第81話 薩摩の郷中と、オカン流の超合理戦術
タロットカードの示す「南」へと歩き続けて数日。
うちらが辿り着いたのは、薩摩の中心地から少し離れた、巨大な山城を背後に抱える広大な村やった。
ただの農村やない。村の周囲には堀が巡らされ、家々は防衛陣地のように配置されとる。すれ違う農民たちは皆、鍬や鎌と一緒に、腰に刀を差しとった。
『外城』と呼ばれる、村全体が軍隊の駐屯地を兼ねている、薩摩特有の武装農村や。
「……おばちゃん、ここ、なんだかみんなピリピリしてるよ」
リリルが、うちのポンチョの裾をギュッと掴んで、尖った耳をペタンと伏せとる。
無理もない。村の広場からは、朝から晩まで「チェストォォッ!」という、喉が裂けんばかりの凄まじい気合の籠もった叫び声と、木刀が打ち合う激しい音が響き渡っとるんやから。
広場を覗くと、佐吉と同じくらいの歳の少年たちから、二十歳前後の若者たちまでが、数十人単位で集まって、狂ったように木刀を振り下ろし続けとった。
「すげえ……。あれが、薩摩の武士たちか」
佐吉が、目を輝かせてその光景を見つめとる。
「あれは『郷中』っちゅう集まりやな。……道行く人に聞いたわ。この国じゃ、武士は家やのうて、地域の子供らが集まって、年長者が年少者を鍛え上げるんやて」
うちは腕を組み、泥だらけになって稽古する少年たちを眺めた。
連帯責任で厳しく鍛えられ、強烈な団結力と自己犠牲の精神を叩き込まれる。それが薩摩の強さの根源らしい。
佐吉はゴクリと唾を飲み込むと、迷うことなく広場へと足を踏み入れた。
「……頼む! 俺を、あんたらの仲間に入れてくれ! 俺は、強くなりたいんだ!」
佐吉の悲痛な叫びに、広場の稽古がピタリと止まった。
数十人の視線が、ボロボロの着物を着たよそ者の孤児に突き刺さる。
集団の中から、一際体格のええ、リーダー格らしき十七、八歳の若者が進み出てきた。
「……よそ者が、薩摩の郷中に何用か。ここは遊び場ではない。帰れ」
若者の冷たい言葉に、佐吉はギリッと歯を食いしばった。
「帰れない! 村を焼かれたんだ! 俺は武士になって、一番上まで登り詰めるって決めたんだ! だから、俺を試してくれ!」
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「……口だけは達者なようだな。ならば、その覚悟、木刀で示してみよ!」
若者が、佐吉の足元に使い込まれた木刀を蹴り飛ばした。
佐吉はそれを拾い上げ、構える。
だが、相手は郷中のリーダー格。体格も、積み上げてきた修練の量も、圧倒的に違う。
「チェストォォッ!」という裂帛の気合とともに振り下ろされた若者の木刀が、佐吉の防御を容易く弾き飛ばし、その肩を強打した。
「ぐはっ……!」
佐吉が泥だらけになって転がる。
だが、彼はすぐに立ち上がった。その両目に、あの『背水の修羅』の恐ろしい光がチカチカと点滅し始める。
実力差という「逆境」が、彼の闘争心を無理やり引き上げとるんや。
「……まだだッ!」
佐吉が獣のように飛びかかるが、若者は冷静にそれを捌き、今度は佐吉の足を払って転倒させた。
何度倒されても、佐吉は立ち上がる。そのたびに体に打撲が増え、息が荒くなっていく。
気合と根性だけで、圧倒的な実力差が覆るわけやない。このままやと、佐吉の体が修羅の力に耐えきれずに壊れてまうわ。
「……ちょっと待ちなはれ!!」
うちは広場にズンと踏み込み、特大のゴミ拾いトングで、若者が振り下ろそうとした木刀をガチン! と挟み込んで止めた。
「なっ……女!? 貴様、神聖な立ち合いに水を差す気か!」
「アホか! 神聖もクソもあるかいな! 死ぬまで叩き合うのが稽古やないわ!」
うちは腰に手を当て、若者を鋭く睨みつけた。
そして、膝をついている佐吉に向かって、容赦ない怒声を浴びせた。
「佐吉! あんた、気合だけで勝てると思てんのか! 相手はあんたよりデカくて速いんや! 真正面からぶつかって、勝てるわけないやろが!」
「お、おばちゃん……。でも、俺は……逃げない……!」
「逃げるんやない、頭を使えっちゅうてんねん!」
うちは懐からタロットカードを取り出し、若者の目の前でバシッと一枚展開した。
