第84話 日ノ向の三千兵と、オカン流・お弁当空っぽ戦術
肥後の大軍を五千対一という絶望的な状況から「釣り野伏せ」でひっくり返してから数日後。
うちらは島津のおっちゃんに連れられ、薩摩の中心地である巨大な本城へと足を踏み入れとった。
本城の広間では、薩摩の猛将たちが車座になり、額を突き合わせて唾を飛ばし合っとる。どうやら、新たな危機が迫っとるらしい。
次の敵は、東の豊かな国『日ノ向』を支配する大名・伊東家。
兵力も財力も薩摩をはるかに凌ぐその大名が、ついに薩摩の国境にある『木枯ヶ野』という前線の砦に向けて、三千の大軍を差し向けてきたんや。
「対する木枯ヶ野の砦を守る我らの兵は、わずか三百! 十倍の敵じゃ!」
「構わん! 城に立て籠もるなど薩摩武士の恥! 門を開け放ち、三百全員で敵のド真ん中に突撃じゃ! 示現流の気迫で敵将の首を獲る! チェストォォォッ!」
またこれや。
十倍の敵が来てるっちゅうのに、この筋肉ダルマたちは「玉砕覚悟の突撃」しか頭にあらへん。
うちは広間の隅で聞いていたが、ついに我慢の限界がきて、手に持っていた茶碗をドンッ! と畳に叩きつけた。
「……アホか! あんたら、遠足行くんとちゃうんやぞ!」
うちは立ち上がり、ヒョウ柄のポンチョをバサッと翻して猛将たちのド真ん中へ割り込んだ。
「命捨てて突っ込む前に、少しは頭使いなはれ! おばちゃんかて、スーパーの特売に行く時は『冷蔵庫の空き容量』と『何日持つか』を計算してから行くわ! 弁当も持たずに天下獲りに行くアホがどこにおるんや!」
「なっ……! 女、弁当だと? 戦と飯に何の関係がある!」
「大有りや! 腹が減っては戦はできん。……三千の軍勢っちゅうのはな、燃費の悪い大型車みたいなもんや。一日に消費する米の量は凄まじいで!」
うちは懐からタロットカードを取り出し、畳の上にバシッ、バシッと展開した。
出たのは、『節制』の逆位置と、『魔術師』の逆位置や。
「よう見ときや。節制の天使が持つ水瓶はひっくり返って空っぽになり、魔術師の鮮やかな手品は、黒い煙の中で歪んで見えとるわ。……つまり、敵の陣形には『浪費』と『消耗』の暗示が出とる。あいつら、数に驕って兵糧の管理がガタガタや。……そこで『魔術師』の逆位置。うちらの『手品』の出番やわ」
うちはカードを指差し、不敵に笑った。
「真正面からぶつかるんやない。夜の間に、少数の部隊で敵の兵糧庫……つまり『お弁当箱』に火を放って、中身を空っぽにしてきなはれ! 腹を空かせた三千の軍勢は、必ず足並みが乱れて撤退を始めるわ!」
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「……兵糧を焼く。確かに理にはかなっているが……夜襲に気づかれれば、送り込んだ部隊は全滅だぞ。誰が行くというのだ」
島津のおっちゃんが渋い顔で唸る。
すると、広間の入り口に控えていた佐吉が、音もなくスッと立ち上がった。
「俺が行く。……夜の闇と、敵陣のど真ん中。逃げ場のない逆境なら、俺の『背水の修羅』の力が一番研ぎ澄まされる。……おばちゃんの言う通り、敵の弁当箱、全部ひっくり返してきてやるよ」
「よう言うた、佐吉! あんたのその泥臭さ、頼りにしてるで!」
うちはアイテムボックスから「メロン味」の飴ちゃんを取り出し、佐吉に投げ渡した。
「でも、それだけじゃ三千の敵は潰せへん。腹を空かせて撤退を始めた敵を、完全に『恐慌状態』に陥れるための、もう一つのハッタリが必要や。……島津のおっちゃん。砦の裏にある『白鳥山』に、目立つ旗を大量に立てなはれ。それも、とびきりハデなやつをな!」
その夜。
木枯ヶ野の砦に迫っていた日ノ向の三千の軍勢は、突如として陣の奥深くから上がった火の手にパニックに陥った。
