第66話 宝物庫の悪魔と、通じないオカン節
王宮の最下層。
国王の許可なくば立ち入ることすら許されない、分厚い鋼鉄の扉で閉ざされた「地下宝物庫」。
カイルの魔法で強引に鍵を焼き切り、アレンが扉を蹴り開けた瞬間、うちらを襲ったのは眩いばかりの金銀財宝の輝き……やなかった。
「……うわっ。なんやこれ、空気がネバネバしとるわ」
うちは思わず鼻をつまんだ。
部屋を埋め尽くす金貨や宝石の山は、すべてどす黒い「泥」のようなものに覆われている。
そして、その最も高い金貨の山の上に、そいつは座っていた。
王都の裏側で貴族たちの欲望を喰らい、ガンサーにあの「疑心暗鬼の精神毒」を与えた真の黒幕。
「……ククク……。来たか、不快な光を放つ者どもよ」
そいつには、明確な「形」がなかった。
金貨と宝石が泥で固まり、辛うじて人のような輪郭を保っているだけの、純粋な『悪意の集合体』。
かつて王宮の地下で見た「建国のヘドロ」が王家の負の歴史なら、こいつは現在進行形で王都に渦巻く『金と権力への執着』そのものや。
「あんたが、うちの可愛いアレンとカイルに、タチの悪い呪いをかけた親玉やな? ……こんなジメジメした地下でカネ数えてんと、表に出てきて謝りなはれ!」
うちはスカジャンの袖を捲り上げ、アイテムボックスからオレンジ味とハチミツ味の飴ちゃんを取り出し、そいつに向かって思いっきり投げつけた。
いつもなら、この飴が相手の心に隙を作り、うちの「説教(オカン節)」が刺さるんやけど。
ジュワッ……!
飴ちゃんが泥の悪魔に触れた瞬間、嫌な音を立てて真っ黒に腐り落ち、ただの炭の塊になって転がった。
「……飴が、腐った……!?」
「静江さん、ダメです! こいつには『心』が存在しない! 貴族たちが流した汚い欲望の残滓が、自動的に呪いを振りまいているだけのシステム……いわば『言葉の通じない純粋な狂気』です!」
カイルが血相を変えて叫ぶ。
悪魔の顔のあたりにぽっかりと開いた穴から、粘りつくようなノイズ混じりの笑い声が響いた。
『……説教など無駄だ。愛も、絆も、すべてはこの泥に沈む。……疑え。憎め。貴様らも、その女の言葉に裏切られる恐怖に怯えるがいい……』
悪魔の身体から、先ほど廊下でアレンたちを狂わせた「精神毒の霧」が、爆発的な勢いで噴き出した。
言葉が通じない。飴も効かない。
おばちゃんの最大の武器である「人情のやり取り」を完全に拒絶する、最悪の敵やった。
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「静江さん、ここは僕が……!」
アレンが聖水のモップ槍を構えて前に出ようとするが、精神毒の濃度が高すぎて、足元がふらついている。
だが、うちはもう、パニックを起こした「ただの母親」やない。
解釈を間違えた自分を許し、仲間たちに救われた「最強の占い師」や。
「アレン、下がりなはれ! 相手が言葉の通じへん狂気やからって、ビビる必要は一ミリもあらへんわ!」
うちはアイテムボックスから、前世から愛用している「特大ゴミ拾いトング」を取り出し、ガチン! と高らかに鳴らした。
「言葉が通じんなら、説教は終わりや! そんなもんはな、ただの『処理の対象』……つまり、ただの『粗大ゴミ』やわ! おばちゃんの分別(掃除)に、相手の都合なんか関係ないねん!」
うちはタロットカードを取り出し、空中に円を描くように展開した。
『月』の逆位置から導き出された、こいつの急所。
どんな狂気にも、必ずそれを繋ぎ止めている「核(ゴミの芯)」があるはずや。
「エルゼちゃん! この宝物庫、あんたの『女帝の覇気』で上書きしなはれ! あいつの足元の金貨の所有権を、気迫で奪い取るんや!」
「……ええ。お安い御用よ」
うちの背後から、エルゼが優雅に、けれど圧倒的な冷酷さを持って歩み出た。
彼女は漆黒の扇子を開き、泥の悪魔をゴミでも見るような目で見下ろした。
