第69話 呪いの抽出と、特売エコ魔導燃料
ふかふかの黒土に生まれ変わった旧公爵領の大地。
魔族領から運ばせた「特製リサイクル肥料」と、アレンの物理的な耕し、カイルの魔法が見事に噛み合い、見渡す限りの枯れ野は、今や豊かな農地への第一歩を踏み出しとった。
だが、うちは足元から伝わってくる微かな「冷え」を見逃してへんかった。
「……なぁ、カイルちゃん。表面の土はええ感じになったけど、まだなんか、足の裏がスースーするねん。底冷えっちゅうか、嫌な感じやわ」
うちがブーツの踵で土をトントンと叩くと、カイルが険しい顔をして魔導書を開き、地面に複雑な術式を投影した。
「……静江さんの勘は、相変わらず恐ろしいですね。おっしゃる通りです。表面の土壌は中和されましたが、大地の奥深く……地脈の底には、あの地下宝物庫の悪魔が仕込んだ『高濃度の呪い(瘴気)』が、まだ手付かずのまま眠っています」
「放置しておけば、いずれまた土壌を汚染し始めるということですか?」
エルゼが扇子を広げ、不快そうに眉をひそめる。
「ええ。完全に消し去るには、王都の神殿クラスの大規模な浄化儀式を数ヶ月は続ける必要があります。ですが、それだと費用も時間も莫大に……」
カイルが説明を終える前に、うちはパンッと手を叩いて遮った。
「ちょっと待ちなはれ。その『高濃度の呪い』って、要するにエネルギーの塊なんやろ? だったら、消してまうなんて……もったいないやんか!」
うちの言葉に、アレンもカイルも、そしてエルゼすらも目を丸くした。
「もったいない、ですか……? 静江さん、相手は人を呪い殺す瘴気ですよ?」
「アレン君、あんたはほんまに商売のセンスがないなぁ。ええか、毒も薄めりゃ薬になるし、呪いも使い方を変えれば立派な『動力源』や。……カイルちゃん、魔族領の工場長に通信繋ぎなはれ。至急、出張工事の依頼や!」
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数時間後。
魔族領から転移魔道具を駆使して飛んできたのは、元・屍術師であり、今は「異種族合同・リサイクル総合センター」の工場長を務めるゾルゲやった。
彼はすっかり小綺麗な作業着に身を包み、片手には魔力測定器、もう片手には清掃用のブラシを持っとる。
「お呼びでしょうか、静江様! 魔族領の分別作業は順調に推移しておりますが、こちらの大地もずいぶんと『綺麗に』なりましたね」
「ゾルゲ、挨拶はええから、この地面の下に眠ってる『呪いの塊』を見てみぃ。あんたの屍術の技術で、これを一滴残らず吸い上げて、圧縮パッケージにできへんか?」
うちは地面を指差した。
ゾルゲは測定器を地面に当て、数秒ほどフムフムと頷いた後、目を輝かせた。
「……なるほど! 悪意の残滓とはいえ、これは極めて純度の高い魔力エネルギーです。私の屍術……いえ、魔力抽出技術を使えば、これを結晶化させることは十分に可能です。ですが静江様、これほど高濃度の瘴気を結晶化して、一体何にお使いで?」
「決まっとるやろ。冬場の暖房やら、工場の動力やら、魔導具を動かすための『燃料』として売り出すんや! 名付けて、『特売・異種族エコ魔導燃料(呪い入り)』や!」
うちが拳を握りしめて宣言すると、カイルが眼鏡を落としそうになった。
「呪い入りって……! そんな物騒なもの、誰が買うんですか! 普通の魔石だって高価なのに、呪いが混ざっていると分かれば誰も……」
「そこが商売の腕の見せ所やないの。カイルちゃん、あんたの魔法でこの結晶をガチガチにコーティングして、瘴気が外に漏れへんように安全加工しなはれ。安全性が担保されてて、しかも普通の魔石の『半額』で売り出されたら……カネに困ってる王都の連中は、絶対に飛びつくわ」
うちがニヤリと笑うと、エルゼが扇子で口元を隠し、肩を震わせて笑い始めた。
その笑い声は、かつてないほど邪悪で、そして美しかった。
「……ふふっ、あはははは! 最高よ、静江! あの老害貴族どもが私への嫌がらせのために仕込んだ『呪い』を、私たちが燃料に作り替えて、あいつら自身に高値で売りつけるというのね! これ以上の痛快な復讐があるかしら!」
「せやろ? 敵の嫌がらせは、最大の仕入れチャンスや。……さぁ、ゾルゲ! カイル! アレン! 急いで抽出プラントの建設や! 大地の呪いを、一攫千金の特売品に変えたるで!」
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それからの数日は、まさに怒涛の勢いやった。
ゾルゲの魔族領の技術と、カイルの王都の魔法理論が融合し、旧公爵領の中心に巨大な「魔力抽出プラント」が組み上げられていく。
大地の奥深くから吸い上げられたどす黒い呪いは、複雑な魔導パイプを通るうちに浄化・圧縮され、最終的には手のひらサイズの「紫色の美しい結晶」へと変貌を遂げた。
「……静江さん、できました。これが第一号の『エコ魔導燃料』です。外側は私の結界魔法で完全にコーティングしてあるので、呪いが漏れることはありません。むしろ、燃焼効率は通常の魔石の三倍はあります」
カイルが、完成した結晶を恭しく差し出した。
うちはそれを受け取り、太陽の光に透かしてみた。
かつて王都を裏から操り、この大地を死の星に変えようとした悪魔の呪いが、今やただの「便利な電池」に成り下がっとる。
「ええ仕事や、カイルちゃん、ゾルゲ。……これで、この土地は『呪われた負債』から、『半永久的に燃料が採れる最高の油田』に生まれ変わったわ」
「ええ。そして、この燃料の独占販売権は、ルミナ侯爵家が握る。……王都の貴族たちが冬の寒さに震える頃、彼らは私の足元にひざまずいて、この『呪い』を買い求めることになるわ」
エルゼが、その紫色の結晶を指先でなぞりながら、女帝としての絶対的な自信を漂わせた。
相手が仕掛けた最悪の毒を、最大の利益に変換する。
大阪のおばちゃんの商魂と、若き女帝のしたたかさが、呪われた大地を完全に「浄化」し、新しい価値を創造した瞬間やった。
「よし! ほな、第一期生産分のパッキング、急ぐで! 特売のチラシ、王都中にばら撒いたるわ!」
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うちらが新しい特産品の完成に沸いていた、ちょうどその頃。
旧公爵領の境界線、ルミナへと続く街道の端を、フラフラと歩く一つの影があった。
真っ白だったはずの法衣は泥と血で汚れ、手にした白銀の杖は光を失っている。
王都からやってきた「本物の聖女」クレア。
彼女の瞳には、かつての清廉な光はなく、ただ深い絶望と疲労だけが色濃く張り付いていた。
「……どうして……。神殿が、あんな……。私は、今まで何を信じて……」
王都の腐敗を目の当たりにし、自分の信じていた正義が根底から崩れ去った聖女。
彼女が最後にすがるように向かった先は、かつて自分が「魔女」と罵った、あのおばちゃんのいる新しい街だった。
静江の「オカンの食卓」が、傷ついた聖女を迎え入れる時は、もうすぐそこまで来ていた。
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