第91話 泥沼の暴君と、西から来た算盤の騎士
海の方角から飛来した「魔導砲」の一撃は、数の暴力で押し潰そうとしていた海側の龍王軍の別働隊を、文字通り砂浜ごと吹き飛ばした。
濛々と立ち込める土煙と、泥の雨が晴れた後。
そこには、西の大陸の技術で造られた巨大なガレオン船を背に、見慣れぬ異国の装備を纏った一人の若き騎士が立っとった。
「エルゼ様とカイル殿からの、特大の『差し入れ(魔導砲)』です! 海側の敵の掃討は僕とこの船に任せてください!」
アレンの頼もしい宣言に、最前線で血路を開いていた佐吉と義家が、目を丸くして振り返った。
「……なんだあんた! その大筒、どこから持ってきた!」
「おばちゃんが言ってた『とびきり義理堅い家族』ってのは、あんたのことか!」
佐吉が泥だらけの顔で叫ぶと、アレンは剣を構え直し、爽やかに笑った。
「ああ。静江さんの『一番弟子』の座は、誰にも譲るつもりはないからね。……君たちも、静江さんの世話になっているんだろう? なら、ここは一緒に片付けよう!」
「ふん、一番弟子の座は俺がもらうけどな! 行くぞ、異国の剣士!」
佐吉と義家、そしてアレン。
育った環境も戦い方も全く違う若者たちが、泥まみれの戦場で奇妙な連携を見せ始めた。
アレンの『刹那の観測』による神速の剣技が敵の急所を的確に突き、その隙を佐吉たちの狂気じみた重い一撃が粉砕する。さらに沖合に停泊したガレオン船からの正確な援護射撃が、敵の増援を完全に遮断した。
海側の防衛線は、この三人の若き修羅たちによって、あっという間に制圧されてしもうた。
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「……海側が突破されただと!? 馬鹿な、たった数千の田舎武士に、我が五万の軍勢が遅れをとるなど!」
中央の細道、泥田畷のド真ん中。
龍王軍の本陣では、総大将である『肥前の熊』が、怒号を上げていた。
だが、彼の怒りとは裏腹に、本陣は完全に機能不全に陥っとった。なぜなら、総大将である彼自身の「規格外の巨体」が、足元の泥沼に豪奢な輿ごと深く沈み込み、文字通り一歩も動けへん状態になっとったからや。
「殿! 泥が深すぎます! 輿を担ぐ者たちの足が抜けません!」
「ええい、役立たずどもめ! 私が直々に指揮を執る、輿から降ろせ!」
肥前の熊が輿から足を下ろした瞬間、ズブズブッという嫌な音とともに、彼の足は膝上まで泥に呑み込まれた。
彼の巨体と、それに不釣り合いなほど分厚い黄金の甲冑の重さが、底なしの泥田では致命的な「枷」になっとったんや。
「ぬぅぅ……っ! 足が、抜けん……!」
もがけばもがくほど、泥は容赦なく彼を飲み込んでいく。
そこへ、海側を制圧したアレンたちと、中央の乾いた高台で鉄砲隊を指揮していたうちらが、ぐるりと本陣を包囲した。
「……チェックメイトやな、肥前の熊さん」
うちは、特大のゴミ拾いトングを肩に担ぎ、泥だらけの道をシャカシャカと歩いて彼の前に立った。
隣には、血走った目で「いつでも首を刈り取れますぞ」と狂気を含んで笑う若き当主・久義が控えとる。
「……貴様が、我が軍を惑わしたという妖術使いか! おのれ、こんな卑怯な泥沼に誘い込みおって! 平原で正々堂々と戦えば、我が五万の力が貴様らなど一捻りにしてくれるわ!」
肥前の熊は、泥に足を取られながらも、負け惜しみのように吠え猛った。
うちは呆れたように溜息をつき、アイテムボックスからタロットカードを取り出して、バシッ、バシッと泥の上の乾いた岩に展開した。