夜の闇と、三千という圧倒的な敵の気配。一瞬だけ、佐吉の喉を「恐怖」が締め付けた。だが、口の中で転がすメロン飴の濃厚な甘さが、その人間らしい震えを、修羅の冷徹な闘争心へと変換していく。
闇に紛れて潜入した佐吉が、兵糧庫の厳重な見張りを二人、修羅の速さで音もなく無力化し、敵の『お弁当箱』に次々と火を放ったんや。
「米が! 兵糧が燃えているぞ!」
「敵襲だ! 敵はどこだ!?」
闇夜の中で右往左往する敵兵たち。
伊東家の部将の一人が、黒焦げになって崩れ落ちる米俵の山を前に、「……おわりだ。三千の兵糧が焼かれたなど、殿に報告できぬ……」と青ざめて膝をついた。
その混乱の中心で、佐吉は飴ちゃんの甘みで理性を保ちながら、致命傷を与えずに陣形だけをズタズタに掻き乱し、風のように撤退した。
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翌朝。
兵糧を失い、一晩中眠れずに腹を空かせた日ノ向の軍勢は、戦意を喪失し、早々に日ノ向へと撤退を始めようとしていた。
その時。彼らの視界の先、木枯ヶ野の背後にそびえる「白鳥山」の木々の間から、無数のハデな旗がバサバサと音を立てて姿を現したんや。
「な、なんだあれは! 山の中に、無数の軍旗が……!」
「あんなド派手な柄、見たことがない! 薩摩の伏兵だ! 大軍が山に隠れているぞ!」
日ノ向の兵たちが絶望の声を上げる。
無理もない。山にはためいているのは、うちがアイテムボックスに溜め込んでいた「ド派手なヒョウ柄のギャル服の予備」や、「金色のアイシャドウと蛍光リップで『極』と描き殴った即席の布切れ」を繋ぎ合わせたもんやったんやから。
兵なんておらへん。ただ、風になびくハデな服や布が……兵糧を焼かれて飢え、極限まで疑心暗鬼になっとった敵の目には、山を埋め尽くす『鬼神の軍勢』に見えたんや。
「敵の足並みが完全に崩れたぞ! さぁ、野郎ども! ヒョウ柄の軍師殿が作ってくれた最高の舞台じゃ! 腹を空かせた無様な敵の背中に、薩摩の牙を突き立てろ!」
「チェストォォォォォォッ!!」
島津のおっちゃんの号令とともに、砦に隠れていたわずか三百の薩摩兵が、雪崩を打って敵の背後へと突撃した。
大軍であるというハッタリに完全に騙され、飢えに苛まれていた三千の敵は、わずか三百の猛攻を前に統制を失い、同士討ちすら始めて蜘蛛の子を散らすように敗走していった。
「……ふぅ。大勝利やな」
うちは、砦の物見櫓からその様子を見下ろしながら、麦茶をごくごくと飲み干した。
横に立つリリルが、山のヒョウ柄の旗を見ておどおどと呟く。
「……おばちゃん。あのお洋服の切れ端で、敵さん、すっごくびっくりして逃げちゃったね。……でも、あれ……おばちゃんのお気に入りだったスカートも混ざってるよ……?」
「うるさいなぁ! 使えるもんは服でも何でも使うんがエコ(節約)やろ!」
リリルの鋭いツッコミを笑い飛ばしながら、うちはタロットをしまい、東の空――伊東家の本領である日ノ向の国を見据えた。
十倍の敵を打ち破る、木枯ヶ野の大勝利。
だが、これはまだ第一歩に過ぎへん。
「さてと。腹を空かせて大敗北した日ノ向の家臣どもは、今頃、自分たちの殿様に不満タラタラのはずや。……次は、うちの『特売チラシ(裏取引)』をばら撒いて、敵を内側から寝返らせるで! 天下統一の土台作り、ここからが本番や!」
おばちゃんの「お弁当理論」と「ギャル服のハッタリ」が炸裂した木枯ヶ野の戦い。
だが、これから始まるオカン流の調略は、血を流す合戦よりもはるかにえげつない。
日ノ向の国を内側から食い破る、恐るべきヘッドハンティングの幕が、今ここに切って落とされたんや。
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