第90話 背水の陣と、海を越えた魔導砲
大和郷の西、有馬家の領地へと急行するため、うちら薩摩の軍勢三千は海路を使って北上し、有馬の城からほど近い浜辺へと上陸を果たした。
波の音が響く静かな浜辺。だが、その静寂を打ち破ったのは、若き当主・久義の狂気を孕んだ号令やった。
「皆の者、よく聞け! 我らをここまで運んできた船は、すべて薩摩へ帰還させよ! 一隻たりともこの浜に残すな!」
その言葉に、有馬家からの迎えの使者が「なっ……!?」と目を剥いて腰を抜かした。
「し、島津の殿様! 何を仰るのですか! もし五万の龍王軍に敗れた場合、船がなければ逃げ道がありませんぞ!」
「逃げ道など最初から必要ない! 退路があるから人間は弱くなるのだ! 死地に身を置き、五万の敵の首をすべて刈り取るか、この地で泥をすすって死ぬか! 二つに一つよ!」
久義が血走った目で高らかに笑うと、薩摩の武士たちも「おおぉぉッ!」と地鳴りのような歓声を上げ、乗ってきた船を次々と沖へと追い返し始めた。
常軌を逸した「背水の陣」。
だが、その狂気の沙汰を一番喜んどるのは、うちの横で本物の剣の柄を握りしめている佐吉やった。
「……最高だ。後ろに下がる道がないなら、前に進んで殺すしかない。……俺の『背水の修羅』の血が、今までで一番熱く滾っている!」
佐吉の瞳が、鬼のような爛々とした光を放つ。隣の義家も「初陣じゃ! 誰よりも先に首を上げるぞ!」と鼻息を荒くしとる。彼らの手にあるのは、郷中での木刀ではない。血を吸うために研ぎ澄まされた、本物の刃や。
「……あんたら、ほんまにネジぶっ飛んどるわ。でもまぁ、逃げ道がないなら、嫌でも前向いて掃除(大暴れ)するしかないわな」
うちは呆れながらも、アイテムボックスからハチミツ味の飴ちゃんを取り出し、ガリッと噛み砕いた。
退路を断った薩摩軍三千は、そのまま決戦の地――『泥田畷』へと進軍を開始した。
===========
有馬の城へと続く道は、大きく三つに分かれとった。
右の「山側」の道、真ん中の「中央の細道(泥田畷)」、そして左の「海側」の道や。
「山側の道は斜面が急すぎて、大軍の行軍には適さん。敵も味方も使えへんから、ここは完全に切り捨てやな」
うちは地図を広げ、久義と共に陣形を確認する。
「左様。ならば敵五万は、必ず『中央』と『海側』の二手に分かれて押し寄せてくる。……静江殿の策通り、中央の泥田畷は、両脇の『乾いた高台』に鉄砲隊を配置した。泥や湿気で火縄が消える心配はない。泥沼に足を取られた敵を、上からハチの巣にしてやる!」
だが、問題は「海側」の道やった。
そちらは足場が泥沼ではなく、比較的開けた平地になっている。敵の別働隊が、数の暴力を活かして強引に突破を図ってくるのは火を見るより明らかやった。
「海側の守備は、佐吉たちの部隊に任せとるけど……相手は数万。いくら気合があっても、物理的に押し潰される可能性が高いで」
うちの嫌な予感は、すぐに現実のものとなった。
開戦の合図と共に、中央の泥田畷では、狭い泥沼の一本道に殺到した龍王軍の主力が、薩摩の鉄砲隊の狙い撃ちに遭い、パニックを起こして自重で泥に沈んでいくという理想的な展開になっとった。
しかし、海側では悲鳴のような報告が次々と舞い込んできた。
「海側の防衛線、敵の猛攻で押されています! 敵の数、およそ一万! 対するこちらは千足らず! 佐吉たち若衆が最前線で血路を開いていますが、ジリ貧です!」
海側の陣が突破されれば、中央で鉄砲を撃っている味方の背後を突かれ、三千の薩摩軍は完全に包囲されて全滅する。
退路の船は、もうない。
「……静江殿! ここは私が海側へ救援に向かう! 中央の指揮を頼む!」
久義が刀を抜き放つが、うちは特大のゴミ拾いトングで彼を制した。
「待ちィな、大将が動いたら陣が崩れるわ! ……それに、カードは『節制(融合)』の正位置を告げとる。……海側から、とびきりの『援軍』が来るで!」
うちは、激しい戦音が響く南の海の方角をジッと睨みつけた。
===========
海側の陣地。
佐吉は、血糊で重くなった刀を必死に振るい、次々と迫る敵兵を斬り捨てていた。だが、倒しても倒しても、敵は尽きない。
「くそっ……! さすがに多すぎる……!」
義家も肩で息をし、薩摩の防衛線は今にも決壊しそうになっていた。龍王軍の将が、勝利を確信して「一気に押し潰せ!」と号令をかけた、その瞬間やった。
――ドゴォォォォォンッ!!!
