第93話 玉砕の岩門城と、算盤騎士の大根役者
大和郷の西半分を平定するための、北の要衝『岩門城』。
急峻な山の上にそびえ立つその城を、うちら薩摩の数千の軍勢はぐるりと包囲しとった。
城を守るは、大伴家への忠義に殉じようとする頑固親父、高階。彼が率いるのは、たった七百の兵や。
普通なら、数の暴力で一気に押し潰すか、兵糧攻めで干上がらせるのが定石やけど、この高階ってオッサンは、最初から「全員で討ち死にする」ことしか考えとらんかった。
「……静江殿。何度使者を送っても、すべて矢を射掛けられて追い返される。奴らは、我らの首を一つでも多く道連れにし、この岩門城を己の墓標とするつもりだ」
本陣の幕の中で、若き当主の久義が苛立たしげに兜を叩いた。
「まともに攻め上れば、薩摩の兵にも甚大な被害が出る。何より、こんな小城に時間をかけていては、中央の『関白』の援軍が海を渡ってくるぞ!」
「分かっとるわ。……ホンマに、命の使い方が下手くそなオッサンやで」
うちは特大のゴミ拾いトングを肩に担ぎ、山頂の城を睨みつけた。
このままやと、史実……いや、大和郷の歴史に残るような悲惨な玉砕戦になってまう。薩摩の若者たちも、高階の兵たちも、無駄な血を流すことになる。
「……しゃあない。アレン! 昨日の夜、みっちり仕込んだ『あれ』、やるで!」
「えっ!? い、今ですか!? ここで!?」
陣幕の隅で、黄金の算盤を抱えてガタガタ震えていたアレンが、悲鳴のような声を上げた。
「当たり前や! あんたのその『銭ゲバ剣士』のお芝居で、あの玉砕親父の毒気を抜くんやわ! 行くで!」
うちはアレンの背中を無理やり押し、城門のすぐ手前、矢が届くギリギリの距離までズンズンと歩み出た。
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「おい、高階のオッサン! 聞こえてるか!」
うちが声を張り上げると、城壁の上に、白髪交じりの厳めしい顔つきをした武将――高階が姿を現した。その目は、死を受け入れた者特有の、冷たく澄み切った色をしとる。
「……何用か、薩摩の妖女。我ら七百、すでに三途の川の渡し賃は懐に入れてある。降伏などという戯言なら、その喉笛を矢で貫くぞ!」
「戯言やないわ! 渡し賃持ってるんやったら、ちょっとうちの『新しい仲間』の言うこと、聞いとくれ!」
うちはアレンの脇腹を、トングの先でグイッと突いた。
「ひっ……! あ、あの……!」
アレンは顔を真っ赤にして、持っていた黄金の算盤を前に突き出した。
そして、うちから渡された「悪役の台本」を、棒読みの極みみたいな声で叫び始めたんや。
「へ、へへへへ! 俺は、金が、すべてだ! 薩摩の貧乏武士なんて、もう、見限ってやるぜ!」
「……は?」
城壁の上の高階も、周囲の薩摩兵も、一瞬ポカーンとなった。
アレンは涙目になりながら、算盤をチャラチャラと鳴らし、無理やり口角を上げて下品な笑いを作ろうとしとる。
「お、俺は、中央の関白軍につく! お前らみたいな、死ぬことしか考えてない連中より、関白の、たっぷりの金貨の方が、魅力、的だぜぇー!」
「……お兄ちゃん。目が、すっごく泳いでるよ……」
後ろからついてきたリリルが、ポンチョの裾を握りしめながら、可哀想なものを見る目でツッコミを入れた。
いや、ホンマに大根役者やな! 騎士のプライドが邪魔して、全然「銭ゲバ」に見えへんわ!
