第64話 焦るオカンと、見落とされた真の毒
王宮の静かなバルコニー。
夜風が吹き抜ける中、うちは震える手で『死神』のカードを見つめたまま、一歩も動けへんかった。
脳裏に焼き付いて離れないのは、血を流して倒れる仲間の姿と、かつて前世で手を引けなかった「うちの息子」の顔や。
「……静江? どうしたの。何を見落としていたというの?」
エルゼが、怪訝な顔をしてうちの顔を覗き込んできた。
彼女の目には、いつもの「頼れる占い師」に向ける絶対の信頼がある。でも、今のうちには、その信頼に応えるだけの「おばちゃんの余裕」が完全にスッポ抜けてしもうとった。
「……毒や。ガンサーの爺さんが持ってた毒薬は、ただの囮やったんや! もう、うちの可愛い仲間の中に……極上の毒が回っとるって、あいつは……!」
「毒ですって? 馬鹿な。今日の食事はすべてルミナの息がかかった者が用意したわ。暗殺の隙など……」
「隙があったから『死神』が出たんやろが!!」
うちは思わず、自分でも驚くようなヒステリックな大声で怒鳴ってしもうた。
エルゼがびくっと肩を震わせ、目を丸くする。
あかん、こんなんうちやない。でも、心臓の嫌な動悸が止まらへんねん。「また、身内を死なせてまう」という恐怖が、おばちゃんの長年の経験を完全に濁らせとった。
「……ごめん、エルゼちゃん。大声出して。……でも、明日からアレンとカイルの口に入るもんは、全部うちがチェックする。いや、水の一滴まで、うちのアイテムボックスから出したもんしか口にさせへん。……絶対に、死なせはせえへんから」
うちは早口でそうまくし立てると、呆然とするエルゼを残して、足早にバルコニーを後にした。
……そうや、『死神』は肉体の死、破滅の暗示や。物理的な毒、あるいは暗殺の刃。それを防ぐことだけに、うちの全神経は支配されてしもうとったんや。
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翌日から、うちの「過剰防衛」が始まった。
アレンとカイルが王宮で出される食事に手をつけようとすると、うちは血相を変えてそれをひったくり、代わりにアイテムボックスから出した冷えたおにぎりや、未開封のペットボトルの水を押し付けた。
「静江さん、いくらなんでもやりすぎです。僕だってルミナの騎士だ、毒が盛られていれば気付きます!」
アレンが困惑したように抗議する。
「アホか! プロの暗殺者の毒が、あんたの鼻で嗅ぎ分けられるかいな! ええから、黙っておばちゃんの言う通りにしなはれ! 命が惜しくないんか!」
うちはアレンの抗議を力ずくでねじ伏せた。
カイルも、困ったように眼鏡を押し上げながらため息をつく。
「……静江さん。あなたの占いを疑うわけではありませんが、少し神経質になりすぎていませんか? 王宮の空気は、ガンサー失脚でむしろ澄んでいるように感じますが」
「あんたの『感じます』なんて当てになるか! カードが死神を出したんや、絶対にどこかに死の罠が仕掛けられとるんやわ! 二人とも、うちの目の届かんところに行ったらアカンで!」
完全に「パニックになった母親」や。
物理的な毒を恐れるあまり、うちは二人を自分の監視下に縛り付け、行動を極端に制限した。
だが、うちは気づいてへんかったんや。
その「過剰な束縛」と「信用しない態度」こそが、敵の撒いた本当の『毒』を活性化させる最高の栄養分やということに。
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その日の夜。
王宮の廊下を、アレンとカイルが重い足取りで歩いていた。
二人の顔には、かつてないほどの濃い疲労と、奇妙な『苛立ち』の影が張り付いている。
「……どうして、静江さんは僕たちを信じてくれないんだ。僕はもう、あの頃の泣き虫じゃないのに。彼女の目には、まだ僕が『守られるだけの子供』にしか見えていないのか」
アレンが、ギリッと歯を食いしばって呟く。
その瞳の奥に、泥のような濁った色が渦巻いている。
「……無理もないさ。所詮、私たちは彼女の『駒』に過ぎないということだろう。ルミナのために私を利用し、用が済めば、毒殺を警戒するふりをして、我々を遠ざけようとしているのかもしれない」
カイルの声も、普段の飄々としたものではなく、冷たく、刺々しい疑心に満ちていた。
あり得ない会話だった。彼らが静江の愛情を疑うなど、今までなら絶対にあり得なかった。
だが、ガンサーの背後にいた真の黒幕が王宮に撒き散らした『極上の毒』――それは、肉体を殺す物理的な毒ではない。
人の心の奥底にある微かな不満や劣等感に取り憑き、爆発的に増殖させる『疑心暗鬼の呪い(精神毒)』だったのだ。
静江が「物理的な毒」だと解釈を間違え、過保護に振る舞えば振る舞うほど、アレンたちは「信じてもらえていない」という不満を募らせ、呪いの進行を早めてしまっていた。
「……お前、侯爵家の人間だったな。静江さんが僕を信じないのは、お前が何か吹き込んだからじゃないのか?」
突如、アレンが立ち止まり、ギラリと殺気を帯びた目でカイルを睨みつけた。
「……馬鹿な言いがかりはやめたまえ。君がただの『無能』だから、彼女が愛想を尽かしただけだろう」
カイルもまた、冷酷な目でアレンを見下す。
チャキ……。
王宮の廊下に、あってはならない「抜剣の音」が響いた。
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「……アレン!? カイル!? あんたら、何やっとんねん!!」
胸騒ぎを覚えて駆けつけてきたうちは、その光景を見て息を呑んだ。
アレンがカイルの喉元に剣を突きつけ、カイルの掌には致死級の雷撃魔法がバチバチと音を立てて収束していた。
二人の瞳は完全に焦点が合い、互いへの憎悪で真っ黒に染まっとる。
「静江さん……下がっていてください。この裏切り者の侯爵の犬は、僕がここで処刑します!」
「ふん、やってみろ。……私を信じない君たちなど、ここで焼き尽くしてやる」
言葉が通じない。完全に狂気に当てられとる。
その時、うちの脳天に雷が落ちたような衝撃が走った。
……『死神』の正位置。
あのカードが意味していたのは、肉体の死やない。
仲間たちの絆が崩壊し、互いに殺し合うという「関係性の死」やったんや。
「……嘘やろ。……うちが、解釈を間違えた……? うちの焦りが、この子らを追い詰めたんか……!」
うちの膝から、力が抜けそうになる。
おばちゃんの「絶対の占い」が、自分自身のトラウマによって致命的に外れた瞬間だった。
アレンの剣が、カイルの首筋に向かって無情に振り下ろされようとしていた。
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