第79話 堺の港町と、タロットの導くままに
大嵐を乗り越え、ついに辿り着いた東の島国、大和郷。
うちらの乗った船が錨を下ろしたのは、この国でも最大の商業拠点とされる活気あふれる巨大な港町、『堺』やった。
船を降りて石畳の土を踏んだ瞬間、うちの鼻腔をくすぐったのは、紛れもない醤油と出汁の香ばしい匂いやった。
「……おおぉぉ……! ほんまに、映画村のセットの中に入り込んだみたいや!」
うちは、ヒョウ柄のポンチョを翻しながら、目をキラキラさせて周囲を見渡した。
港町に立ち並ぶのは、石造りの洋館やない。木造の長屋に、見事な瓦屋根。通りを行き交う人々は、色とりどりの着物や作務衣を羽織り、頭にはちょんまげを結った男たちや、日本髪を結い上げた女たちの姿がある。
カラン、コロンと下駄の鳴る音が、なんとも風流やないか。
「……お、おばちゃん。みんな、すっごくヒラヒラしたお洋服着てるね。……でも、わたしたちのこと、すっごく見てるよ……?」
五歳のエルフの弟子、リリルが、うちのポンチョの裾に隠れながらおどおどと呟いた。
無理もない。金髪のエルフの子供と、背中に『極』の刺繍が入ったスカジャンを着た派手なギャルのおばちゃん。この和風ファンタジーな町並みの中では、うちらは完全に「異世界のエイリアン」や。
「ええねんええねん、目立ってナンボや。……さぁて、まずはルミナで留守番してるうちの『家族』に、無事到着の報告せなあかんな」
うちは堺の港にある問屋街に向かい、西の大陸へ戻るという恰幅のええ商人を捕まえた。
そして、アイテムボックスからこっちで早速買い求めた「和紙」を取り出し、筆でサラサラと手紙をしたためた。
『エルゼちゃん、アレン、カイル、クレア。
無事に大和郷に着いたで! 船旅は色々あったけどな、こっちはホンマに時代劇の世界や。
ご飯も出汁が効いてて美味しくて、おばちゃんテンション上がりっぱなしやわ。
同封したんは、こっちの特産品の『干物』と、みんなでお揃いの『手ぬぐい』や。
剣の稽古や仕事で汗かいたら、これ使いなはれ。
うちはこれから、この国のどこかに『占いの館』の新しい拠点を構えるつもりや。
また、腰を据える場所が決まったら手紙出すわ。
みんな、風邪引かんようにな。
――静江より』
「おっちゃん、これ、ルミナ商業ギルドのバネッサさん宛に頼むわ。送料はこれでええか?」
うちは手紙と、お土産がパンパンに詰まった風呂敷包みを商人に渡し、大和郷で換金した銀貨を何枚か握らせた。
「へい! 確かに承りましたぜ、異国の姉さん! しかし、えらい派手な出で立ちで……どこぞの異国から来た旅芸人か、踊り子さんかい?」
商人がうちの金髪とヒョウ柄のポンチョをまじまじと見つめて首を傾げる。
「アホな。誰が踊り子やねん。うちはこう見えても、西の大陸じゃちょっと名を知られた占い師やで」
うちはニカッと笑い、アイテムボックスから使い込まれたタロットカードを取り出して、商人の目の前でシャシャッと扇状に広げてみせた。
「へぇ、そいつは驚いた! 占い師さんかい。なら、この大和郷でもきっと繁盛するだろうよ。気をつけて旅を続けな!」
商人と景気良く別れ、うちはリリルの手を引いて堺のメインストリートへと歩き出した。
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「さてと。リリルちゃん、お腹空いたやろ。まずは腹ごしらえや」
うちらが暖簾をくぐったのは、港のすぐ近く、潮風が吹き抜ける街道沿いの『港の茶屋』やった。
店先の縁台に腰掛けると、威勢のええ茶屋の娘さんが、熱いお茶と、みたらし団子を運んできてくれた。
「……んん〜っ! これや、これ! この甘辛い醤油のタレと、焦げ目のついたお餅のハーモニー! 五臓六腑に染み渡るわぁ!」
うちは団子を頬張りながら、感動のあまり天を仰いだ。
リリルも、最初は見慣れない黒いタレにビクビクしとったけど、一口食べると目をまん丸くして「あまーい!」と喜んでバクバク食べ始めとる。
「……おばちゃん、すっごく美味しいね。……でも、おばちゃん、それもう五本目だよ……? 食べ過ぎると、お腹壊すよ……?」
「うるさいなぁ、成長期やからええねん! 不老不死やから太らへんし!」
リリルの純粋なド正論ツッコミを華麗にスルーしつつ、うちはお茶をすすりながら、縁台の上にタロットカードを展開した。
バシッ、バシッと、乾いた音が茶屋に響く。
「……さて。お腹も膨れたし、今後の身の振り方や。この堺の港町、活気があってご飯も美味しいし、ここに『占いの館』を開くのも悪くないんやけどな」