「……妖女よ。その異国の若者は、正気を失ったのか?」
高階が、矢を射掛けるのも忘れて、本気で困惑した顔で聞いてきた。
「正気やわ! こいつはな、金に目が眩んで、今まさに『特大の裏切り』を仕掛けようとしとるんや! ほらアレン、もっと算盤弾いて、悪そうに笑いなはれ!」
「む、無理です静江さん! これ以上やったら、僕の騎士道が死にます!」
「あんたの騎士道より、今はこの城の七百人の命の方が大事やろが!」
城門の前で、裏切りを宣言するはずの異国の剣士と、それを指導する派手な女が、身内でギャーギャー揉め始めた。
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「……ええい、ふざけるな! 我らの覚悟を愚弄するか!」
高階がようやく我に返り、怒号を上げた。
「我らは大伴の殿のために、この命を散らすと決めたのだ! そんな茶番で我らの志が折れると――」
「アホか! 命散らすのが志かいな!」
うちはアレンを横に押しやり、高階に向かって特大トングを突きつけた。
「あんた、自分の命捨てて主君に義理立てするつもりかもしれんけどな、残された家族の身にもなってみぃ! このアレンかて、今はこんなポンコツな裏切り者演じてるけどな、本当は自分の命を大事にして、生きて美味しいご飯食べるために必死なんやわ!」
「ぼ、僕は裏切り者じゃありません! 静江さんがやれって……!」
「あんたは黙っとき! ――ええか高階! あんたがここで死んだら、このポンコツ剣士みたいに、生きるためにドロドロになってる若者たちを、誰が導くんや!」
玉砕という「美学」に酔っていた高階の心に、おばちゃんの生活感あふれる怒声と、アレンのあまりにも悲惨な「大根演技」が、強烈なノイズとして叩き込まれた。
「……」
高階は、振り上げていた采配を下ろし、深く溜息をついた。
「……こんなふざけた奴らを相手に、腹を切れるか。……戦場の空気が、完全に白けてしまったではないか」
「せやろ? 白けたら終わりや。さっさと城門開けて、うちらの用意した温かい味噌汁でも飲みなはれ!」
こうして。
高階の玉砕の決意は、アレンの「見ていられないほどのド下手な裏切り劇」と、静江の説教によって、見事に毒気を抜かれたんや。
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だが、岩門城の開城交渉には、想定以上の「時間」がかかってしもうた。
高階の武士としてのメンツを保ちつつ、兵たちを納得させて城を明け渡させるために、うちは連日連夜、彼と「お悩み相談(という名の説教)」を続けるハメになったからや。
「……ふぅ。やっと城明け渡してくれたわ。ホンマに頑固なオッサンやったで」
数日後。無血開城された岩門城の本丸で、うちは麦茶を飲みながら肩を叩いた。
「お疲れ様でした、静江さん……。僕も、あの裏切りの演技を毎日やらされて、胃に穴が開きそうでした……」
アレンが黄金の算盤を抱えて、ゲッソリとやつれた顔で座り込んどる。
やけど、一滴の血も流さずに岩門城を落とした(玉砕を防いだ)この結果は、タロットが示した『吊るされた男』……つまり、アレンが泥を被った(恥をかいた)自己犠牲の賜物やった。
だが、その安堵も束の間。
広場に、馬を限界まで飛ばしてきた久義の密偵が、血相を変えて転がり込んできた。
「申し上げます! 岩門城で手間取っている間に……ついに、中央の『関白』が動きました!」
「なんやて?」
「日ノ向を追われた大伴の残党と、関白が差し向けた『四国勢』の大軍が合流! その数、数万! すでに海を渡り、この北の地……『戸次川』へと陣を敷いております!」
密偵の悲痛な声に、薩摩の武将たちの顔に緊張が走った。
うちは、アイテムボックスからタロットカードを取り出し、静かに展開した。
出たのは、『剣の7』の正位置、そして『死神』の正位置。
「……なるほどな。関白の先発隊、えらい血の気が多いみたいやわ。岩門城の頑固親父を助けるために、急いで海を渡ってきたんやろな」
うちはカードをしまい、不敵な笑みを浮かべた。
「アレン、あんたの『裏切りの予行演習』はバッチリやったわ。次は、本番の戦(大掃除)や。……四国から来た関白のお偉いさん方に、薩摩名物『釣り野伏せ』の特大バーゲン、お見舞いしたろやないか!」
岩門城での足止めを経て、いよいよ大和郷の歴史を揺るがす最大の激戦。
戸次川を舞台にした、中央の関白軍との血みどろの激突が、すぐそこまで迫っとったんや。
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