第65話 オカンの涙と、解き放たれる呪縛
王宮の廊下に、冷たい刃の風切り音が響いた。
カイルの首筋に向かって、アレンの剣が無情にも振り下ろされる。
二人の瞳は「疑心暗鬼の呪い」に完全に支配され、互いを殺し合うことしか見えていない。
うちの焦りが、この子らを死地に追いやってしまったんや。
「……やめぇぇぇッ!!」
うちは、考えるより先に身体を投げ出していた。
アレンの振り下ろした剣と、カイルが放とうとした雷撃の、そのちょうど中間。
絶対に間に合わないはずの距離を、不老不死の肉体が無理やり縮める。
ザシュッ!
アレンの剣先がうちの肩口を深く切り裂き、同時にカイルの雷撃がうちの腕を焦がした。
「……っ……あああッ!」
不老不死やから、傷はすぐに塞がっていく。でも「痛み」はしっかりある。
うちの血飛沫が廊下の大理石に落ちた瞬間、アレンとカイルの動きが、弾かれたようにピタリと止まった。
「……し、静江、さん……? 僕は、何を……」
「な、なぜあなたが……そこに……!」
二人の濁りきっていた瞳が、うちの流した血を見て激しく揺れ動く。
呪いの根源である「静江は自分たちを信用していない、駒としか思っていない」という疑心が、うちが身を呈したことでバグを起こしとるんや。
うちは、激痛に顔を歪めながらも、床に膝をついて二人の手を強く、力一杯握りしめた。
「……ごめん。ごめんな、二人とも。……あんたらが喧嘩してるん、全部うちのせいやわ……」
いつもの「最強のおばちゃん」の声やない。
震える、情けない、58歳のただの母親の声やった。
「うちな、ガンサーの部屋で『死神』のカードを引いた時、あんたらが血流して死ぬ未来と一緒に……昔、病気で死なせてしもた『うちの息子』の顔がフラッシュバックしてもうたんや。……あんたらを信じてへんかったんやない。ただ、また『家族』を失うのが、死ぬほど怖かったんや……! あんたらに無理やり言うこと聞かせて、自分の安心のためだけに縛り付けて……ほんまに、ごめんなぁ……!」
ボロボロと、うちの目から涙がこぼれ落ちた。
異世界に来てから、絶対に泣かんと決めてたのに。
ギャルという派手な着ぐるみを着て、何でも見透かす占い師として振る舞ってきたうちの、一番奥底にあった「情けない本音」やった。
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「……静江さん」
アレンの手から、ガランと音を立てて剣がこぼれ落ちた。
カイルもまた、掌に収束させていた雷撃を霧散させ、うちの前に崩れ落ちるように膝をついた。
「……馬鹿ですね、あなたは。僕たちが、そんなことであなたを恨むはずがないじゃないですか」
「そうです。……あなたがどれほど不器用な愛情を我々に注いでくれていたか、誰よりも私たちが一番分かっているはずなのに。……我々の方こそ、その愛情に甘え、つけ込まれてしまった」
二人の目から、真っ黒な泥のような「呪い」の涙が溢れ出していく。
静江の本音と涙が、彼らの心に巣食っていた精神毒を完全に洗い流したのだ。
だが、完全に解呪されたとはいえ、二人の精神力は底を尽きかけていた。
「……らしくないわね、静江」
廊下の奥から、静かな、けれど凛とした声が響いた。
エルゼだった。彼女は扇子を閉じ、倒れ込むうちらの前に優雅な足取りで歩み寄ってきた。
彼女の瞳には、かつてルミナの酒場でうちが見せたのと同じ、強くて揺るぎない信頼が宿っていた。
「あなたがいつも私に言っていた言葉を、忘れたの? 『未来は当てるものじゃない、選ぶものだ』と。……解釈を間違えたのなら、もう一度カードを引いて、正しい未来を『選び直し』なさい。……あなたは、ここで泣き崩れるような、安い女ではないはずよ」
エルゼの言葉が、冷水を浴びせたようにうちの脳天を貫いた。
(……せや。うちは、何してんねん。子供の前で泣きべそかくオカンが、どこにおるっちゅうねん)
うちは、袖で乱暴に涙を拭うと、ニカッと、無理やりにでもいつもの笑みを作った。
そして、アイテムボックスの奥底から、キラキラと輝く「オレンジ味」と「ハチミツ味」の飴ちゃんを取り出し、アレンとカイルの口にそれぞれ放り込んだ。
「……二人とも、これ舐めなはれ。おばちゃん特製の、仲直りの飴ちゃんや!」
飴が口の中で溶けた瞬間。
アレンとカイルの顔に、かつてないほどの生気と、そして「怒り」の炎が戻ってきた。
うちへの怒りやない。自分たちの絆を呪いで汚した、見えざる敵への怒りや。
「……静江さん。もう、僕たちは大丈夫です。……あなたのその涙を流させた奴を、僕は絶対に許さない」
「ええ。……王宮にこれほどの精神毒を撒き散らせるほどの術者。……ガンサーごときの影に隠れていた、真のネズミの正体を、あぶり出しましょう」
二人が力強く立ち上がる。
うちはヒョウ柄のポンチョをバサッと羽織り直し、再びタロットカードを廊下の大理石に叩きつけるように展開した。
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「おばちゃんの占いはな、一回間違えたくらいで腐ったりせえへんわ。……さぁ、うちの可愛い息子たちにタチの悪い『呪い』をかけたアホンダラ。……絶対におばちゃんが許さへんで!」
バシッ! と展開されたカード。
そこに出たのは、先ほどまで見落としていた真実。
『月』の逆位置――王宮のさらに奥、地下の宝物庫に潜む、真の黒幕の居場所を示す暗示だった。
「……見つけたで。エルゼちゃん、あんたはここで待機しとき」
「いいえ、私も行くわ。私の玉座を汚したネズミの顔を、この目で拝んでやらなければ気が済まないもの」
エルゼが扇子を開き、不敵に微笑む。
パニックに陥っていた「一人の母親」は、仲間たちからの恩返しによって、再び「最強の占い師」として完全復活を遂げた。
「行くで、あんたら。……王都まるごと、値切り倒すどころか、塵一つ残さず漂白したるわ!」
王宮の闇を切り裂く反撃の狼煙が、今、高らかに上がったんや。
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