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大阪のおばちゃん占い師、異世界に転生しギャルとなる ―運命は変わってへんで―  作者: 川原 源明


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第9話  嵐の後のリンゴの香りと、一粒の報告

 ルミナの街に、夜の帳が下りる。


 酒場『黄金の樽亭』の一角、紫色の暖簾が揺れる「占いの館・静」には、今夜も絶え間なく客が訪れていた。開店から一ヶ月、うちはすっかりこの街の「顔」になりつつある。


「……静江さん、次の方。ギルドの会計担当です。横領の犯人探しを頼みたいそうで」


 アレンが冷めた顔で客を誘導する。彼はこの数日、うちの指示で伯爵邸周辺の「野次馬の噂」を丹念に拾い集めていた。その表情には、得てきた情報の重みが張り付いている。


「はいはい、犯人探しは警察に言いなはれ。うちはカードが示す『可能性』を言うだけや。……あんた、北側の出納帳、もう一回見直してみ。数字やなくて、インクの滲み方に注目やで。……ほら、次!」


 機械的に客を捌きながらも、うちは酒場の喧騒に耳を立てていた。酒を飲む男たちの話題は、今や一つの事件に独占されている。


「……聞いたか? 伯爵邸のハンス様、急病でそのまま引退だってよ。それどころか、屋敷から何人も馬車で連れ出されたって話だぜ」


「ああ、俺も見た。伯爵様が泣きながら門の前で領民に頭を下げてたってな。不作の支援金が一部の家臣に中抜きされてたとかで。……何より驚いたのは、あの令嬢様だ。病弱で寝たきりだって噂だったのに、昨日はキリッとした顔で騎士たちを指揮してたらしい」


「別人のようだったって、門番が震えてたぜ……」


 うちは手元のタロットを繰りながら、ニヤリと口角を上げた。

 リンゴ味の飴が、あの子の心に眠っていた「毒」を「牙」に変えたんやろうな。


 夜も更け、客足が途絶えた頃。

 扉のベルが静かに鳴り、一人の女性が足を踏み入れてきた。一ヶ月前のようなボロ布ではない。糊の効いた真っ白なエプロンと、誇らしげに輝くメイド服。伯爵家の正装を纏ったリタが、深々と頭を下げた。


「静江様。……すべて、終わりました」


「ええ顔になったやんか。入りなはれ、アレン君、いつものハーブティー出したげて」


 リタはうちの前に座ると、恭しく一通の書状を差し出した。伯爵家の家紋が押された、正式な感謝状と――そして、ずっしりと重い金貨の袋。


「エルゼ様からの占代です。……そして、ご報告を」


 リタの口から語られたのは、想像以上に苛烈な「断罪」の記録やった。


 エルゼは、うちが渡したリンゴ味の飴を舐めながら、一睡もせずに屋敷の全家臣を大広間に集めたという。


「エルゼ様は、ハンス様の不正をその場で暴露なさいました。……ハンス様が言い逃れをしようとした瞬間、あの方は彼に命じたのです。『今ここで、私の目の前で、あなたが着服した金の流れを白状するか。それとも、明日、領民たちの前で公開処刑されるか、選びなさい』と。あの冷徹な声、私まで背筋が凍るほどでした」


 ハンスは屈服し、すべての罪を認めた。だが、エルゼの反撃はそこで止まらなかった。


「……ですが、代償は小さくありませんでした。エルゼ様は、ハンス様を唆していたのが、ご自身の叔父様であることを突き止めてしまったのです。あの方は、実の親族を即座に投獄し、国外追放を命じられました。そして、保身のために娘を売ろうとした伯爵様……旦那様に対しても」


 リタの声が、わずかに震える。


「『今日から、このルミナの印章は私が預かります。父様は、私の許可なく一通の書状も出さないでください』。……事実上の、幽閉です。エルゼ様は、最愛の父と決別することを選ばれたのです」


「……そうか。あの子、本当に『情』を捨てたんやな」


 うちは冷めたハーブティーを一口含んだ。


 リンゴ味の飴は、一時的に思考を前向きにする。けれど、そこから「地獄のような決断」を選び取ったのは、他ならぬエルゼ自身の意志や。


「完全な勝利かと思われました。ですが、リタちゃん。あんた、まだ何か言いたいことあるやろ」


 リタは顔を上げ、今度は焦燥の混じった声を出した。


「……はい。エルゼ様がハンス様を切り捨てたことで、侯爵家はメンツを潰された形になりました。侯爵家側は『一方的な婚約解消は認められない』と、ルミナに軍事的な圧力をかけ始めています。形式上はまだ婚約は継続したまま……。エルゼ様は、外交的に完全に孤立してしまわれました」


「……せやろな。相手は蛇みたいな侯爵家や。エモノを奪われて、ただで引き下がるわけがないわ」


 エルゼは「自由」を手に入れた代わりに、「巨大な敵の標的」になった。

 屋敷の膿を出し切ったところで、今度は国レベルの外交戦という、さらに深い沼が待ち受けている。


「リタ。これを持っていき」


 うちはアイテムボックスから、オレンジ味の飴を一粒取り出した。


「令嬢さんに渡しなはれ。……これからあの子に必要なんは、燃えるような勇気やなくて、氷のような『沈着さ』や。……侯爵家が動くなら、それより先に『もっと大きな力』を動かさなあかん」


「もっと大きな力……?」


「占代、たっぷりもろたからな。……うちも、少しだけ『仕事』させてもらうわ。アレン君、準備はええか?」


 アレンが待ってましたと言わんばかりに、ナイフの柄を軽く叩いた。


「ええ。伯爵邸の周囲に、侯爵家の密偵が何人も潜んでいます。まずはそいつらの掃除からですね?」


「はは、話が早くて助かるわ。……リタちゃん、令嬢さんに伝え。……『あんたの盟友は、酒場の片隅でちゃんと見てるで』ってな」


 リタは再び深く頭を下げ、屋敷へと戻っていった。

 夜風が暖簾を激しく揺らす。


 ルミナ伯爵邸の内部抗争は終わった。

 だが、それはこれから始まる、異世界の権力構造を根底からひっくり返す「おばちゃんと一人の貴族令嬢」の、壮大な覇道の序章に過ぎなかった。


「……さて。侯爵家、いうたかな。……うちの飴ちゃんの味、あんたらにも教えてあげなあかんなぁ」


 静江は再びカードを繰る。


 展開された三枚のカードは、嵐の到来と、その先にある「審判」の時を冷酷に示していた。


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