第82話 玉砕覚悟の薩摩武士と、オカン流『釣り野伏せ』
薩摩の外城に空き家を借りて、『占いの館・静』の暖簾を掲げてから数週間。
うちらの店は、驚くほど大繁盛しとった。
最初は「よそ者の怪しげな女」と警戒されとったけど、農民の天候占いから、若い娘さんの恋の悩み、さらには「今晩のおかず何がええか」なんていう主婦の相談まで、飴ちゃんとオカン節で的確に捌き続けた結果、今やすっかりこの村の「井戸端会議の中心」になっとる。
一方の佐吉はというと、地域の若者たちが連帯して厳しい鍛錬を行う『郷中』の集まりに揉まれ、毎日泥だらけになって木刀を振るっとった。
「……はぁっ、はぁっ……! まだだ、まだやれるッ!」
店の前の広場で、佐吉が年長の若者たち数人を相手に、狂ったような気迫で打ち合っとる。
実力差という「逆境」によって、彼の瞳にあの『背水の修羅』の危険な光が点滅し始めた。このままやと、また力に呑まれて暴走してまう。
「はいはい、そこまで! 佐吉、あんた肩に力入りすぎや!」
うちは広場に割って入り、アイテムボックスから取り出したオレンジ味の飴ちゃんを、佐吉の口にポイッと放り込んだ。
「んぐっ……。あ、おばちゃん……」
オレンジの甘酸っぱさが口に広がった瞬間、佐吉の瞳から修羅の光がスッと消え、年相応の少年の顔に戻ってその場にへたり込んだ。
「気合と殺気は別モンや。あんたのその力は、本当に守らなあかん時のために取っときなはれ。……ほら、兄ちゃんらも。休憩にして、これ舐めとき」
郷中の若者たちにも飴ちゃんを配っていると、広場の向こうから、ただならぬ殺気を漂わせた一団が足早に近づいてきた。
この外城を治める責任者であり、歴戦の武将である島津のおっちゃんや。その後ろには数人の重臣が付き従っている。
その顔には、いつもの鷹のような冷静さはなく、焦燥と悲壮感がべったりと張り付いとった。
「静江殿。……占いの最中にすまぬが、急ぎの通達だ」
島津が重々しい声でそう言うと、周囲の若武者たちの空気も一変した。
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店の奥、紫色の暖簾を下ろしたブースの中で、島津は絞り出すように口を開いた。
「……北の『肥後』を治める大名が、我が薩摩の領土を狙って、大軍を率いて南下してきた。その数、およそ五千。……対するこの外城でかき集められる兵は、農民を含めても五百に満たぬ」
十倍の兵力差。
それを聞いた瞬間、店の外で聞き耳を立てていた郷中の若武者たちが、一斉に血走った目を輝かせて立ち上がった。
「十倍の敵など恐るるに足らず! 示現流の気迫をもって、敵の真っ只中に突撃し、初太刀で敵将の首を叩き斬るのみ!」
「おおッ! 我ら薩摩武士の誇り、見せつけてやろうぞ! 命を捨てて、チェストォォォッ!」
広場から、悲壮な、やけど異様にテンションの高い怒号が響き渡る。
死ぬことを名誉とし、気合で実力差を覆そうとする、薩摩特有の「玉砕覚悟」の熱狂や。
島津もまた、深く目を閉じ、死を覚悟した武士の顔になっとった。
「……若者たちの言う通りだ。我らはこの外城を枕に討ち死にする覚悟。だが、静江殿、お主らは旅の者。戦に巻き込むわけにはいかん。……荷物をまとめ、直ちにこの村から南へと逃げるがいい。これは外城の長としての、最後の忠告だ」
「……」
うちは無言で、机の上に置いてあったお茶の湯呑みを、ドンッ! と大きな音を立てて叩きつけた。
その音に、島津がビクッと肩を揺らす。
「……アホか。あんたら、揃いも揃って脳みそまで筋肉でできとんのか!」
うちは立ち上がり、ヒョウ柄のポンチョをバサッと翻して、島津の鼻先をビシッと指差した。
「命は一個しかないんやで! 死んで花実が咲くかいな! 気合で五千の軍勢が吹っ飛ぶなら、誰も苦労せえへんわ! 『死ぬ気で突っ込む』なんて、思考停止の逃げやろが!」
「なっ……! 我ら薩摩の誇りを侮辱するか!」
「誇りで飯が食えるんか! 守るべき村があるんやろ! 生きて、泥すすってでも勝つんが、本当の『合理』とちゃうんか!」
うちの凄まじいオカン節に、歴戦の武将である島津が、思わず口をパクパクさせて言葉を失った。
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「……ええから、座りなはれ。突っ込むにしても、まずは『風向き』を見てからや」
