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大阪のおばちゃん占い師、異世界に転生しギャルとなる ―運命は変わってへんで―  作者: 川原 源明
第5章:本物の聖女と、呪われた大地の極楽温泉

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第58話 本物の聖女と、迷える騎士の背中

 魔族領の最果て、「世界の最終処分場」跡地。


 数日前までどす黒い瘴気とゴミの山に覆われていたこの場所は、今や見渡す限りの清々しい更地となって、どこまでも高い青空が広がっとった。

 うちは、アイテムボックスから取り出した折りたたみ式のパイプ椅子にどっかと腰を下ろし、冷えた麦茶をすすりながら、更地で作業する男たちを眺めていた。


「……静江さん。魔王城からの資材搬入、第一陣が到着しました。バアル殿が指揮を執って、基礎工事の配置を始めています」


 アレンが、額の汗を拭いながら報告にやってきた。その顔は、かつての迷い顔が嘘のように晴れやかで、新しいリサイクルセンターを作るという希望に満ちとる。

 カイルも、片手に分厚い魔導書、もう片方に測量用の魔道具を持ちながら、忙しそうに走り回っとった。


「ご苦労さん、アレン君。休憩にしいや。……にしても、あのザドックとかいう脂ぎった大司教を追い払ってから、王都の連中も静かなもんやな。少しは懲りたか?」


「いえ、油断はできません。あの手の権力者は、一度の敗北で諦めるほど潔くはありませんから。……それに、静江さんの占いが示した『新しい因縁』が、いつやってきてもおかしくない」


 アレンが剣の柄に手を当てて、周囲を警戒する。

 うちはふっと笑って、膝の上の水晶玉を撫でた。

 濁り一つない水晶は、相変わらず穏やかな更地の景色を映し出しとる。……が、その中心に、チカチカと不自然な白い光が混じり始めた。


「……噂をすれば、やな。アレン、お客さんやで。しかも、えらい大層な『お飾り』をぶら下げたご一行様やわ」


 うちが立ち上がると同時やった。

 更地の入り口付近の空間が、眩いばかりの純白の光とともにグニャリと歪んだ。

 光が収まった後、そこに現れたのは、真っ白な法衣に身を包んだ一団やった。

 先頭に立つのは、透き通るような金髪と、いかにも「清廉潔白」を絵に描いたような美貌を持つ、十代後半の少女。彼女が持つ白銀の杖からは、ピリピリとするような神聖な魔力が放たれとる。

 そして彼女の後ろには、白銀の全身鎧を纏った、生真面目そうな若き聖騎士が護衛として立っとった。


「……ここが、瘴気に満ちた魔界の最果て……? いいえ、信じられません。このような清らかな空気が、魔族の領土にあるなど……。ザドック大司教の報告は、やはり真実だったのですね」


 少女が、鈴を転がすような声で呟く。

 その声は美しいが、どこか現実味のない、お人形さんのような冷たさがあった。


「あの者は……王都の神殿が擁する『本物の聖女』、クレア様です。そして護衛は、聖騎士団の若きホープ、レオン卿……! 静江さん、あのザドックが、切り札を送り込んできたんですよ!」


 カイルが血相を変えて駆け寄ってきた。

 聖女クレアは、うちらの姿を認めると、杖を掲げてゆっくりと歩み寄ってきた。その足取りは、泥一つない絨毯の上を歩くような優雅さや。


「……貴女が、この地を偽りの浄化で惑わしているという、占い師の静江ですね。私は聖女クレア。神の意思を代弁し、この地を真の聖域として封印するために参りました。貴女のような下賤な魔女の出る幕は、もうありません」


 クレアが、見下すような冷ややかな視線を向けてくる。

 うちは、ピンクブロンドのポニーテールをバサッとかき上げ、スカジャンの襟を正した。


「……偽りの浄化ぁ? お嬢ちゃん、寝言は寝てから言いなはれ。ここをどんだけ苦労して掃除したと思てんねん。あんたらみたいに、安全になってから『ここは神の土地ですー』って旗立てに来るような図々しい連中に、おばちゃんは一ミリも場所譲る気あらへんで」


