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大阪のおばちゃん占い師、異世界に転生しギャルとなる ―運命は変わってへんで―  作者: 川原 源明


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第53話 魂の深層、そして分別の向こう側

 泥の鏡が砕け散り、光の粒が舞う中で、うちは「掃き溜めの主」の目の前まで一気に詰め寄った。


 主が座るガラクタの椅子は、かつて人間界で捨てられた無数の「負念」が凝固したような、どす黒い輝きを放っとる。


 主の瞳に映るのは、絶望やなくて、ただ果てしない虚無……。


 あの日、占いの館を訪れた青年の、あの消え入りそうな孤独が、この「世界の最終処分場」という巨大なゴミ溜めを何万年も維持するためのくさびになってしもうたんや。


「おばちゃん、無駄だよ。僕の心臓コアに手を伸ばしたところで、そこにあるのは誰からも必要とされなかった記憶の集積だけだ。君がどれだけトングを振るおうと、この世界の『汚れの総量』は変わらない。一つを片付ければ、また別の場所で誰かが何かを捨て、忘れ、それがここに流れ着くだけなんだから」


 主が悲しげに微笑み、その胸元がゆっくりと透けて見え始めた。


 彼の「心の核」にあるのは、魔石でもなければ、呪いの呪具でもない。


 それは、布地も色褪せ、ボロボロにほつれた「小さな手編みのミトン」やった。


 それを見た瞬間、うちの脳裏に、前世での最後の鑑定の記憶が、濁流のように流れ込んできたんや。


 あの日、青年が震える手で差し出したのは、まさにそのミトンやった。


 「これは、亡くなった母が僕のために最後に編んでくれたものです。でも、これを持っていると、母がいない現実が苦しくて、前に進めない。だから、捨てさせてください」と。

 うちはその時、彼の深い悲しみに寄り添うたつもりが、結局は「明日またおいで」と、その重荷を一時的に預かることしかできへんかった。


 彼はその後、事故で命を落とし、その「捨てたかったのに捨てられなかった愛情」が、この異世界で巨大な呪縛へと変質してしまったんや。


「坊ちゃん、あんた……このミトンを『呪い』やと思てここまで持ち込んだんか。自分を愛してくれた人の記憶を、この世で一番汚い場所に隠して、自分ごと消えてしまおうとしたんか。……アホ。大アホやわ、あんた!」


 うちは怒鳴りながら、ギラギラのデコネイルが光る右手を、主の胸元へと迷わず突っ込んだ。


 瘴気の熱が指先を焼くが、そんなもん、特売日に他のおばちゃんに揉みくちゃにされる痛みに比べたら、かすり傷みたいなもんや。


 うちはその「ミトン」を、力一杯、けれど壊れへんように優しく掴み取った。


「カイル! 今や、浄化魔法の最大出力をこのミトンに叩き込みなはれ! 泥を落とすんやない。この子が持ち続けてきた『自分への嫌悪感』だけを、一滴残らず洗い流すんや!」


「承知しました、静江さん! 聖水の魔力よ、太古より続く未練の澱みを貫き、真実の輝きを呼び覚ませ! 至高の浄化アルティメット・パージ!」


 カイルの絶叫と共に、うちらの周りを囲んでいた泥の壁が、眩いばかりの純白の閃光に飲み込まれた。


 アレンも聖水のモップ槍を地面に突き立て、光の奔流が逃げへんように結界を支えとる。


 光の中で、主の姿がゆっくりと解けていき、あの占いの館に来た時の、優しそうな青年の姿へと戻っていった。


「……あ。あぁ……。そうか。僕は、お母さんを忘れたかったんじゃない。お母さんが僕を愛してくれたことを、僕自身が許せなかったんだ。こんな出来損ないの僕のために、一生懸命編んでくれたミトンを、汚れたものとして扱っていたのは……僕自身だったんだね」


 青年の目から、一筋の涙がこぼれ落ちた。

 その涙が地面に触れた瞬間、果てしなく続いていた泥の原野が、端から順に「芽吹くような光」に変わっていく。

 捨てられた道具たちの亡霊も、錆びついた剣の破片も、主の心が解き放たれたことで、それぞれの「役割を果たした満足感」と共に、天へと昇っていく粒子に変わっていった。


「ええか、坊ちゃん。物はな、使われなくなったからゴミになるんやない。誰からも感謝されなくなった時に、初めてゴミになるんや。あんたがこのミトンを見て『ありがとう』って思えたなら、それはもう、あんたを守る最強の『お守り』やわ。不法投棄の管理人なんか、さっさと廃業しなはれ!」


 うちは青年の頭を、デコネイルのついた手で、少しだけ乱暴に、けれど温かく撫でた。


 茶色の綺麗なロングヘアが光に照らされて、黄金色に輝いとる。


 青年の姿は、感謝の言葉と共に、光の中に消えていった。


 嵐が去り、赤黒い雷鳴も止んだ。


 そこには、かつての「最終処分場」の面影はどこにもあらへん。


 ただ、広大な、何もない、けれど温かい光が満ちた「更地」が広がっとった。


「静江さん……やりましたね。世界の瘴気の元栓が、今、完全に閉まりました。魔族領の空が、こんなに高く澄み渡るなんて、きっと建国以来のことですよ」


 カイルが疲れ果てた様子で、けれど晴れやかな笑顔で眼鏡を拭いとる。


 アレンも、泥だらけになった鎧を誇らしげに叩きながら、空を見上げた。


「……せやな。でも、これが終わりやあらへんで。更地になったっちゅうことは、ここから新しいもんが建てられるっちゅうことや。……カイル、アレン、バアル。あんたらに、おばちゃんから新しい『提案』があるんやけど、聞いてくれるか?」


 うちはニヤリと笑って、腰のトングをシャキーンと鳴らした。


 魔族領編の終わりは、おばちゃんの「異世界再開発プロジェクト」という、新しい大商売の始まりに過ぎんかったんや。


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