「『愚者』の逆位置! 足元の不注意と、無計画な突進や! ……ええか、佐吉! この兄ちゃん、木刀を振り被る時に『チェスト』言うて、全身の力を上に込めとる! つまり、その瞬間だけ、足元が完全に留守になっとるんやわ!」
うちの言葉に、若者の顔がピクリと引きつった。
「次、相手が振り被った瞬間、横に転がって泥を相手の顔に蹴り上げなはれ! 相手が怯んだ隙に、膝の裏(関節)を全力で叩く! 泥臭くても、勝つんが一番の『合理』や!」
武士の誇りもクソもない、おばちゃんの「超・実利主義」なアドバイス。
だが、底辺から這い上がろうとする佐吉にとって、それは何よりも欲しかった「勝つための道筋」やった。
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「……いくぞッ!」
佐吉が再び木刀を構える。
若者が怒りに任せて「チェストォォッ!」と木刀を天段に振り被った、その瞬間。
佐吉は真正面から受けず、うちの指示通りにゴロリと横へ転がり、足元の泥を若者の顔面めがけて派手に蹴り上げた。
「ぬぉっ!?」
目に泥が入った若者の動きが、一瞬だけ止まる。
佐吉はその隙を逃さず、地を這うような低い姿勢から、若者の無防備な膝の裏へと、全体重を乗せた一撃を叩き込んだ。
「ぐっ……ぁぁっ!」
さしもの屈強な若者も、関節を正確に抜かれては堪らない。
バランスを崩し、ドサリと広場の泥の中に膝をついた。
佐吉の木刀の切っ先が、若者の喉元にピタリと突きつけられる。
「……そこまでだ」
広場の奥から、低く、威厳のある声が響いた。
郷中の若者たちが一斉に道を空け、深々と頭を下げる。
現れたのは、着流し姿の壮年の男。顔には幾つもの刀傷があり、歴戦の武将であることを無言で語っとる。
この外城を治める、郷中の責任者やろう。
「お見事。体格と技量の差を、一瞬の機転と地の利で覆した。……いや、その助言を与えた、そこの派手な出で立ちの女。お前、ただの旅人ではあるまい」
男が、鋭い鷹のような目でうちを見据えた。
「うちは静江。しがない占い師やわ。……おっちゃん、薩摩の武士は気合と根性ばっかりかと思てたけど、あんたは話が分かりそうやな」
うちはタロットを仕舞い、ニカッと笑った。
「いかにも。我が薩摩は、示現の気迫を重んじるが、同時に戦に勝つための『冷徹な合理』を何よりも尊ぶ。……お前のその占星の術、そして泥をすすってでも勝機を掴もうとするその少年の渇望。……悪くない」
男は満足げに頷き、泥だらけの佐吉に向かって口を開いた。
「少年、名を何という」
「……佐吉、だ」
「良い目をしている。今日から郷中の末席に加わることを許そう。……ただし、ここから先は己の実力で這い上がれ」
佐吉の顔が、パァッと明るく輝いた。
彼は木刀を下ろし、深々と、泥に額がつくほど勢いよく頭を下げた。
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「静江とやら。お前たちも、この外城に滞在するが良い。その奇妙な占いの術、我が兵たちの鍛錬に役立つやもしれん」
武将の粋な計らいにより、うちらはこの薩摩の外城に、正式に「滞在許可」をもらうことができた。
「おおきに、おっちゃん! ほな、さっそく村の空き家借りて、『占いの館』の看板出させてもらうで!」
うちはリリルの手を引きながら、ガハハと笑った。
リリルもホッとしたように、うちのポンチョの裾を握りしめて微笑んどる。
「……おばちゃん、佐吉お兄ちゃん、勝ててよかったね。……でも、おばちゃんのアドバイス、すっごく……ずるかったよ?」
「アホ! 戦いにおいて、ずるいは最高の褒め言葉や! 使えるもんは泥でもカードでも全部使う! それがおばちゃんの『生活の知恵』や!」
夕暮れの薩摩の空に、うちの高笑いと、佐吉が郷中の仲間たちに囲まれて揉まれる賑やかな声が響き渡る。
戦国乱世の火の国で。
修羅の少年、天下に向けた泥臭い「成り上がり」の第一歩が、ついに力強く踏み出されたんや。
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