第71話 聖女の再就職と、世界一クリーンな極楽の湯
旧公爵領の朝は、かつての「死の呪い」が嘘のように、どこまでも澄み切った青空から始まっとった。
異種族合同で建設された巨大な『エコ魔導燃料プラント』。その最終工程となる排出パイプの前に、一人の少女が立っていた。
彼女はもう、動きにくい純白の法衣は着てへん。機能的な作業着に身を包み、髪を後ろで一つに束ねた、元・聖女のクレアや。
「いきます。……神聖なる光よ、不浄を分かち、真の清らかさを此処に! 『滅菌・脱臭の極光』!」
クレアが白銀の杖を掲げると、パイプから排出されようとしていた微かな魔力の残滓や悪臭が、眩い光に包まれて「完全な無臭の無害な空気」へと変換されていく。
王都の神殿で「異端を滅ぼすため」に振るわされていた彼女の神聖魔法は、今やプラントの排気を浄化する『究極の除菌・脱臭技術』として、立派に再就職を果たしとったんや。
「……素晴らしいわ。神殿で何時間も祈りを捧げていた時より、今の私の方が、ずっと人々の『生活』の役に立っているのが分かる……!」
クレアは額の汗を拭いながら、晴れやかな笑顔を見せた。
神様のためやない。目の前で働く仲間たちのための、生きた魔法や。
「お疲れさん、クレアちゃん! あんたのその光、ほんまに便利やわぁ。プラントだけやのうて、魔族領から届く中古の武具のカビ取りにも最高やで!」
うちは、ヒョウ柄のタオルを首に巻き、冷えた麦茶の入った水筒を彼女に差し出した。
「ありがとうございます、静江さん。……私、ここで働き始めてから、毎日が本当に楽しくて。……あんなに重かった背中が、今は羽のように軽いんです」
クレアが麦茶を美味しそうに飲む横で、エルゼが優雅に扇子を揺らしながら歩み寄ってきた。
「本当に驚いたわ。悪魔の呪いで腐りきっていたこの旧公爵領が、今や王都よりも空気が澄んだ『世界一クリーンで豊かな街』に生まれ変わるなんてね。……これで、ここから産出されるエコ魔導燃料は、完全無公害の最高級ブランドとして、王都の貴族たちに高値で売りつけられるわ」
「せやろ? 呪いの土地も、掃除と手入れ次第で最高の資産になるんや。……さぁ、今日の仕事はこれくらいにして、お待ちかねの『慰労会』といこか!」
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うちらが向かったのは、プラントの横に併設された巨大な施設――静江プロデュースによる天然魔力温泉、その名も『異種族合同・極楽の湯』や。
プラントの余熱と、大地から湧き出る魔力泉を利用した、超大型の露天風呂。
分厚い壁で男女に仕切られたその場所からは、すでに賑やかな声が響いとった。
「……はぁぁぁ。これは、骨の髄まで染み渡りますな……」
「ゾルゲ主任、あなた骨しかないじゃないですか。……でも、確かに。魔王城の冷たい空気で凝り固まっていた肩が、嘘のように軽くなる」
男湯の方からは、魔族領の工場長となった元・屍術師ゾルゲと、魔王の右腕であるバアルが、タオルを頭に乗せて極楽気分に浸る声が聞こえてくる。
「バアル殿、ここは人間界の作法に倣って、風呂上がりの『フルーツ牛乳』とやらを賭けて勝負しませんか?」
「アレン君、彼らは高位魔族ですよ。湯当たりしないように気をつけてくださいね」
アレンとカイルも、種族の壁など完全に忘れて、彼らと裸の付き合いを楽しんどる。かつては剣と魔法で殺し合っていた者たちが、同じ湯船で肩まで浸かって「いい湯だな」と笑い合っている。これぞ、おばちゃんが目指した究極の「平和」や。
一方、女湯。
うちは、ヒョウ柄のシャワーキャップを被り、広い露天風呂の縁に腕を乗せて深ぁく息を吐いた。
「あーーーー、極楽極楽! 労働の後の風呂は、何でこんなに気持ちええんやろなぁ!」
「静江、はしたないわよ。……でも、確かに。王宮の窮屈な風呂とは違って、この開放感は悪くないわね」
エルゼは、豊かな金糸の髪をまとめ、頬をほんのりと桜色に染めながら、気持ちよさそうに湯をすくっている。
そしてクレアは、初めての「大きなお風呂」に感動し、目をキラキラさせていた。
「すごい……! お湯に魔力が溶け込んでいて、全身の疲れが洗い流されていくみたいです。……私、もう王都の冷たい水風呂には二度と戻れません!」
「アハハ! ええよええよ、ずっとここにおりなはれ。おばちゃんが、毎日美味しいご飯と、一番風呂を用意したるからな」
うちは、アイテムボックスから防水加工されたタロットカードを一枚取り出し、湯船の縁にペタッと貼り付けた。
出たのは、『世界』の正位置。
完全なる調和、そして一つの大きな物語の大団円を示すカードや。
「……なぁ、エルゼちゃん、クレアちゃん」
「どうしたの、静江?」
「王都の腐敗を掃除して、魔族領を浄化して、こうやって呪いの地を楽園に変えた。……でもな、世界ってのは広いんや。きっとまだ、どっかで『心のゴミ』を溜め込んで、泣いてる奴がおるはずやわ」
うちは湯船から立ち上がり、シャワーキャップの奥で目を細めて、遠くの空を見つめた。
「せやから、おばちゃんの『出張鑑定』はまだまだ終わらへんで。……次は、どこのゴミ屋敷をひっくり返したろか!」
夕日に染まる「極楽の湯」に、静江の豪快な笑い声と、エルゼやクレアの楽しげな笑い声が響き渡る。
偽物の魔女と、成り上がりの女侯爵、そして再就職した聖女。
彼女たちの規格外の「大掃除」は、これからも世界の理を笑い飛ばしながら、力強く続いていくんや。
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