海側の敵陣のド真ん中、そこへ海の方角から極太の「青白い閃光」が放物線を描いて飛来し、凄まじい爆発を巻き起こしたんや。
「な、なんだぁぁぁっ!?」
海側の砂浜ごと、敵の別働隊が宙高く吹き飛ばされる。それは鉄砲や大筒の比ではない。山をも吹き飛ばすような、規格外の破壊力を持った『魔導砲』の一撃やった。
「ひぃぃっ! 海からだ! 海から雷が飛んできたぞ!」
海側の龍王軍が一瞬にしてパニックに陥り、足を止める。
「……おばちゃん! 見て、海!」
リリルが、泥だらけの指で海の方角を指差した。
そこには、大和郷には絶対に存在しないはずの、西の大陸の技術で造られた巨大な『ガレオン船』が、猛烈なスピードで浜辺へと近づいてくるのが見えた。
その船首には、ルミナの商業ギルドの紋章と、エルゼやカイルが莫大なカネと魔法技術をつぎ込んで完成させたであろう、最新鋭の「魔導大砲」が黒光りしとる。
そして、その船の舳先に立ち、潮風にマントをなびかせている一つの影。
そいつは、船が陸に乗り上げるよりも早く、数十メートルの高さを軽々と跳躍し、崩れかけていた佐吉たちの前にドスッと着地した。
「……遅くなりました、静江さん!」
土煙が晴れた後。
そこにおったんは、異国の見慣れぬ装備に身を包み、片手に鋭い長剣、もう片手にバネッサから託された『黄金の算盤』を構えた、一人の若き騎士やった。
「アレン!!」
うちは思わず、顔をほころばせて叫んだ。
西の大陸で別れた時よりも、背丈が少し伸び、顔つきは信じられないほど精悍になっとる。
アレンは、一万の敵を前にしても微塵も怯むことなく、ニカッと笑ってうちを振り返った。
「エルゼ様とカイル殿からの、特大の『差し入れ(魔導砲)』です! 海側の敵の掃討は僕とこの船に任せてください!」
「……あっははは! ええタイミングやないの! 退路を断った背水の陣に、海を越えた最高の助っ人が合流や!」
うちはアイテムボックスからオレンジ味の飴を取り出し、アレンに向けて指で弾き飛ばした。
アレンがそれを空中でキャッチし、口に放り込む。
「さぁ、野郎ども! 海側はアレンが全部掃除してくれるで! うちらは、泥沼で身動きが取れんようになっとる中央の『親玉』へ向けて、一気に反撃開始や!!」
「「「チェストォォォォォッ!!」」」
海からの魔導砲による掃討と、西の大陸の騎士の合流。
役者はすべて揃った。泥沼の戦場を舞台にした、大和郷の歴史を揺るがす最大の逆転劇が、いよいよ本番を迎えようとしとったんや。
読んでくれてありがとうございます!
「面白い!」「続きが気になる!」「応援したい!」と思っていただけたら、
作品ページ上部の【☆評価】【ブックマーク】、そして【リアクション】ボタンをポチッと押していただけるととても励みになります!
みなさんの応援が、次回更新の原動力になります。
引き続きよろしくお願いします!




