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【完結】大阪のおばちゃん占い師、異世界に転生しギャルとなる ―運命は変わってへんで―  作者: 川原 源明
第7章:戦国大和郷! オカンの特売戦術と天下分け目の株主総会

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第83話 五千の敵と、修羅を飼い慣らす甘み

 俺の目の前には、文字通り「壁」のような軍勢が広がっていた。

 北の肥後から南下してきた五千の大軍。赤や黒の鎧を着た兵士たちが、地鳴りのような足音を立てて迫ってくる。

 対する俺の背後には、誰もいない。

 囮部隊として俺と一緒に前に出た郷中の若者たちには、早々に後退するように指示を出した。「ここから先は、俺一人で十分だ」と。

 五千対一。

 これ以上ないほどの、圧倒的な「逆境」。

 俺の身体の中で、血が沸騰するような熱が生まれ始めていた。

 生まれ持った呪われた力、『背水の修羅』。

 敵の数が多く、絶望的であればあるほど、際限なく闘争心と身体能力が引き上げられる異能。


 一瞬、視界が真っ赤に染まりかけた。

 殺せ。すべてを破壊しろ。

 そんな悪魔的な衝動が、俺の自我を内側から食い破ろうと牙を剥く。村を焼かれたあの日と同じ、恐怖と狂気に呑まれかける瞬間。

 だが、その暗い衝動を、口の中に広がる濃厚なメロンの甘みが強引に押し戻した。

 俺は、おばちゃんから渡された鮮やかな緑色の飴を、口の中で転がす。腹の底にズンとたまる不思議な満足感と温かさが、俺の魂を繋ぎ止める「理性の鎖」となって機能していた。

 狂気に呑まれることはない。

 俺は今、この恐ろしい力を完全に飼い慣らしている。


(……死なないさ。おばちゃんが『生きて泥すすって勝て』って言ったんだ)


「……いくぞ」


 俺は、刃こぼれした刀を強く握り直し、五千の敵の真正面へと向かって、たった一人で駆け出した。


===========


「なんだ、あのガキは!? 薩摩の兵は子供を盾にするのか!」

 敵の先陣を任されている騎馬武者たちが、俺を見て嘲笑の声を上げた。

 だが、その笑いが驚愕に変わるまでに、一秒もかからなかった。


「……遅い」


 俺の目には、馬の動きも、振り下ろされる槍も、すべてが止まって見えた。

 修羅の力によって極限まで引き上げられた身体能力が、俺の身体を羽のように軽くする。

 俺は馬の脚を縫うように滑り込み、馬の関節を刀の峰で強打した。

 馬が嘶きを上げて転倒し、乗っていた武者が泥の中に放り出される。俺はその武者の襟首を蹴りつけ、さらに後続の兵士たちの盾を次々と蹴り飛ばした。


「な、なんだこいつ! 動きが異常だ!」

「囲め! たかがガキ一人だ、串刺しにしろ!」


 数十人の兵士が怒号を上げて殺到してくる。

 四方八方から突き出される槍や刀。逃げ場のない包囲網。

 逆境が濃くなればなるほど、俺の力はさらに跳ね上がる。


「……おらぁッ!」


 俺は地面の泥を派手に蹴り上げ、敵の視界を奪いながら、その密集陣形の中を獣のように駆け抜けた。

 致命傷は与えない。ただ、鎧の継ぎ目を叩き、兜を弾き飛ばし、徹底的に「コケに」してやる。


「クソッ、ちょこまかと! 逃がすな!」

「あいつを殺せ! 我らの誇りを泥にまみれさせてやる!」


 敵の怒りが頂点に達したのを確認し、俺はニヤリと笑った。


(……よし。おばちゃんの言った通りだ)


「十倍の数で子供一人も殺せないのか! 肥後の兵なんて、カカシの集まりだな!」

 俺はありったけの声で挑発すると、背を向けて一目散に走り出した。

 向かう先は、外城の裏手にある、両側を切り立った崖に挟まれた細い谷底だ。

「待て! 逃がすかァァッ!」

 俺の挑発に完全に頭に血が上った敵の先陣が、陣形を崩して怒涛の勢いで追ってくる。それに釣られて、後続の五千の軍勢も、細い谷間へと雪崩れ込んでいった。


===========


 谷底を走る俺の背後に、地鳴りのような足音が迫る。

 狭い谷間に五千の兵が押し込められ、敵は完全に縦に間延びしていた。前の兵が急に止まれば後ろがつかえ、横に広がることもできない。


(『ライバルのおばちゃんらを、わざと狭い特売ワゴンの通路に誘導するんや』)


 おばちゃんが言っていた、よく分からない「スーパーの特売」の理屈。

 だが、その戦術の恐ろしさが、今ならはっきりと分かる。

 十倍の数に驕っていた敵は、完全に足元が留守になっていた。

 俺が谷の中腹にたどり着き、足を止めて振り返った時、敵の先陣は「追いついたぞ!」と勝ち誇った顔をしていた。

 だが、俺は刀を鞘に納め、空に向かって右手を高く突き上げた。


 それが、合図だった。


「――チェストォォォォォォッ!!」


 谷の両側の崖上から、耳を劈くような裂帛の気合が轟いた。

 直後、空気を切り裂く重低音とともに、見上げるほど巨大な丸太が、谷底の先陣のど真ん中へと叩き落とされた。

 ドゴォォォォンッ!

