第56話 絶望の封印具と、黄金の飴玉
魔族領の最果て、かつて「世界の最終処分場」と呼ばれていた広大な更地。
うちの特大のゴミ拾いトングの先端を眉間に突きつけられた大司教ザドックは、水晶玉が暴き出した自らの真っ黒な悪事の数々を前に、完全に言葉を失っとった。
「……ひ、ひぃぃ……っ」
脂ぎった顔から滝のように冷や汗を流し、豪華な法衣を小刻みに震わせるその姿は、もはや王都の神殿を預かる権力者のそれやない。
ただの、自分の散らかしたゴミ(悪事)をオカンに見つかって、言い訳もできへんようになった情けない小悪党の顔やった。
「大司教さん、あんたの運命はな、ここで一度『廃品回収』に出されるべきなんやわ。自分を綺麗に見せるための嘘を全部剥ぎ取って、一から雑巾がけでもして出直しなはれ」
うちが静かに、けれどドス黒い凄みを込めて宣告すると、ザドックの後ろに控えていた王都の貴族たちも、蜘蛛の子を散らすようにジリジリと後ずさりを始めた。
彼らを守るはずの衛兵たちも、うちの背後で剣を構えるアレンと、魔導書を開いて立ちはだかるカイルの気迫に気圧され、誰一人として武器を抜こうとはせえへん。
「……ふ、ふざけるな。……ふざけるなァァッ!」
突然、ザドックがトングの先から逃れるように後ろへ飛び退き、獣のような金切り声を上げた。
「この私が、王都の神殿を牛耳る大司教である私が、こんな名もなき荒野で、ただの小汚い占い師に裁かれるなど、あってはならない! 私の築き上げた地位! 財産! それを奪おうとする者は、すべて悪魔だ!」
ザドックの瞳に、見苦しいほどの強欲と、すべてを失うことへの異常な恐怖が渦巻いとる。
彼は震える手を懐に突っ込むと、ドス黒い布に包まれた「何か」を乱暴に引きずり出した。
「静江さん、気をつけてください! あの布の中から、尋常ではない負の魔力を感じます!」
カイルが血相を変え、即座にうちとザドックの間に多重の防御結界を展開した。
「……王都の地下で集めた『絶望』の残滓。……使うまいと思っていたが、貴様らをこの土地の肥やしにするためには、出し惜しみはせん!」
ザドックが布を剥ぎ取ると、そこから姿を現したのは、まるで人間の頭蓋骨のような形をした、禍々しい漆黒の魔石……『絶望の封印具』やった。
かつて王宮の地下でうちらが浄化した、あの「建国のヘドロ」と同じ、強烈で粘りつくような死臭と怨念が、その小さな石から滝のように溢れ出しとる。
「……あんた、そんなモンまでくすねとったんか。ほんまに、底なしのゴミ箱みたいな性根やな」
うちは思わず顔をしかめ、特大のサングラスを押し上げた。
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「死ね! そしてこの土地ごと、永遠の呪いに沈むがいい!」
ザドックが封印具を高く掲げ、自身の魔力を強引に注ぎ込んだ。
その瞬間、パキィィンッ! という不吉な音とともに魔石にヒビが入り、中から圧縮されていた数万の「怨念の霧」が、ドス黒い嵐となって更地に吹き荒れたんや。
『……ギルルルゥゥゥッ……!』
霧は意志を持つかのように蠢き、巨大な黒い獣の姿を形作って、うちらめがけて襲いかかってきた。
せっかくうちらが泥水すすって綺麗にした更地が、またしても薄汚い瘴気に塗り潰されようとしとる。
「させません! 『聖なる水よ、不浄を分かて』!」
アレンが聖水のモップ槍を構え、神速の踏み込みで黒い獣の鼻先へと斬りかかった。
だが、刃が触れた瞬間、ジュワァァッ! と激しい音を立てて聖水が蒸発し、アレンの身体が凄まじい衝撃で弾き飛ばされた。
「くっ……! なんて密度だ……! 普通の浄化では、全く追いつきません!」
地面を滑りながら体勢を立て直したアレンが、悔しそうに顔を歪める。
「静江さん、下がって! この瘴気は、触れた者の精神を直接腐敗させます。僕の結界でも、数十秒持つかどうか……!」
カイルの張った結界の表面が、黒い霧に削られてピキピキと悲鳴を上げ始めとる。
大司教という立場を利用し、王都の闇を溜め込んでいたザドックの最後の悪あがき。それは、大自然のバケモノにも引けを取らんほど、タチの悪い「不法投棄」やった。
「……数十秒もあれば十分やわ」
うちはパイプ椅子をガシャンと広げてどっかと座り込み、アイテムボックスから使い込まれたタロットカードを取り出した。
そして、カイルの結界が軋む音を聞きながら、足元の地面にバシッ、バシッと二枚のカードを展開したんや。
「よう見ときや、ザドック! 出たのは『悪魔(The Devil)』の正位置と、『塔(The Tower)』の正位置や!」
うちはカードの絵柄をデコネイルで力強く叩き、黒い霧の向こうで狂ったように笑っているザドックを真っ向から睨みつけた。
