第60話 聖女への忠告と、選ばれた新しい道
光の嵐が吹き荒れた更地に、静寂が戻った。
王都の神殿が誇る広域殲滅魔法は、一人の聖騎士が自らの意思で振り下ろした剣によって、完全に霧散していた。
「……信じられない。神の光が、個人の剣に敗れるなど……。レオン、あなたは完全に魔女にたぶらかされているのですね!」
聖女クレアが、血の気を失った顔で叫ぶ。
だが、聖騎士レオンは剣を納め、晴れやかな顔で首を振った。その背中に憑りついていた無数の霊たちは、彼が「自分の正義」を選んだことで、すでに光となって天へ還っていた。
「いいえ、クレア様。俺は今、生まれて初めて自分の目を開いたのです。……俺は、もう王都には戻りません。この地で、彼らと共に新しい街を築きます」
レオンの宣言に、クレアは絶望と怒りで杖を震わせた。
そこへ、パイプ椅子から立ち上がったうちが、ゆっくりと歩み寄る。手には、使い込まれたタロットカードの束や。
「……来るな、魔女! 私を呪うつもりですか!」
クレアが杖を構えるが、うちは鼻先でフンと笑って、彼女の目の前でカードをシャッフルした。
バシッ、バシッと乾いた音が、更地の空気に響く。
「呪いなんて大層なもん、おばちゃんは使えへんよ。……それに、あんたみたいに耳塞いでる子に、本格的な占いをしてやる義理もあらへん。せやからこれは、ただの『忠告』や」
うちは、束の中から一枚のカードを無造作に引き抜き、クレアの足元にポイと投げた。
「……『月』の逆位置。隠された嘘が露見する暗示や。……お嬢ちゃん。あんた、神の言葉や言うて、神官たちの書いた綺麗な台本を読まされてるだけなんとちゃうか?」
「なっ……! 私への侮辱は許しません!」
「侮辱やない、事実や。……あんた、王都に帰ったら、一回自分の足元をよう見てみぃ。あんたが信じてる『清らかな神殿』の裏側で、ザドックみたいなオッサンらがどんだけ汚いカネと権力を転がしてるか。……嘘やと思うなら、自分で確かめたらええ」
うちはアイテムボックスから、真っ赤なリンゴ味の飴ちゃんを取り出し、クレアの胸元へ向かって指で弾いた。
クレアは咄嗟に、それを両手で受け取ってしまう。
「……甘いもんでも舐めて、頭冷やしなはれ。……あんたが本当に『聖女』なんやったら、誰かの用意した正義やのうて、自分の目で見た真実を信じることやね」
クレアは、手の中の赤い飴と足元のカードを震える瞳で交互に見つめ、やがてギリッと唇を噛み締めた。
「……覚えていなさい。私は、決して貴女の妖言には惑わされない……!」
捨て台詞を吐き、クレアは転移の魔道具を起動させた。
眩い光と共に、彼女の姿が更地から消え去る。
後に残されたのは、うちと、カイル、アレン、そして憑き物が落ちたような顔のレオンだけやった。
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数時間後。
仮設のテントの前に置かれたテーブルで、うちは冷えた麦茶をすすりながら一息ついとった。
「静江さん。……本当に、ありがとうございました」
レオンが、白銀の鎧を脱ぎ捨て、簡素な作業着姿で頭を下げてきた。
その顔色は、さっきまでの病的な青白さが嘘のように血色がええ。オレンジ味の飴で精神力を回復させただけやなく、自分で道を選んだことで、魂の底から活力が湧いてきとるんやろう。
「お礼なんてええって。うちはただ、カードを引いて飴ちゃん渡しただけや。……あの光を斬ったんは、あんた自身の度胸やで」
「いいえ。あの占いがなければ、俺は一生、後悔に押し潰されたまま教会の犬として死んでいたでしょう。……俺はこれから、この『リサイクルセンター』で働かせてもらいます。過去の罪は消えませんが、ここでなら、誰かを護るための剣を振るえそうです」
真っ直ぐな瞳で語るレオンの隣で、アレンが「これで頼もしい防衛隊長ができましたね」と嬉しそうに笑っとる。
「そうか。ほな、しっかり働きなはれ。……ただし、ここではうちが現場監督や。サボってたら、聖女様より厳しいおばちゃんの雷が落ちるから覚悟しぃや!」
「はい! 喜んで!」
レオンが力強く頷き、更地の基礎工事へと走っていく。
その背中を見送りながら、うちはポニーテールをバサッと揺らし、ニカッと笑った。
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その頃。
王都へと帰還する豪奢な馬車の中で、聖女クレアは一人、窓の外の景色を見つめていた。
王都の街並みは美しく、神殿の尖塔は清らかな光を放っている。……はずだった。
(『月』の逆位置。……隠された嘘が露見する暗示……)
占い師の放った言葉が、頭から離れない。
ふと、クレアの視線が、神殿の裏口へ向かう数台の黒塗りの馬車を捉えた。あれは、大司教ザドックが懇意にしている悪徳商人たちの馬車ではないか。
「……まさか。そんなはずは……」
クレアは無意識に、手のひらに握りしめていた真っ赤な「リンゴ味の飴」を見つめた。
教会の教義では、異端の施しを受けるなどあり得ないことだ。窓から投げ捨てるべきだと分かっているのに、なぜかその飴から放たれる「不思議な香り」が、彼女の指先を縛り付けていた。
「……私は、何を見落としているの……?」
王都の空に、冷たい風が吹く。
魔女と蔑んだ占い師の忠告は、絶対的な信仰の壁に、確かな「小さなヒビ」を入れ始めていた。
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