第88話 オカンの仕送りと、小さな弟子のタロット教室
耳鳴川で大伴の五万の軍勢を「お風呂の栓抜き理論」で綺麗さっぱり洗い流してから、数週間が経った。
大和郷の南端、火の国・薩摩は、嵐が過ぎ去った後のような穏やかな空気に包まれとった。
外城に構えた『占いの館・静』は、戦勝の噂を聞きつけた農民やら武士やらで連日大繁盛や。やけど、今日のうちは店を休みにし、縁側にどっかと座って、山のような荷物と格闘しとった。
「……よし、エルゼちゃんにはこの赤い鼈甲の簪やな。あの子の金糸の髪によう似合うはずや。アレンには、大和の刀職人が打った頑丈な鍔と、紺色の組紐。……カイルちゃんには、この国特有の和紙と、やたら難しそうな古文書の写しでええやろ。どうせ徹夜で解読して喜ぶわ」
うちは、大和郷で稼いだ金で買い集めた特産品を、丁寧に木箱に詰めていく。
西の大陸、ルミナの街や魔族領で、今頃うちの帰りを待ちわびながら頑張っとる「家族」たちへの仕送りや。
「クレアちゃんには、この涼しげなガラスの風鈴やな。神殿の堅苦しい鐘の音より、よっぽど心が洗われるで。バネッサさんには、大和の商人たちが使ってる五つ玉の算盤。……あ、バアルとゾルゲには、高級な緑茶の茶葉と、湯呑みのセットを入れとこか」
最後に、アイテムボックスから色とりどりの飴ちゃんをどっさりと取り出し、それぞれの木箱に隙間なく詰め込んだ。
離れていても、おばちゃんのお節介(飴ちゃん)はしっかり届けるで。
「……おばちゃん、それ、西の国のみんなに送るの?」
横で、木箱に蓋をするのを手伝ってくれていたリリルが、大きな瞳を瞬かせて聞いてきた。
「せや。向こうはそろそろ寒くなる頃やからな。……それに、うちがおらんくなってから、あの子らちゃんとご飯食べてるか心配なんや。手紙も入れとかなあかんな」
うちは筆を執り、和紙にサラサラと手紙をしたためた。
『みんな、元気にしてるか? うちは大和郷ってとこで、相変わらず占いと大掃除(ガサ入れ)をやってるで。こっちはご飯が美味しくて、毎日お腹いっぱいになっとるわ。
送ったもんは、こっちの特産品や。喧嘩せんと分けなはれ。飴ちゃんもたっぷり入れといたから、疲れたら舐めるんやで。
また大きな仕事を片付けたら、帰るかもしれへんし、帰らへんかもしれへん。あんたらはあんたらで、しっかり自分の足で立ちなはれや。――静江より』
「よし、これで完璧や。後で港の商人に頼んで、西の大陸行きの船に乗せてもらお」
うちは満足げに頷き、筆を置いた。
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「さて、リリルちゃん。仕送りの準備も終わったし、今日の『お勉強』の時間にしよか」
うちは縁側を片付け、アイテムボックスから使い込まれたタロットカードを取り出した。
リリルは「うん!」と元気よく頷き、うちの正面にちょこんと正座した。
大和郷へ向かう船の中で、この子にはタロットの声を直感で聞き取る才能があることが分かった。それ以来、時間が空いた時にはこうして、占いの基礎を教え込んどるんや。
「ほな、今日は三枚引きの練習や。過去・現在・未来の流れを読む、一番基本の展開法やで。……はい、引いてみ」
うちはカードをシャッフルし、リリルの前に広げた。
リリルは小さな手で、真剣な顔をして三枚のカードを選び出し、表に返した。
出たのは、左から『愚者』の逆位置、『塔』の正位置、そして『星』の逆位置やった。
「……ふむ。これはまた、えらいハードな並びが出たな。……リリルちゃん、これ見てどう思う?」
リリルはカードの絵柄をじっと見つめ、金色の髪を揺らしながら首を傾げた。
「えっとね……最初のカードは、ピエロさんが崖から落ちそうになってるのに、逆さまになってるから……『準備しないで飛び出しちゃダメ』ってこと?」
「おお、ええ筋や。軽率な行動への警告やな。次ぎの『塔』は?」
「雷が落ちて、塔が壊れてる……。すっごく怖いことが起きる……でも、これ、お家が壊れてるんじゃなくて、中から人が飛び出してるから……『無理やり外に出される』のかな?」
「……なるほどな。ただの破滅やのうて、強制的な環境の変化と読むか。五歳児にしては、鋭い視点やわ」
うちは感心しながら頷いた。
そして、最後の一枚、『星』の逆位置を指差した。
「じゃあ、この未来のカードはどうや? 星は希望やけど、それが逆さまになっとる」
リリルはじっと『星』のカードを見つめた後、おどおどと上目遣いでうちを見た。
「……これ、希望がなくなるんじゃなくて……『高すぎる星(目標)ばっかり見てると、足元をすくわれるよ』って言ってる気がする。……だから、まずはちゃんとご飯を食べて、お部屋の掃除をしないとダメだよ、って」
