第80話 焼け跡の少年と、背水の修羅
薩摩と呼ばれる火の国の領内に入ってすぐに見つけた、黒煙を上げる無惨な村の跡地。
うちらが丘を下ってその焼け跡に足を踏み入れると、鼻を突くのは焦げた木の匂いと、生々しい血の匂いやった。
村の広場やったであろう場所には、ボロボロの鎧を着た野武士や野盗らしき連中が、何十人も束になって倒れとる。遠くの森へ向かって、這うようにして逃げ去っていく奴らの姿も見えた。
「……お、おばちゃん。……いっぱい、人が倒れてる。……怖いよ」
五歳のエルフの弟子、リリルが、うちのスカジャンの裾をギュッと強く握りしめて震えとる。
うちは彼女を庇うように背中に隠し、静かに広場の中央を見据えた。
何十人もの大人たちを退け、この凄惨な状況を作り出した「中心」。
そこには、刃こぼれしてひん曲がった刀を杖代わりにして、息も絶え絶えに立っている、一人の少年がおった。
年は十三か十四くらいやろうか。着物はボロボロに引き裂かれ、体中が泥と血にまみれとる。
やけど、その両目だけは爛々と、鬼のように恐ろしい光を放ちながら、周囲をギョロギョロと威嚇しとった。
「……来るな。俺の村を焼いた奴らの、残党か。……まだだ、俺はまだ、戦えるぞ……ッ!」
少年は、うちらの姿を認めるなり、折れた刀を構え直した。
その体から立ち上る「殺気」は、大人顔負け……いや、戦場を何十度もくぐり抜けた歴戦の武将すら凌駕するほどの、異常な濃密さやった。
「……リリルちゃん、ちょっとここで待っとき」
うちはアイテムボックスから水晶玉を取り出し、両手でそっと触れた。
視界がカチッと切り替わる。水晶を通して見えたのは、少年の背後にすがりつくようにして浮かび上がった、血まみれの農夫の霊――さっき殺されたばかりの、この村の大人か、あるいは彼のお父ちゃんやろうか。
その守護霊が、泣きそうな顔でうちに向かって必死に訴えかけてきたんや。
『……どうか、あの子を止めてくれ。あの子は「背水の修羅」という恐ろしい業を持って生まれたんだ……』
守護霊の悲痛な声が、水晶越しにうちの耳に直接響く。
『敵との人数差が開き、逃げ場のない「逆境」になればなるほど、修羅の如く闘争心と身体能力が底上げされる呪われた力……。一人で村を守ろうと、あの子はわざと逃げ道を絶ち、極限まで己を追い込んであの野盗どもを退けた。だが、このままでは修羅に呑まれて心が壊れてしまう……!』
「……なるほどな」
たった一人で、何十人もの武装した大人たちを相手に立ち回り、何とか追い払えたのは、その狂気じみた力が極限まで引き出された結果なんや。
(……この子、もしこのまま大軍を率いるような立場になったら、どんな逆境でもひっくり返して、あっという間に国を獲ってまうくらいのバケモノになる器やで)
でも、今は違う。
ただの、村を焼かれて帰る場所を失った、傷だらけの孤児や。
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うちは水晶玉をアイテムボックスに仕舞い込んだ。
その瞬間、指先から氷のような冷たさが這い上がり、頭の奥でズキズキと嫌な痛みが走った。
これやから霊視はキツいんや。他人の強い念や守護霊の悲痛な思いと深く繋がると、精神的なスタミナをごっそり持っていかれる。視界の端にザザッとノイズが走り、一瞬だけ、前世の大阪のスーパーで見た「タイムセール・半額シール」の幻覚が重なって見えたわ。
(……あかん、知恵熱出そうや。でも、ここで倒れるわけにはいかへん!)
