第92話 オカンの歓迎会と、算盤騎士の不吉な予感
泥田畷での大激戦を制し、西の大勢力であった龍王家を完全に崩壊させたうちらは、凱旋の歓声に包まれながら薩摩の外城へと帰還した。
その日の夜。うちらの借りている空き家の居間では、西の大陸から波に乗ってやってきたアレンの「歓迎会」が、盛大に開かれとった。
佐吉の奴は、龍王の残党狩りと新しい領地の平定で西へ東へ走り回っとるから今日は不在や。あの子もすっかり薩摩の武士として板についてきよったな。
「さぁアレン、遠慮せんとぎょうさん食べなはれ! 大和郷の特産品、オカン特製の和食フルコースやで!」
うちはちゃぶ台の上に、山盛りのツヤツヤの白米、大根とワカメの味噌汁、そして七輪でこんがり焼いた川魚の塩焼きを並べた。
アレンは、見慣れない二本の木の棒「箸」の扱いに苦戦しながらも、なんとか白米を口に運んだ。
「……っ! なんですか、この白くてふっくらした穀物は! 噛めば噛むほど甘みが出て、このしょっぱい汁(味噌汁)との相性が抜群です……!」
「せやろせやろ! 西の大陸の硬いパンもええけど、やっぱり米と味噌が一番や! おかわりは無限にあるから、腹パンパンになるまで食べや!」
「アレンお兄ちゃん、お魚の骨、取ってあげるね!」
リリルが甲斐甲斐しくアレンの皿に魚の身を取り分けてやる。
その温かい食卓の光景を見ながら、うちは熱いお茶をすすり、ほっと息をついた。
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「……それで、アレン。ルミナのみんなは元気にしてるんか?」
食事が一段落したところで、うちは一番聞きたかったことを切り出した。
アレンは姿勢を正し、懐から丁寧に包まれた手紙を取り出した。
「はい。静江さんの仕送りが届いて、みんな大喜びでした。……エルゼ様は、今やルミナだけではなく、周辺の領地も実質的に束ねる『女帝』として、王都の貴族たちを震え上がらせています」
「あはは! さすがエルゼちゃんや、逞しいなぁ」
「カイル殿は相変わらず徹夜で魔導書と睨めっこしていますが、静江さんが送った大和郷の『和紙』の品質に感動して、新しい術式の研究に没頭しています。クレア様は、魔族領の浄化施設で魔族たちに『聖女様』と崇められていて……少し困りながらも楽しそうでした」
アレンの報告を聞くたびに、胸の奥がじんわりと温かくなる。
あの子らは、うちがおらんくても、しっかり自分の足で歩いとるんや。
「……それで、商業ギルドのバネッサさんからは、これを。僕が静江さんの『用心棒』を務めるための、新しい武器だそうです」
アレンがちゃぶ台の上に置いたのは、黄金の細工が施された立派な「算盤」やった。
「バネッサさんが言っていました。『静江の横に立つなら、剣で敵を斬るだけじゃ足りない。その算盤で、しっかり大和郷の経済も叩き割ってこい』と」
「……最高やないの。バネッサさん、ほんまにええ仕事するわ」
うちは腹を抱えて笑った。
剣の腕だけでなく、カネの計算(経理)までできるようになったアレン。これほど頼もしい「家族」の合流はない。
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だが、その和やかな宴会の空気を、静かに開いた襖の音が引き締めた。
現れたのは、若き当主の久義やった。今日は珍しく狂気の笑みを浮かべておらず、どこか思案顔や。
「邪魔するぞ、静江殿。異国の騎士殿も、長旅ご苦労であったな」
「なんや久義、あんたも白米食べに来たんか? まだお櫃に残っとるで」
「いや、飯も良いが、今後の話をしておきたくてな。……龍王家を討ち、大伴の五万も退けた。これで我ら薩摩がこの島(九州)の西半分を統一するのも時間の問題……と言いたいところなのだが」
久義がちゃぶ台の上に広げたのは、大和郷の西半分の地図やった。
彼はその北端、中央(本州)へと続く街道を塞ぐようにそびえ立つ、一つの岩山の印を指差した。
「……一つだけ、極めて厄介な『骨』が喉に引っかかっているのだ。北の要衝、『岩門城』。守将は高階という男だ。彼はたった七百の兵で、我ら数千の軍勢を相手に『玉砕』する腹積もりなのだ」
「七百で玉砕? そんなん適当に包囲して兵糧攻めにしたらええやんか」
「それが、そうもいかんのだ! 密偵からの知らせによれば、日ノ向を追われた大伴の残党が、ついに中央の覇者『関白』に援軍要請を出したらしい。もし岩門城で手間取れば、関白が四国の水軍を取り込み、とんでもない数の大軍を海峡から送り込んでくる可能性がある!」
久義がギリッと奥歯を噛み鳴らす。
「高階を落とすのに時間をかければ、我らは海を渡ってきた中央の大軍に、背後からすり潰される! だが、あの頑固親父は絶対に降伏などせん。どうすればよいのだ!」
「……中央の親玉が動く前に、北の蓋を開けなあかんわけや。でも、もしその大軍が海を渡ってきたら……特売日のバーゲン会場でも、そんな数は集まらへんで」
うちは話を聞きながら、無意識のうちにアイテムボックスからタロットカードを取り出し、手元でシャッフルし始めとった。
もし海峡で、大軍を乗せた船団との決戦になったら。
まともにぶつかれば塵にされる。なら、どうやってその事態をひっくり返すか。
バシッ、バシッと、ちゃぶ台の上に三枚のカードを展開する。
出たのは、『剣の7』の正位置、『吊るされた男』の正位置、そして『太陽』の正位置や。
「……なるほどな」
うちはカードの絵柄をデコネイルで弾き、ニヤリと極悪な笑みを浮かべた。
「『剣の7』は裏切りや謀略。『吊るされた男』は、不本意な状況に耐えて泥を被る自己犠牲。そしてその先に、『太陽』……つまり完全なる大勝利が待っとるっちゅう暗示や。……大船団をひっくり返すには、こっちから『特大の裏切り』を仕掛けるしかないみたいやな」
「裏切り!? 静江殿、我らの中に間者がいるとでも!?」
「間者やない。これから『作る』んやわ」
うちは、ちゃぶ台の上の「黄金の算盤」を手に取り、ポカンとしているアレンの顔を真正面から指差した。
「アレン。あんた、騎士のプライドとか誇りとか、一回ドブに捨てられるか?」
「…………はい?」
アレンが、素っ頓狂な声を上げてフリーズした。
「し、静江さん……? なんで僕の算盤を見て、そんな極悪な顔をしてるんですか……?」
「よし、決まりや。次の岩門城の頑固親父を相手に、あんたにちょっと『一肌』脱いでもらうで。……極上の『銭ゲバ』の特訓や!」
「ぜ、ぜにげば……!?」
アレンが涙目で首をブンブンと横に振るが、おばちゃんの決定は絶対や。
大和郷の命運を懸けた、中央の大軍との超スケールの大海戦に向けて……。
おばちゃんの出張鑑定は、アレンに「最低最悪の泥を被らせる」という、えげつない伏線を張り巡らせて動き出そうとしとったんや。
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