第77話 食糧庫のネズミと、小さなおどおどツッコミ
幽霊船のタクシーを乗り捨てて到着した中継の港町から、大和郷行きの大型帆船に乗り換えて、数日が経った。
この海域の風は冷たく、潮の匂いにはどこか東洋の香辛料のような独特のツンとした香りが混じり始めとる。
うちは、甲板の木箱に腰掛け、ピンクブロンド……いや、魔族領からこっち、すっかり元の色に戻した茶色の綺麗なロングヘアを潮風になびかせながら、退屈な船旅を満喫しとった。
……と言いたいところやけど、今日は朝から船の空気がえらいピリピリしとる。
「……また減っている! 昨日数えた干し肉と、固焼きパンの数が合わねえぞ!」
船長の怒鳴り声が、甲板の下から響いてきた。
どうやら、出航してからというもの、船の貴重な食糧が少しずつ何者かに食い荒らされているらしい。
「船長、巨大なネズミか、それとも水夫の中に手癖の悪い泥棒でもいるんじゃないですか!?」
「バカ野郎、うちの若い衆にそんな卑しい真似をする奴はいねえ! もし密航者なら、見つけ次第海に放り込んでやる!」
水夫たちが松明を片手に、船の奥へとドタドタと駆け込んでいく。
殺気立つ船乗りたちを横目に、うちは「やれやれ」と溜息をついて、アイテムボックスから使い込まれたタロットカードを取り出した。
いくらなんでも、血の気の多い男たちが狭い船内で疑心暗鬼になるんは、気分のええもんやない。
うちは膝の上にカードを展開し、原因をサクッと占ってみることにした。
「……『隠者』の正位置、それに『月』の逆位置か」
出たカードを見て、うちは小さく頷いた。
隠者は「暗くて狭い場所に隠れ潜む者」、月の逆位置は「不安から逃れてきた」ことを示しとる。
しかも、カードから伝わってくる波長は、凶悪な泥棒のそれやない。もっと小さくて、弱々しくて、怯えきった魂の震えや。
「……しゃあない。血の気の多い兄ちゃんらに見つかる前に、おばちゃんが先に保護したろか」
うちはスカジャンの襟を立て、厚底ブーツの音を忍ばせながら、船の最下層にある食糧庫へと向かった。
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食糧庫の中は、ランプの光も届かないほど薄暗く、カビと干し肉の匂いが充満しとった。
うちはカードが示した『一番奥の木箱の裏』へと、足音を立てずに近づいていく。
耳を澄ますと、そこから「……ひぐっ、……ううっ……」という、小さな小さな啜り泣きが聞こえてきた。
「……誰や。そんなとこで丸まっとるのは」
うちが木箱をヒョイとどかすと、そこにいたのは、凶悪な泥棒や巨大ネズミやなかった。
ボロボロの、元は真っ白だったであろう貫頭衣を着て、膝を抱えてガタガタと震えている、五歳くらいの小さな女の子やった。
尖った長い耳。エルフの子供や。
金色の柔らかい髪は埃にまみれ、顔は泥だらけになっとる。
「ひぃっ……! ご、ごめんなさい……! た、食べないで……っ!」
女の子は、うちの派手なスカジャンとギラギラのデコネイルを見て、化け物でも見たように壁際に身を縮めた。
「誰が食べるかいな。おばちゃん、そんなゲテモノ食いやないで。……あんた、中継港から隠れて乗ってきた密航者やな?」
うちがしゃがみ込んで目線を合わせると、女の子はビクビクしながら、小さくこくりと頷いた。
「……悪い、大人に……捕まりそうになって……。必死に逃げて、この船に……。でも、船が動いちゃって……お腹が空いて……」
おどおどとした声で紡がれる身の上話。
親とはぐれたのか、それとも最初から天涯孤独なのか。中継港で人攫いにでも狙われ、逃げ込んだ先が、運悪く大和郷という見知らぬ異国へ向かう遠洋航海船やったっちゅうわけや。
「……そうか。怖かったなぁ。あんた、名前は?」
「……リ、リリル……」
「リリルちゃんか。ええ名前や。……ほら、これ食べなはれ。固いパンなんかより、よっぽど腹の足しになるで」
うちはアイテムボックスから、鮮やかな緑色をした「メロン味」の飴ちゃんを取り出し、彼女の小さな掌に乗せてやった。
「あ、あめ……? でも、知らない人から、物をもらっちゃ……」
「ええから食べ! おばちゃんのお節介や!」
うちの凄みにビクッとしつつも、空腹に耐えかねたリリルは、恐る恐るその飴を口に含んだ。
その瞬間。
「……!! な、なにこれ……! すごく甘くて……お肉をいっぱい食べたみたいに、お腹がポカポカする……!」
リリルは目を見開き、両手で自分の頬を押さえた。
胃袋から全身へと染み渡るメロンの濃厚な甘さが、彼女のすり減った体力を内側から一気に回復させていく。
さっきまでの怯えが少し和らぎ、彼女はホゥッと幸せそうな息を吐き出した。
「せやろ? おばちゃんの特製や。……さて、腹も膨れたことやし、あんたをどうするか――」
うちがポッケにタロットカードを仕舞おうとした、その時やった。
リリルが、うちの手元にあるカードの束の一枚――さっき占い終わって一番上に乗っていた『月』のカードを、じっと見つめて呟いたんや。
「……おばちゃん。そのカード、泣いてるよ」
「え?」
「……『お水に気をつけて』って。……船のずーっと下の方で、お水が少しずつ泣いてるの……」
うちの心臓が、ドクンと大きく跳ねた。