うちは震える手でこっそりとハチミツ味の飴ちゃんを口に放り込み、ガリッと噛み砕いて無理やりノイズを散らした。
「……おい、そこの女。派手な格好をして、俺を油断させる気か。……近づけば、斬るぞ!」
少年が、ギリッと歯を食いしばって吠える。
うちは、彼から放たれる凄まじい殺気をどこ吹く風と受け流しながら、厚底ブーツを鳴らしてズンズンと距離を詰めた。
「アホか。こんなヒョウ柄着た野盗がどこにおるっちゅうねん。……あんた、これだけ人数差がある中でよう頑張ったな。でも、もう敵は逃げたわ。戦いは終わりや」
「……うるさい! 俺は、俺は強くならなきゃいけないんだ! 誰も守れなかった……だから、俺が一人で全部殺して……!」
少年が、ふらつく足でうちに向かって刀を振り上げようとした、その瞬間やった。
うちは彼の懐にスッと入り込み、アイテムボックスから取り出した鮮やかな緑色の「メロン味」と、黄色の「レモン味」の飴ちゃんを二つ同時に、その口の中にポイッと放り込んだ。
「んぐっ……!? な、なにを……毒、か……!?」
「ええから黙って舐めなはれ! おばちゃんのお節介や!」
少年は吐き出そうとしたが、強烈なメロンの甘さと、レモンの爽やかな酸味が、彼の舌の上でジュワッと弾けた。
その瞬間。
彼を支配していた『背水の修羅』の異常な闘争心と、周囲を威圧していたドス黒い殺気が、嘘のようにスゥッと霧散していった。
空きっ腹を満たすズッシリとした満足感と、傷ついた体を癒す温かさが、彼の張り詰めていた神経の糸を強制的に断ち切ったんや。
「……あ……。あれ……?」
少年の目から、鬼のような光が消えた。
手からカランと音を立てて刀が落ちる。
そして、張り詰めていたものが切れた彼は、年相応の少年の顔に戻り、ボロボロと大粒の涙を流しながら、その場にへたり込んだ。
彼の背後におった守護霊のお父ちゃんも、「ありがとう……」と安堵の笑みを浮かべて、光となって空へ昇っていった。
「……ううっ……。村が……俺の村が……。父ちゃんも、母ちゃんも……!」
「……うん、よう頑張った。しんどかったなぁ」
うちはしゃがみ込み、泥と血にまみれた少年の頭を、少しだけ乱暴に撫でてやった。
彼はうちのスカジャンの裾をギュッと握りしめ、子供のように声を上げて泣きじゃくった。
リリルも小走りで駆け寄ってきて、彼のおでこにそっと手を当てて心配そうに見つめとる。
「……おばちゃん。このお兄ちゃん、もう怖くないよ。すっごく、悲しそうに泣いてる」
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しばらくして、少年は泣き疲れ、うちから渡された水筒の水をゴクゴクと飲み干した。
飴ちゃんの効果で、傷の痛みもかなり引いたみたいや。
「……あんた。俺に何をしたんだ。……不思議と、体が軽くなった。……俺の名前は、佐吉だ」
佐吉と名乗った少年は、少しだけバツが悪そうに、けれど真っ直ぐな目でうちを見上げてきた。
「うちは静江。ただの通りすがりの占い師や。……佐吉、あんたこれからどうするつもりや。村は焼かれてしもうたけど、親戚とか頼れる大人はおるんか?」
佐吉は首を横に振った。
その瞳の奥に、再び強い光が宿る。でもそれは、さっきのような狂気じみた殺気やない。
自分の力で生きていこうとする、したたかな野心と覚悟の光や。
「……いない。でも、俺はこのままじゃ終わらない。……この力を使って、武士になって、偉くなって……二度とこんな思いをしなくていいように、一番上まで登り詰めてやるんだ」
「……大きく出たな。でも、嫌いじゃないで、そういうの」
うちはニカッと笑い、膝の上にタロットカードを展開した。
バシッ、バシッと乾いた音が、静まり返った焼け跡に響く。
「……よし、佐吉。あんたが一番上まで登り詰めるための『道しるべ』、おばちゃんが占ったるわ。うちらも、腰を据える場所を探しとったところやからな」
めくったカードは、『戦車(The Chariot)』の正位置と、『星(The Star)』の正位置。
「……出たで。よう見ときや、佐吉。『戦車』は燃えたぎる炎のような勢いと前進力、『星』は希望の指針や。この二つが重なるっちゅうことは、太陽が一番熱く高く昇る方角……つまり『南』に向かえって言うとるんやわ。ここからさらに南の方角へ向かって歩き続けなはれ。そこに、あんたの運命を切り開く大きな流れと、うちらの新しい『占いの館』の場所があるみたいや」
「南……。炎と希望の方角か。分かった、俺、行くよ」
佐吉が力強く立ち上がる。
うちは、パイプ椅子を片付け、ポンチョの埃を払った。
「リリルちゃん、出発やで。……佐吉、あんたが偉くなるまで、しばらくおばちゃんが面倒みたるわ。出世したら、一番高い着物でも買ってもらうからな!」
「あ、ああ! 任せとけ!」
戦乱の大和郷、火の国・薩摩。
おばちゃんと、小さなおどおどツッコミ弟子、そして「後に国を獲るかもしれない修羅の少年」。
奇妙な三人組の旅は、タロットの示す南の地へと向かって、力強く歩み始めたんや。
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