 凄まじい地響き。悲鳴すら上げる間もなく、数十人の兵と馬が泥の中にすり潰される。

 たったその一撃。それだけで、十倍の数に驕っていた敵の軍勢から「余裕」が完全に吹き飛び、戦場の空気が『死の恐怖』へと一瞬にして塗り替わった。


 島津のおっちゃんが率いる薩摩の伏兵たちだ。

 彼らは、木や草を身体に巻きつけて完全に気配を消し、この瞬間をじっと待っていたのだ。


「な、なんだ!? 伏兵だと!?」

「上から来るぞ! 盾を構え――ギャアアッ!」


 崖の上から、雨あられと岩や丸太が降り注ぐ。

 さらに、両側の山肌を滑り降りるようにして、示現流の気迫を全身に漲らせた若武者たちが、縦に間延びした敵の側面へと突撃を仕掛けた。

 肉と鉄がぶつかり合う、生々しく重たい音が谷間に響き渡る。


「退け! 退けぇッ! 罠だ、釣り野伏せだ!」


 敵の将が叫ぶが、もう遅い。

 狭い谷底に押し込められた五千の兵は、逃げ場を失い、完全にパニックに陥っていた。前は俺が塞ぎ、左右からは伏兵が襲いかかり、後ろは自分たちの味方で詰まっている。

 数の有利は、この特売ワゴン……いや、谷底では、かえって身動きを封じる致命的な弱点になっていた。


「……すげえ。本当に、五千の軍勢がひっくり返った」


 俺は、血と泥にまみれた谷底で繰り広げられる一方的な蹂躙を見下ろしながら、呆然と呟いた。

 気合で正面からぶつかっていれば、こっちは全滅していただろう。

 だが、おばちゃんの「生活の知恵」と、俺の「修羅の力」を囮に使うことで、圧倒的な兵力差を泥臭く見事に覆したのだ。


===========


 戦いは、半日もかからずに終わった。

 指揮系統をズタズタにされた肥後の軍勢は、武器を捨てて降伏するか、蜘蛛の子を散らすように北へと逃げ帰っていった。

 こちらの被害は、驚くほど少なかった。

 俺は、役目を終えて急に足の力が抜け、谷底の岩に背中を預けて座り込んだ。

 メロン飴の効果が切れかけ、全身の筋肉が悲鳴を上げている。だが、あの時のような心が壊れる感覚はなかった。


「……お疲れさん。よう頑張ったな、佐吉」


 頭上から、聞き慣れた声が降ってきた。

 見上げると、金色の髪にヒョウ柄のポンチョを羽織った静江のおばちゃんが、特大のゴミ拾いトングを肩に担いで立っていた。

 その後ろには、おどおどした小さなエルフの女の子、リリルが心配そうに俺を覗き込んでいる。


「おばちゃん……。俺、やったよ。五千の敵を、引きつけてやった」

「ああ、見事なもんやったで。あんたの鬼ごっこ、満点やわ」


 おばちゃんはしゃがみ込み、アイテムボックスから真っ赤な「イチゴ味」の飴を取り出して、俺の口に放り込んだ。

「これは体力回復の飴や。舐めて、しっかり休みや」

 イチゴの甘さが口に広がると、全身の痛みが嘘のように引いていく。

 本当に、このおばちゃんは何者なんだろうな。


 そこへ、血に染まった刀を持った島津のおっちゃんが歩み寄ってきた。

 彼は俺を見ると、深く頷いた。


「見事な囮であった、佐吉。お前のあの鬼神の如き働きがなければ、釣り野伏せは完成しなかった。……我が薩摩は、お前という勇者を決して冷遇はせん」


 そして、島津のおっちゃんはおばちゃんの方へ向き直り、歴戦の武将とは思えないほど深々と頭を下げた。


「静江殿。いや、我が軍師殿。お主の言う通り、命を一個しか持たぬ我らが、泥をすすって勝つための最高の戦であった。……この外城だけでなく、薩摩全土がお主の『生活の知恵』を必要としている」

「軍師ぃ? よしなはれ、うちはただの占い師や」


 おばちゃんはガハハと笑い、俺の頭を乱暴に撫でた。


「でもまぁ、こんだけ派手に暴れたんや。しばらくはここで、あんたらの『お悩み相談』に乗ったるわ」


 俺は、おばちゃんのポンチョの背中で揺れる『極』の文字を見つめた。

 村を焼かれ、すべてを失った俺の人生。

 だが、この派手で最強の占い師についていけば、本当に一番上まで登り詰められる気がした。


「……おばちゃん。俺、もっと強くなるよ。あんたの戦術に、一番応えられる武士になるからさ」

「その意気や。出世したら、一番高い着物、買うてもらうからな!」


 夕暮れの谷底に、おばちゃんの豪快な笑い声が響き渡る。

 俺の、そしておばちゃんの火の国での成り上がりの道は、この日、たしかに始まったのだった。


読んでくれてありがとうございます!


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