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大阪のおばちゃん占い師、異世界に転生しギャルとなる ―運命は変わってへんで―  作者: 川原 源明


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第51話 忘却の原野と、錆びた未練の囁き

 魔王城の重厚な門を背にしてから、どれほどの時間が過ぎたやろうか。


 うちら一行が足を踏み入れたのは、魔族領のさらに奥、地図にすら記されることのない禁忌の領域――「世界の最終処分場」へと続く、名もなき荒野やった。


 そこは、もはやこの世界のことわりすらも腐り落ちたような、異様な光景が広がっとった。

 空はどんよりとした、錆びた鉄のような色をしていて、そこから降ってくるのは恵みの雨やなくて、死んだ魔力が結晶化した「黒い灰」や。

 茶色の綺麗なロングヘアにその不吉な灰が積もるのを、うちはスカジャンの袖で乱暴に払いのけた。


 足元の地面は、赤黒い泥に覆われていて、一歩踏み出すたびに「グチャリ……ヌチャリ……」という、まるで巨大な魔物の内臓を踏み潰したような、不快な音が周囲の静寂に響き渡る。

 鼻を突くのは、ただの腐敗臭やない。

 何万年もの間、人々に忘れ去られ、捨てられ、光の当たらぬ場所に堆積し続けた「未練」が発酵した、心がかき乱されるような甘ったるい死臭や。


「アレン、カイル。あんたら、絶対に足元から目を離したらあかんで。ここに転がってるのは、ただの石ころやあらへん。かつて誰かに愛され、そして捨てられた『想い』の死骸や。不用意に触れたら、あんたらの心までその泥の中に引きずり込まれて、二度と戻ってこれんようになるで」


 うちは、ギラギラのデコネイルが光る指先で、地面から不気味に突き出している「錆びついた剣の破片」や「片目の取れた人形の頭」を厳しく指し示した。

 それらは、かつては誰かの宝物として大切にされ、名前を付けられ、枕元に置かれていたはずのもんや。

 それがいつしか「不用品」と呼ばれ、忘れ去られ、世界の排泄口であるこの場所に流れ着いて、今やただの『粗大ゴミ』としてこの泥と同化しとる。


 耳を澄ませば、風の音に混じって、地底から這い上がってくるような無数の囁き声が聞こえてくるわ。

 「捨てないで」「まだここにいるよ」「どうして忘れたの」……。

 そんな、この世のすべての悲しみを煮詰めたような声が、うちの脳髄を直接揺さぶりよる。


「静江さん、ここ、空気そのものが物理的な質量を持って僕たちを押し潰そうとしています。僕が展開している浄化の結界が、展開したそばから黒いすすのようなものに侵食されて、濁っていく。これが世界の排泄口の正体……。これまで僕たちが王宮や森で相手にしてきた汚れが『部屋の隅の埃』だとしたら、ここは世界中のドブと怨念を集めて大釜で煮詰めたような場所だ。気を抜けば、精神が焼き切られてしまう」


 カイルが、真っ青な顔をして必死に魔導書を操り、うちらを包む結界を維持し続けとる。

 彼の眼鏡は、空気中の瘴気のせいで絶えず曇り、拭っても拭っても不浄な油膜が張り付いていく。

 

 アレンも、いつもの明るさはどこへやら、聖水のモップ槍を杖代わりにして、膝まで浸かる泥を掻き分けながら一歩ずつ、必死に足を進めとった。

 彼の目には、普段の騎士らしい勇ましさはなく、底知れぬ不安に怯える迷子のような色が浮かんどる。


「静江さん……僕、なんだか、ずっと昔に捨ててしまった木彫りの馬のおもちゃのことを思い出して、胸が張り裂けそうなんです。あのおもちゃ、名前は『オリオン』って付けたのに、剣術の修行が忙しくなってから、埃を被らせたまま蔵の隅に押し込んで……。今、この泥の下で、あの子が僕を恨んで呼んでいる気がするんです」


「アホなこと言いな、アレン! 物はな、捨てられたことを恨むほど暇やないわ! あいつらが本当に悲しんでるのは、捨てられたことそのものやなくて、誰の記憶からも消えて『忘れられたこと』なんや。あんたが今、その名前を思い出したんなら、それはもう立派な供養……つまり『掃除』の第一歩や。過去の幻影に足を取られてんと、しっかり前を向きなはれ!」


 うちは、アレンの背中をデコネイルの掌でバシィィィンと力一杯叩いて、気合を入れ直させた。

 厚底ブーツが泥を跳ね上げ、派手な紫のブルゾンが灰に染まっても、うちの眼光だけは濁ることはあらへん。


 水晶玉は、もはや制御不能なほどのノイズを撒き散らしとる。

 異世界の泥の原野と、前世の大阪……かつて占いの館があったあの商店街の裏路地、夕暮れ時の巨大な埋立地の景色が二重写しになって、万華鏡みたいに狂い出しとった。


 やがて、うちらの眼前に、天をも突くような巨大な「壁」が姿を現した。

 それは石やレンガで組まれた人工物やない。

 何万、何億という、捨てられた「物」と「感情」の残骸が、呪いの魔力で塗り固められて積み上がった、巨大なゴミの要塞、ゴミの山脈や。

 

 その頂上。赤黒い稲妻が空を切り裂き、轟音が大地を揺らす中、一人の人影が、無数のガラクタを組み合わせて作られた歪な椅子に腰掛け、冷徹な眼差しでうちらを見下ろしていた。


「よく来たな、異世界の清掃員。ここはすべてが終わりを迎え、すべてが無に帰る忘却の聖域だ。これほどまでに積み上げられた、愛されぬ者たちのコレクションを、これ以上君たちの下らぬ正義感で引っかき回しに来たというのか?」


 その声が、風に乗って耳に届いた瞬間、うちは心臓を巨大な氷のくさびで貫かれたような衝撃を受けた。

 ハチミツ飴を噛み砕くことすら忘れ、うちは水晶玉を泥の中に落としそうになりながら、その影を見つめ返した。


「その声……。あんた、まさか……嘘やろ。なんで、あんたがこんな場所に……」


 霧と灰の向こう側、ゆっくりと椅子から立ち上がった掃き溜めの主。

 その姿は、かつて大阪の占いの館に、閉店間際の土砂降りの夜、ひっそりと現れたあの「一番最後の依頼人」そのものやった。

 「もう、すべてを捨てたいんです」と言って、消え入りそうな笑顔を見せていたあの男の面影。


「おばちゃん、久しぶりだね。あの日、君が占ってくれた『新しい運命』は、結局、この救いのないゴミの山に辿り着いたよ。……さぁ、僕のこの巨大な未練を、君はどうやって『分別』してくれるのかな? それとも、君自身もこの泥の一部となって、永遠に忘れ去られる方を選ぶかい?」


 おばちゃんの最大の戦いは、前世で結びきれなかった因縁を清算し、世界の根幹を浄化する、究極の「特殊清掃」へと突入したんや。


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