それは、うちがさっき占った時に、カードの奥底から微かに感じ取っていた『船底のわずかな浸水(水漏れ)』の予兆やった。
知識も経験もない、ただの五歳の子供が。タロットの絵柄を見ただけで、その奥にある「気配」を本能的な直感で読み取ったんや。
「……あんた。めちゃくちゃ『ええ筋』しとるな……」
うちが驚いてリリルの顔を見つめ返した、まさにその瞬間やった。
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「いたぞ! 食糧庫の奥だ! 密航者め、タダで乗れると思うなよ!」
松明を持った船長と水夫たちが、ドカドカと食糧庫に雪崩れ込んできた。
ランプの光に照らされたリリルは「ヒィッ!」と悲鳴を上げ、うちのスカジャンの背中に隠れるようにしがみついた。
「おい、そこの派手な姉ちゃん! そいつをこっちへ渡せ! 海の掟に従って、海へ放り込んでやる!」
怒り狂う船長が、太い腕を伸ばしてくる。
うちは立ち上がり、リリルを背中に庇ったまま、船長の前にズンと立ち塞がった。
「ちょっと待ちなはれ! 誰が海に放り込むって? この子はな、うちの大事な『連れ』や!」
「連れだと!? 嘘をつけ、乗船名簿にはそんなガキの名前はなかったぞ!」
「あー、うるさい! 細かいこと気にしなはんな!」
うちは腰に手を当てて、船長の顔を真っ向から睨みつけた。
「船長! あんた、最近右の腰が痛くて、夜もまともに眠れへんのやろ! 船の揺れが響いて、さっきから無意識に腰トントン叩いとるやないか!」
「なっ……な、なぜそれを……」
「うちが、特製の『レモン味の飴ちゃん』を渡して、その頑固な腰痛を一発で治したる! だから、この子のこれからの船賃と、今まで食べた分の食費は、それでチャラや! 文句あるか!」
「えっ!? い、いや、しかし……」
突然、腰痛をズバリと言い当てられ、さらに凄まじい「オカンの気迫」で強引な取引を迫られた船長は、完全に言葉に詰まってタジタジになっとる。
おばちゃんのえげつない交渉術(という名の恫喝)が、空間を支配した。
……が、その空気を破ったのは、船長やなかった。
「……お、おばちゃん……」
うちのスカジャンの裾をギュッと掴んだまま、背中から顔を半分だけ出したリリルが、おどおどとした上目遣いで、小声で呟いたんや。
「……それ、交渉じゃなくて……脅し、じゃ……?」
「……」
「……おばちゃん、それ……犯罪……」
シーーーン、と。
緊迫していた食糧庫の空気が、その純粋でクリティカルな五歳児の「ド正論ツッコミ」によって、完全にフリーズした。
船長も水夫も、そしてうちも、思わずずっこけそうになる。
「……あ、あんた! そこは黙って『おばちゃんありがとう』って泣くとこやろ! 何冷静にツッコミ入れとんねん!」
「だ、だって……おばちゃん、すっごく怖い顔して……無理やりチャラにしてるから……」
リリルはブルブルと震えながらも、うちの目を見てしっかりと「ダメなものはダメ」と訴えかけてきよる。
……なんや、この子。
ビクビクして引っ込み思案なくせに、言うべきところでは大人相手でもしっかり正論を叩き込める。
占いの直感だけやない。この「冷静に物事を俯瞰する目(ツッコミの才能)」は、占い師にとって一番大事な素質やないか。
「……あっはははは! おもろい! あんた、ほんまにおもろい子やな!」
うちは腹を抱えて大笑いし、アイテムボックスから本当にレモン味の飴を取り出して、船長にポイッと投げ渡した。
「ほら船長、冗談や! この子の船賃は、うちが後で『占い』で稼いだ金からきっちり払うたるわ! それ舐めて、腰の痛み取っとき! 浸水してる船底の修理も、早めにした方がええで!」
船長は呆気に取られながらも飴を受け取り、「……わ、分かった。だが、悪さだけはさせるなよ」と、毒気を抜かれたように水夫たちを引き連れて戻っていった。
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食糧庫に、再び静寂が戻る。
うちは、リリルの目線に合わせてしゃがみ込み、彼女の金色の髪についた埃を優しく払ってやった。
「……おばちゃん、お金、払ってくれるの……? わたし、何もできないのに……」
「何言うてんねん。あんた、さっきのツッコミ、最高やったで」
うちはニカッと笑い、タロットカードの束をポンと叩いた。
「あんたには、これ(カード)の声を聞く才能があるわ。大和郷に着くまで……いや、着いてからも、うちが面倒みたる。世の中の渡り方も、カードの読み方も、おばちゃんがこれから長〜い時間かけて、たっぷり教え込んだるわ!」
「……うん……」
リリルは少しだけ嬉しそうに目を瞬かせた後、またスカジャンの裾をギュッと掴んで、念を押すように言った。
「……でも、おばちゃん。……犯罪は、ダメだよ……?」
「わかっとるわ! おばちゃんは真っ当な占い師や!」
波の揺れる暗い食糧庫の中に、おばちゃんの豪快な笑い声と、小さなエルフの女の子の微かな安堵の息が響いた。
大和郷への長い船旅。
一人きりの出張鑑定は、この日から「おばちゃんと、小さなおどおどツッコミ相棒」の、賑やかな二人旅へと変わったんや。
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