「……」
うちは、あまりの「生活感あふれるド正論」に、思わず口をポカンと開けてしもうた。
星の逆位置を「高望みへの警告」として読み解くのはタロットの基本やが、それを「ご飯と掃除」というオカン理論に着地させるとは。
「……アハハハハ! リリルちゃん、あんた最高やわ! その通りや、どんなに高尚な夢を見ても、腹が減って部屋が汚かったら、絶対に叶わへん! あんた、もう立派な『占いの館・静』の二代目やで!」
うちは腹を抱えて笑い、アイテムボックスからハチミツ味の飴ちゃんを取り出して、リリルの口にポイッと入れた。
リリルは頬を赤く染め、口の中で甘い飴を転がして嬉しそうに笑った。
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「……ただいま戻りました、おばちゃん!」
縁側で笑い合っていると、広場の方から、泥だらけになった佐吉が帰ってきた。
相変わらず、郷中の厳しい鍛錬で全身ボロボロになっとる。
やけど、その瞳には、かつて村を焼かれた時のあの『背水の修羅』の狂気はもうあらへん。仲間たちと切磋琢磨し、己を律する術を学んだ、清々しい武士の顔つきになっとる。
「おかえり、佐吉。今日もえらい泥んこやな。怪我はしてへんか?」
「これくらい、かすり傷さ。……今日は年長の連中相手に、三本も一本を取ってやった。少しずつだけど、俺の剣は速く、重くなっている」
佐吉は縁側に腰掛け、荒い息を吐きながら誇らしげに笑った。
「ようやった。ほな、ご褒美や。これ舐めて、泥落としてきなはれ」
うちはオレンジ味の飴ちゃんを佐吉に投げ渡した。
佐吉はそれを空中でキャッチし、迷わず口に放り込む。精神力を回復させるオレンジの甘みが、彼の疲労をスッと拭い去っていく。
「……ありがとう、おばちゃん。……そういえば、その木箱の山は何だ?」
「ああ、これか。西の国で留守番してる、うちの家族らへの仕送りや。大和郷のええもんを、ぎょうさん詰め込んどいたんやわ。明日、港の商人に頼んで船に乗せてもらうんや」
佐吉は木箱の山をじっと見つめ、少しだけ羨ましそうに目を細めた。
「家族への仕送り……。いいな、そういうの。俺もいつか一番上まで登り詰めたら、おばちゃんたちに一番でかい城をプレゼントしてやるからな」
「ホンマか? 言うたな? おばちゃん、覚えとくで! 期待して待っとくわ!」
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日がすっかり落ち、外城に静かな夜が訪れた頃。
うちらの借りている空き家の居間からは、たまらんほど香ばしい匂いが漂っとった。
「さぁ、ご飯できたで! 今日は大和郷の特産品、フルコースや!」
うちはお盆に乗せた料理を、ちゃぶ台の上に次々と並べていった。
ふっくらと炊き上がったツヤツヤの白米。出汁の匂いが立ち上る豆腐とワカメの味噌汁。そして、近所の農家から安く分けてもらった大根の漬物に、七輪でこんがりと焼いた川魚の塩焼きや。
「わぁ……! お米だ! わたし、これすっごく好き!」
「俺もだ。郷中の飯は芋と粟ばっかりだからな。こんな真っ白な飯、祭りの日でもなかなか食えないぞ」
リリルと佐吉が、目を輝かせて箸を手にする。
うちは熱いお茶をすすりながら、二人が頬張る姿を満足げに眺めた。
前世の大阪におった頃は、こんなん毎日の当たり前の食卓やった。でも、西の大陸に転生してからは、硬いパンと肉ばっかりで、和食にはずっと飢えとったんや。
白米の甘み、味噌の深いコク、醤油の焼ける匂い。
一口食べるごとに、58年分のオカンの魂が歓喜の声を上げとる。
「……ホンマに、大和郷に来てよかったわ。こんな美味いもんが毎日食べられるんやからな」
「おばちゃん、お魚の骨、上手に取れたよ!」
「おう、上手い上手い。でも尻尾の方にまだ身ぃ残っとるで。綺麗に食べなはれ」
佐吉が味噌汁を一気に飲み干し、お椀を突き出した。
「おばちゃん、おかわり!」
「はいはい、ぎょうさん作ったから遠慮せんと食べ。育ち盛りやからな」
戦乱の大和郷とは思えないような、平和で、温かい夕餉の時間。
虫の音が心地よく響き、ちゃぶ台を囲む三人の笑い声が夜の空気に溶けていく。
ずっとこんな日常が続けばええのにと、心のどこかで思ってしもうた。
明日もまた、朝から元気に「占いの館」の暖簾を出して、村の連中の悩みを聞いてやるんや。
おばちゃんの出張鑑定は、今日も明日も、美味しいご飯と飴ちゃんの甘さと共に、のんびりと続いていくんやから。
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