、薩摩の内部情報が手に入るかもしれん……! 関白様への手土産になるぞ!」
密偵たちがヒソヒソと囁き合い、足早に酒場を後にした。
それを見届けたアレンは、机に突っ伏して深ぁぁく溜息をついた。
「……終わった。僕の騎士としての尊厳が、完全に終わった……」
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数日後。
おばちゃんの「奥様ネットワーク調略」と、関白からの理不尽な圧力に耐えかねた四国の武将たちは、ついに結託して関白の使者を追い返し、城の門を薩摩に向けてポッカリと開け放った。
「……信じられん。我らが一兵も損なわず、あの四国勢が降伏してくるとは」
島津の若殿・久義が、無血開城された四国の城を見上げながら、狂気を帯びた歓喜の声を震わせた。
「静江殿、お主の調略は悪魔の所業だ! このまま四国の兵を取り込めば、我らの軍勢はさらに膨れ上がるぞ!」
「悪魔やない、オカンのネットワークや。……これで、大和郷の東側の足場は完全に固まったわ」
うちは、アイテムボックスからオレンジ味の飴ちゃんを取り出し、ゲッソリと痩せ細ったアレンの口に放り込んでやった。
「お疲れさん、アレン。あんたの『銭ゲバの噂』も、関白の耳にバッチリ届いたみたいやで。敵は今頃、あんたが寝返ってくるのを首を長くして待っとるはずや」
「……胃が痛いです……。次はいよいよ、本番ですか?」
アレンの言葉に、うちはタロットカードを一枚、空に掲げた。
『戦車』の正位置。
「せや。いよいよ、中央の親玉『関白』が、本腰を入れて大船団を動かしてくるで。……迎え撃つ場所は、海峡の狭間。……うちらで作った特大の『火種』、敵の懐のド真ん中で、ド派手に着火したるわ!」
四国平定を無傷で成し遂げたおばちゃんの快進撃。
次なる舞台は、大和郷の命運を懸けた、超スケールの大海戦へと向かって、一気に加速し始めとったんや。
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