出たのは、『悪魔』の逆位置、そして『節制』の逆位置や。
「……あのなぁ、熊さん。平原で戦えばって、ここはもう戦場やで。……それに、カードはハッキリ言うとるわ。あんたの敗因は、薩摩の罠やない。あんた自身の『不摂生』と『自己管理の甘さ』や!」
「な、なんだと!?」
「あんた、自分のそのお腹、見てみぃ。贅肉の上にさらに重たい黄金の鎧なんか着込んで……。さっきから息切れしとるし、顔色もドス黒い。……暴飲暴食のしすぎで、痛風の気があるんちゃうか? 足の親指の付け根、痛いやろ!」
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「なっ……!? 貴様、なぜ私の持病を……!」
肥前の熊が、図星を突かれて顔を真っ赤にした。
「そんな重たい体で、しかも足が痛いのに、こんな足場の悪い泥沼にノコノコやってきたら、沈むに決まっとるやろが! 自分の体重も管理できへん奴が、五万の兵の命を管理できるかいな!」
うちの容赦ないオカン節が、泥田畷に響き渡る。
周囲の龍王軍の兵士たちも、自分たちの総大将が「痛風と肥満」を理由に説教されているのを見て、完全に戦意を喪失してしもうとった。
「力や数で何でも押し通せると思ってるから、足元をすくわれるんや。……あんたのその巨大な欲と傲慢さ、この泥の中でしっかり反省しなはれ!」
うちはトングの先で、彼の黄金の兜をカチンと叩いた。
「……お、おのれぇぇ……! 私は、肥前の覇者だぞぉぉッ!」
肥前の熊が、最後の力を振り絞って刀を振り上げようとした、その瞬間。
「――遅ぇよ、デブ」
泥の中を滑るように駆け抜けた佐吉が、アレンの剣の腹を足場にして高く跳躍した。
アレンの神速のサポートが作り出した完璧な踏み台。そこから放たれた、郷中で鍛え抜かれた佐吉の狂気の一撃。
振り下ろされた刃が、黄金の兜ごと、暴君の野望を泥の底へと完全に断ち切った。
ドシャァァッ!
巨大な水飛沫とともに、肥前の熊が泥の中へと崩れ落ちる。総大将の討死を悟った龍王軍の残兵たちは、武器を放り出して一斉に泥の中に平伏した。
「……ふぅ。これで、大掃除完了やな」
うちは、タロットカードを仕舞い込み、泥だらけになって笑い合う若者たちを見渡した。
佐吉と義家が、アレンの肩をバンバンと叩いて健闘を讃え合っとる。
「いやぁ、あんたのその速い剣術、すげえな! 今度、稽古で教えてくれよ!」
「ははは、手荒な歓迎だね。でも、君たちのその一撃の重さも、西の大陸にはない素晴らしい技術だ。僕はアレン、よろしく頼む」
言葉も文化も違うのに、彼らの間にはすでに、共に泥をすすって戦い抜いた「戦友」としての絆が生まれとった。
「……静江さん」
アレンが泥を払いながら、うちの前に歩み寄ってきた。
彼は少しだけ照れくさそうに、しかし誇らしげに、バネッサから託された『黄金の算盤』を掲げてみせた。
「……ただいま戻りました。ルミナの平和は、もう僕がいなくても大丈夫です。これからは、また静江さんの用心棒として、この大和郷を一緒に値切り倒させてください!」
「……ホンマに、あんたは義理堅い子やなぁ。よう来てくれたわ、アレン」
うちはアイテムボックスから、とびきり甘い「ハチミツ味」の飴ちゃんを取り出し、アレンの口にポイッと放り込んだ。
西の大陸からの最高の助っ人と、薩摩の狂気なる若武者たち。
最強の家族が合流したおばちゃんの出張鑑定は、この泥田畷の大勝を皮切りに、いよいよ天下の覇権を揺るがす最大のうねりとなろうとしていたんや。