うちは三枚のカードを展開し、表に返した。
出たのは、『愚者』、『戦車』、そして『隠者』。
すべてが、「旅立ち」「前進」「探求」を示すカードや。
「……あちゃー。どうやら、ここは『うちの居場所』やないみたいやな。堺みたいな商売の街より、もっと遠くへ進めってカードが言うとるわ」
「おばちゃん、どこに行くの?」
「カードの向きと風の運気を総合すると……南西の方角やな。なんだかえらい熱い『火』の気配がするわ。あそこに、うちが本当に掃除せなあかん相手がおるみたいやで」
うちはカードを懐にしまい、立ち上がって茶代を払った。
美味しい団子と活気ある堺の街に後ろ髪を引かれつつも、おばちゃんと小さな弟子は、タロットの導くまま、大和郷の南西へと続く長い街道を歩き始めた。
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それからの数日は、まさに「時代劇の旅ガラス」そのものやった。
うちらは宿場町を越え、関所を抜け、南西を目指してひたすら歩き続けた。
「おばちゃん、また『戦車』のカード出てるよ。歩けって言ってる」
「鬼の行軍か! おばちゃんの足、厚底ブーツやからえらい疲れるんやで!」
文句を言いながらも、うちらの旅は続いた。
だが、堺の港町を遠く離れ、南西の地へと近づくにつれて、のどかだった大和郷の風景に、少しずつ異変が混じり始めた。
すれ違う旅人や農民たちの顔から笑顔が消え、誰もが下を向いて足早に歩くようになってきたんや。
街道沿いには、手入れされずに荒れ果てた田畑が目立ち始め、時折、ボロボロの鎧を着た「野武士」や「落ち武者」のような物騒な連中が、遠くの森からうちらを値踏みするように睨んでくるようになった。
「……おばちゃん。なんだか、空気がチクチクする。……怖いよ」
リリルが、うちのスカジャンの裾をギュッと強く握りしめた。
彼女のエルフとしての直感、そして占い師の弟子としての感性が、この大地に染み付いた「血と暴力の匂い」を敏感に感じ取っとるんや。
「……せやな。堺の港は平和やったけど、大和郷の地方は、ガッツリ『戦国乱世』の真っ只中みたいやわ。あちこちの大名が領地を争って、民草がその下敷きになっとる」
うちは水晶玉を取り出し、周囲の気を探った。
王都の権力闘争のような「ドロドロした陰湿な汚れ」とは違う。ここは、もっと直接的な「死」と「暴力」、そして「生きるための飢え」が、大地に泥のようにこびりついとる。
「……でもな、リリルちゃん。人が一番占いを必要とするんは、こういう明日も見えへんような場所や。おばちゃんが腰を据えるべき『ゴミ屋敷』は、きっとこの南西の地のどこかにあるはずやで」
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さらに数日後。
道行く人から『薩摩』と呼ばれる火の国の領内へと入り、太陽が西の山に沈みかけ、空が赤黒く染まり始めた夕暮れ時。
うちらは、小高い丘の上の峠道で足を止めた。
風が、奇妙な熱気と、嫌な匂いを運んできたからや。
「……おばちゃん。風が……泣いてる。それに、すっごく焦げくさいよ」
リリルの言葉に、うちは無言でタロットを引いた。
めくったカードは、『塔(The Tower)』の正位置、そして『運命の輪(Wheel of Fortune)』の正位置。
破滅と崩壊。しかし、そこから始まる「抗えない運命の出会い」。
うちは丘の頂上に立ち、眼下に広がる景色を見下ろした。
そこにあったのは、平和な宿場町でも、豊かな農村でもなかった。
つい先ほど、何者かの軍勢によって焼き討ちに遭ったばかりの……黒煙を上げ、家々が焼け落ちている、無惨な村の跡地やった。
「……どうやら、目的地に着いたみたいやな」
うちは、アイテムボックスから「特大ゴミ拾いトング」を取り出し、ガチンと鳴らした。
カードが激しく自己主張しとる。
あの焼け跡に、うちがこの大和郷で面倒を見なあかん「特大の迷い羊」が、泥と灰にまみれてうずくまっとるはずや。
「リリルちゃん、しっかりおばちゃんの背中につかまっときや。……大掃除、ここからが本番やで!」
燃え盛る村の煙を睨みつけ、厚底ブーツが土を蹴る。
時代劇のセットのような観光気分は、完全に吹き飛んだ。
戦国乱世のド真ん中、火の国・薩摩で、おばちゃんの新たなる「出張鑑定」の幕が、今、赤々と燃え上がる炎と共に切って落とされたんや。
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