「なっ……! 聖女様に向かって、無礼な!」


 クレアの背後から、聖騎士レオンが鋭い声で前に出た。

 彼の手が腰の聖剣にかかる。アレンも即座にモップ槍を構え、火花が散りそうになる。


「アレン、待ちなはれ」


 うちは片手でアレンを制し、じっとレオンの顔を見つめた。

 整った顔立ちの青年やけど、その目の下には深いクマがあり、肌は病的なまでに青白い。

 何より、彼の纏う白銀の鎧からは、神聖な気配よりも、どす黒く重たい「疲労」と「苦悩」の匂いがプンプン漂ってきとったんや。


「……兄ちゃん。あんた、えらい顔色悪いな。ちゃんと飯食うてるか? それに、夜もまともに寝てへんやろ」


「……私の体調など、貴女には関係のないこと。魔女よ、聖女様に逆らうというなら、この聖剣が容赦はしない!」


 レオンが剣を半ばまで引き抜く。

 だが、その手は微かに、けれどはっきりと震えとった。

 うちは溜息をつき、アイテムボックスから愛用の水晶玉を取り出した。

 両手で水晶に触れる。視界がカチッと切り替わり、霊的な世界が鮮明に浮かび上がる。


「……あちゃー。やっぱりな。兄ちゃん、あんたの背中、えらいことになっとるで」


 水晶越しに見えるレオンの背後には、何十、いや何百という「霊」が重なるようにして憑りついとった。

 それは、恨めしそうに彼を呪う悪霊やない。

 傷つき、怯え、悲しそうな顔をした、亜人や魔族の子供たち、そして無抵抗な村人たちの霊や。

 彼らは、レオンの背中にすがりつき、「助けて」「どうして」と、音のない声で泣き叫んどる。


「……あんた、教会の『聖戦』とかいう名目で、自分の意志に反して、罪のない亜人や魔族をたくさん討伐させられてきたんやな。その子らを救えなかった後悔が、あんたの背中を押し潰そうとしとるんやわ」


 うちの言葉に、レオンの顔から完全に血の気が引いた。

 引き抜きかけていた剣が、カチャリと音を立てて鞘に戻る。


「な、なぜ……それを……! 私は、神の教義に従い……正義のために……ッ!」


「レオン! 惑わされてはいけません! それは魔女の幻術です。あなたの心に付け入ろうとしているだけですよ!」


 聖女クレアが厳しい声で咎めるが、レオンの震えは止まらへん。

 うちは水晶玉をしまい、代わりに使い込まれたタロットカードを取り出した。


===========


 風が止んだ。

 広大な更地に、カードを切るバシッ、バシッという乾いた音だけが響き渡る。

 それは、どんな魔法の詠唱よりも重く、その場にいる全員の呼吸を縛り付けるような、独特の「間」やった。


「……兄ちゃん、よう見ときや。おばちゃんの占いはな、あんたの隠したい本音を、容赦なく丸裸にするで」


 うちは、パイプ椅子に座ったまま、膝の上に敷いた布の上に、三枚のカードを叩きつけるように展開した。


「一枚目、『教皇』の逆位置。……狂信と、盲目的な服従や。あんたは今、自分が信じてきた教会の教えが、本当に『正義』なのかどうか、心の底で疑い始めとる。でも、それを見ないふりして、無理やり命令に従おうとしてるんや」


 レオンが、息を呑む音が聞こえた。


「二枚目、『審判』の逆位置。……過去への未練と、許されない罪悪感。あんたの背中にしがみついてる霊たちはな、あんたを恨んでるんやない。あんたの『助けたかった』っていう優しい後悔が、彼らをそこに縛り付けとるんやわ」


「……私は……私は、騎士として……命令に従うしか……」


 レオンの目から、ポロリと一筋の涙がこぼれ落ちた。

 聖女クレアが、信じられないものを見るようにレオンを見つめとる。


「最後、三枚目や」


 うちは最後の一枚を、ゆっくりと表に返した。


「『戦車』の正位置。……困難を乗り越える力、そして、自らの意思での前進や」


 うちはカードをしまい、アイテムボックスから鮮やかなオレンジ色に輝く飴ちゃんを一粒取り出した。

 それを指先で弾き、レオンの胸元へと放り投げる。

 レオンは咄嗟に、それを両手で受け取った。


「未来はな、当てるもんやない。選ぶもんや。……教会の教えという名の『レール』の上を、心を殺して走り続けるか。それとも、自分の『本当の正義』を見つけるために、その重たい鎧を脱ぎ捨てるか。……あんたが本当に守りたいもんは何や?」


 レオンは、震える手でそのオレンジ味の飴を見つめとる。

 オレンジ味。それは、精神力を回復させ、すり減った心に「本来の自分」を取り戻させる、おばちゃん特製の魔法の飴や。


「……選ぶのは、あんた自身やで、兄ちゃん。しんどい時はな、甘いもん食べたらええねん。その飴を舐めて、一回頭の中をからっぽにして考えてみぃ」


 レオンは、クレアの制止の目も聞かず、ゆっくりとその飴を口に運んだ。


「レオン! 何をしているのです! 魔女の差し出したものなど……!」


 クレアが叫ぶが、もう遅い。

 飴を口に含んだ瞬間、レオンの表情から、先ほどまでの張り詰めた苦悩の糸が、ふっと解けていくのが分かった。

 彼の背後に憑りついていた霊たちが、ほんの少しだけ、安らかな顔をして薄らいでいく。


「……甘い……。こんなにも、優しい味が……」


 レオンの瞳に、かすかな、けれど確かな光が宿り始めた。

 王都からやってきた「本物の聖女」と、迷える騎士。

 彼らが持ち込んできた新たな波乱は、おばちゃんの一粒の飴ちゃんと、容赦のないタロットの啓示によって、まったく予測不能な方向へと転がり始めとった。


「さぁて、お嬢ちゃん。あんたの護衛さん、ちょっと休憩入ったみたいやで。……次は、あんたの番や。そのツンとすました顔の裏に何隠してるんか、おばちゃんがたっぷり占ったげるわ!」


 うちはニカッと笑って、再びカードに手をかけた。

 澄み渡る魔族領の空の下、新たな「分別」の時間が始まろうとしていた。


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