「……私の王都に、無許可で間借りしている不法投棄物風情が。……その金貨は、すべてルミナ侯爵家が接収する。私の領地から、一歩たりとも身を捩ることは許さないわ!」
エルゼが扇子を振り下ろした瞬間、悪魔の足元にあった金貨の山が「ガシャン!」と崩れた。
物理的な攻撃ではない。王都の次なる支配者としての「絶対的な所有権」の宣言が、悪魔の力の基盤である「他人の財産」という前提を揺るがしたのだ。
『……ギ、ギィィィッ!? 我の、我の足場が……ッ!』
「今や、カイル、アレン!」
「了解しました! 聖なる雷よ、不浄の繋がりを焼き切れ!」
「僕たちの絆を、泥で汚させるものか! はあああッ!」
カイルの雷撃が泥の身体を硬直させ、アレンのモップ槍が悪魔の胸元を深く抉り開けた。
泥の装甲が剥がれ落ち、その中心に、どす黒く脈打つ「核」が露出する。
「見つけたで! 悪意の根っこ……おばちゃんが、根こそぎ引っこ抜いたるわ!」
うちは力強く地面を蹴り、悪魔の懐へと飛び込んだ。
ギラギラのデコネイルが光る両手で、特大トングを力一杯握りしめ、露出した「核」をガシッと挟み込む。
瘴気がうちの腕を焼くが、そんな痛み、愛する仲間を傷つけられた痛みに比べれば、蚊に刺されたようなもんや。
「……燃えるゴミの日に、出し忘れとったわ!!」
うちは全身の力を込め、テコの原理で悪魔の核を、金貨の山から強引に「引っこ抜いた」。
ブチブチブチッ! と、嫌な音を立てて魔力の繋がりが千切れる。
核を失った泥の悪魔は、悲鳴を上げる間もなく、ただの汚い泥水となって宝物庫の床に崩れ落ちた。
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「……ふぅ。やれやれ、手こずらせやがって。これで王都の『裏のネズミ駆除』も完了やな」
うちはトングに挟んだ悪魔の核を、アイテムボックスの奥底(完全封印区画)に放り込み、額の汗を拭った。
アレンもカイルも、肩で息をしながらも、晴れやかな笑顔を見せている。
「見事ね、静江。これで、あのガンサー伯爵に毒を渡した真の黒幕も消えたわ」
エルゼが扇子を閉じ、崩れた金貨の山を見つめながら微笑む。
これで、いよいよ旧公爵領の統治権を国王から正式に譲り受ける準備が整った。そう思った、まさにその時だった。
床に広がる泥水の中から、消えたはずの悪魔の「最期のノイズ」が、不気味に響き渡ったのだ。
『……ククク……。我を……消した程度で……勝ったと思うな……』
「……なんやと?」
『……すでに、極上の猛毒は……旧グレミオ公爵領の「大地」の奥深くに……染み込ませてある……。あの広大な土地は……もはや、二度と作物が育たぬ……死の呪いの地……。手に入れたところで……貴様らは、地獄を見るだけだ……ククククッ……!』
泥水が完全に干上がり、後には不吉な静寂だけが残された。
エルゼの顔から、さっきまでの余裕がスッと消え去る。
「……旧公爵領の土地が、死の呪いの地に……?」
うちは、アイテムボックスから残っていたタロットを一枚、無造作にめくった。
出たのは、『悪魔』の正位置。
王都の権力闘争を制し、明日、ついに手に入れるはずだった広大な領地。しかしそれは、受け取った瞬間にルミナを破滅に導く「最悪の負債(毒の土地)」へと変貌させられていたのだ。
「……静江。どうやら、まだ掃除の時間は終わらないみたいね」
「せやな。……でも上等やわ。おばちゃんを怒らせたツケ、土地ごと漂白して、きっちり払わせてもらうで!」
王都の地下で勝利を掴んだ直後に突きつけられた、最悪の「毒の土地」宣告。
エルゼと静江の成り上がりは、いよいよ舞台を「呪われた旧公爵領」へと移し、新たな波乱の幕を開けようとしていた。
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