うちはアイテムボックスからタロットカードを取り出し、机の上にバシッ、バシッと乾いた音を立てて展開した。
出たのは、『戦車』の逆位置、そして『悪魔』の正位置や。
「よう見ときや。この『戦車』の逆位置はな、うちらやのうて、南下してくる敵の軍勢に色濃く出とるわ。十倍の数に驕って、完全に油断しとる。暴走と無計画や。正面から来ると分かってるから、足元がお留守になっとるんやわ。……それに『悪魔』の正位置。これは『誘惑』と『罠』の暗示や」
うちはカードの絵柄をなぞりながら、島津の顔を覗き込んだ。
「真正面からぶつかるんやない。少数でわざと敵の正面にちょっかいを出して、『あいつら逃げよったぞ!』って思わせて、細い谷底かどこかへ誘い込みなはれ。敵が狭い場所で縦に間延びしたところを、左右の山から伏兵で袋叩きにするんや!」
うちの提案を聞いた瞬間、島津の目が見開かれ、顎の髭がワナワナと震え出した。
「な、なんと……! 正面から少数で当たり、退却を装って敵を誘い込み、三方から包囲する……。それは、我が薩摩に古くから伝わる幻の戦術、『釣り野伏せ』ではないか……! 占い師殿、お主、ただの女ではないな。軍略の才すらあるというのか!」
「軍略ぅ? そんな大層なもんちゃうわ」
うちは呆れたように鼻で笑った。
「これはな、スーパーの特売日でおばちゃんらが使う『生活の知恵』や。……ライバルのおばちゃんらを、わざと狭い特売ワゴンの通路に誘導して、その隙に自分が一番ええ肉を横からかっさらう。それと全く同じ理屈やわ!」
島津は「ス、スーパー……?」と首を傾げたが、その瞳にはすでに「玉砕」の悲壮感はなくなり、冷徹な「戦術家」としての光が戻っとった。
「……なるほど。示現の気迫を囮に使い、敵の驕りを突く。これ以上ないほどに理にかなっている。……だが、静江殿。その囮となる部隊は、十倍の敵の真正面に立ち、退却するまで攻撃を耐え凌がねばならぬ。最も危険で、生還が難しい役目だ。誰に任せる……?」
島津の問いに、うちはニヤリと笑い、店の外で立ち聞きしていた一人の少年に視線を向けた。
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「……おるやろ。圧倒的な人数差という『逆境』であればあるほど、修羅のように強くなる、うってつけのガキが」
うちの視線の先。
泥だらけの着物を着た佐吉が、ゆっくりと暖簾をくぐって店に入ってきた。
その両目には、恐怖やない。自分の力を試すことができるという、ヒリヒリするような野心の炎が燃え上がっとる。
「……おばちゃん。俺に、やらせてくれ」
佐吉は島津の前に進み出ると、深く頭を下げた。
「俺の力、『背水の修羅』は、敵の数が多ければ多いほど、逃げ場がなければないほど研ぎ澄まされる。五千の敵の正面に立つ囮役……俺以上に適任はいないはずだ」
「佐吉、お前……。まだ元服も済んでおらぬ子供だぞ。死ぬ気か!」
島津が止めるが、佐吉は顔を上げ、うちの顔を見て不敵に笑った。
「死なないさ。……おばちゃんが『生きて泥すすって勝て』って言ったんだ。それに、俺は一番上まで登り詰めるって約束したからな」
「……よう言うた。その意気や」
うちはアイテムボックスから、鮮やかな緑色の「メロン味」の飴ちゃんを取り出し、佐吉の掌に握らせた。
「腹が減っては戦はできん。これを舐めて、五千の敵を相手に、思いっきり『泥臭い鬼ごっこ』をしてきなはれ! 敵の足並みが乱れたら、あとは島津のおっちゃんらが、山から一網打尽にしたるわ!」
「ああ! 任せておけ!」
佐吉が飴を口に放り込み、外城の広場へと駆け出していく。
島津もまた、「総員、山の伏兵に回れ! 囮は佐吉に任せる! 泥をすすってでも、我ら薩摩の土地を守り抜くぞ!」と、理にかなった号令を響かせた。
「……おばちゃん、佐吉お兄ちゃん、大丈夫かな……?」
リリルが、うちのポンチョの裾をギュッと握りしめて見上げてくる。
「大丈夫や。あのバカ殿どもに、おばちゃんの『生活の知恵』の恐ろしさ、たっぷり教え込んだるわ」
戦乱の島国、大和郷。
おばちゃんの泥臭い『占いの戦術』と、修羅の少年の初陣が、今、赤土の戦場を舞台にして、高らかに幕を開けようとしとったんや。
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