「逃れられへん強欲な執着と、その足元からの完全なる崩壊! ……あんた、そんな呪いの石に頼らな自分の身も守れへんようになったら、いよいよ人間として終わりやで!」
「黙れ、黙れェェッ! 私は大司教だ! この力さえあれば、王都も、この魔族領も、すべて私の思い通りになるのだ!」
ザドックが絶叫し、さらに封印具へ魔力を注ぎ込む。
黒い獣が咆哮を上げ、ついにカイルの結界をバリンッ! と粉々に噛み砕いた。
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「静江さん!!」
アレンとカイルが悲鳴を上げる中、うちはパイプ椅子からゆっくりと立ち上がり、アイテムボックスの最も奥深くに、両腕をズボッと突っ込んだ。
「……自分の保身のために、また人の庭に勝手にゴミ散らかしやがって。おばちゃんが、その腐った性根ごと、極上の甘さで漂白したるわ!!」
うちが掴み出したのは、普段使っているイチゴやレモンの飴ちゃんやない。
アイテムボックスの底で、ひときわ強い光を放ちながら眠っていた、透き通るような黄金色の一粒……『ハチミツ味』の特大の飴ちゃんや。
「ええか、アレン! 道を開けなはれ!」
うちは特大のゴミ拾いトングの先端に、その黄金の飴玉をガシィッ! と挟み込んだ。
そして、不老不死の肉体の限界筋力を引き出し、野球のバッターのような完璧なフォームでトングを大きく振りかぶったんや。
「行くで! オカン特製、純度百パーセントの『黄金の飴ちゃん』や!!」
ビュンッ!!
うちのフルスイングから放たれた黄金の飴玉は、空気を切り裂くような破擦音を立てて、一直線に黒い獣のド真ん中……ザドックが掲げている『絶望の封印具』めがけて飛んでいった。
「ひぃっ!? なんだあの光は……ッ!」
ザドックが慌てて身をよじろうとするが、遅い。
黄金の飴玉は、封印具の黒い水晶に、見事なストライクでガァァァンッ!! とクリーンヒットした。
その瞬間やった。
パキィィィンッ……!!
黄金の飴ちゃんが放つ、とびきり甘くて温かいハチミツの魔力が、封印具のドス黒い怨念を内側から爆発的に満たしていったんや。
それは、過去の絶望や孤独を、すべて優しく包み込んで肯定するような、圧倒的な「安心感」の光やった。
『……ォォォォォ……』
狂ったように暴れていた黒い獣が、その黄金の光と甘い香りに触れた途端、まるで憑き物が落ちたようにピタリと動きを止め、シュワシュワと音を立てて朝霧のように消え去っていった。
それと同時に、ザドックの手から滑り落ちた封印具は、ただの真っ白な石っころに変わって、カラン……と虚しい音を立てて地面に転がった。
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「な、なんだと……!? 私の……私の最強の呪具が……たかが甘ったるい菓子の匂いで、浄化されただと……!?」
ザドックが、目ん玉が飛び出るほど見開いて、足元の白い石と、うちの顔を交互に見比べる。
「たかがお菓子やて? アホか!」
うちは特大トングを肩に担ぎ、厚底ブーツをガツンと鳴らして、呆然としているザドックの目の前まで歩み寄った。
「あんたが溜め込んでた絶望や怨念なんか、おばちゃんの飴ちゃんの甘さの前には、ただの『ちょっとした寝不足』みたいなもんや! 温かいもん食べて、ホッと息ついたら、呪いなんか一瞬で吹き飛ぶんやわ!」
「あ、あぁ……」
ザドックは後ずさりしようとしたが、足がもつれて泥の上に無様に尻餅をついた。
砕け散った黄金の飴の余波を吸い込んだ彼の顔からは、さっきまでの傲慢な野心や強欲は完全に消し飛び、ただの年老いた、疲れ切った男の顔になっとった。
「……カネや権力にしがみついても、腹は膨れへん。あんたも、いっぺん裸になって、自分の人生を最初から出直しなはれ」
うちが冷ややかに見下ろすと、ザドックはもう反論する気力すらなく、「……ひ、ひぃぃぃっ!」と情けない悲鳴を上げて、這いつくばるようにして後ろへ逃げ出した。
「お、おい! 転移のスクロールを開け! 今すぐ王都へ帰るのだ!」
ザドックの命令に、震え上がっていた貴族たちも慌てて魔法の巻物を引き裂いた。
眩い光が彼らを包み込み、次の瞬間、大司教とその取り巻きの姿は、魔族領の更地から完全に消え去っていた。
「……ふぅ。これで、変なハエも追い払えたな」
うちはトングをアイテムボックスに仕舞い、大きく伸びをした。
空を見上げると、ザドックが撒き散らした瘴気はすっかり晴れ渡り、そこには清々しいほどの青空が広がっとった。
邪魔者は去った。これでいよいよ、この更地から、本当の意味での新しい世界が始まるんや。
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