第48話 玉座の主と、万年床の呪縛
魔王城の最深部、かつて数多の勇者が命を散らしたと言われる「玉座の間」。その巨大な黒銀の扉の前に、うちは立っとった。
扉の隙間から漏れ出してくるのは、禍々しい魔力……やなくて、鼻を突くような「酸っぱい匂い」や。
「……アレン、カイル。あんたらの鼻、大丈夫か? これ、何百年も放置された部室のロッカーみたいな匂いしとるで」
うちは、ピンクブロンドの盛り髪を乱暴にかき上げると、スカジャンの袖を肩まで捲り上げた。ギラギラのデコネイルが、暗い廊下で不吉な光を反射しとる。
バアルは、さっきから「ひぃっ、ひぃっ」と過呼吸気味に震えとった。
「静江さん、本当に入るのですか……? 魔王陛下の玉座は、魔族領で最も神聖な……」
「神聖もクソもあるか! この悪臭、廊下まで漏れてるんやぞ! 営業停止処分もんやわ!」
うちは力一杯、その重厚な扉を蹴り開けた。
バォォォォンッ!
扉が開いた瞬間、うちらを襲ったのは、物理的な質量を持った「埃の嵐」やった。
視界が真っ白に染まる。カイルが慌てて風の魔法で霧を払うと、そこには威厳もクソもない、この世の終わりみたいな光景が広がっとった。
豪華なはずのシャンデリアには、蜘蛛の巣がカーテンのように垂れ下がり、床の大理石は見えへん。なぜなら、そこには数千年分の「飲みかけの酒瓶」と「魔獣の食べ残しの骨」、さらには封も切られていない羊皮紙……つまりバアルたちが必死に書き溜めた報告書の山が、無造作に積み上がっとったからや。
そしてそのゴミの山の頂上。
本来なら魔王が威厳たっぷりに座っているはずの玉座の上で、丸まって寝ていたのは……最強の魔王やなくて、ヨレヨレのパジャマを着て、よだれを垂らしながら寝癖だらけの髪を掻きむしっている、一人の「大きな少年」やった。
「……ふわぁ……。うるさいなぁ。……バアル? 報告書なら、適当にその辺に積んどいてって言っただろ。僕、今、千年規模の深い眠り……いわゆる『究極の二度寝』の最中なんだから……。あと、朝ごはんはプリンがいいな……」
魔王は目をこすりながら、こちらをチラリとも見ようとせえへん。彼の周りには、自堕落な魔力が具現化したような、ねっとりとした「淀みのオーラ」が万年床みたいにこびりついとった。
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うちは、その光景を黙って三秒、五秒……十秒見つめ続けた。
水晶玉を持つ手が震える。それは恐怖やなくて、腹の底から湧き上がってくる、煮えくり返るような「正義の怒り」や。
頭の奥で、強烈なノイズが走る。
一瞬、日本の実家の、夏休みになっても昼過ぎまで起きてこず、ポテチのカスを布団に散らかしたまま「飯まだー?」とのたまう、反抗期の息子の部屋の景色が重なった。
(……あ、あの部屋の匂い。カビたパンの耳と、脱ぎっぱなしの靴下と、将来への不安を全部投げ出したような、あの特有の煮詰まった匂いやわ……。おばちゃんが、一番、我慢できへんやつや……!)
うちはハチミツ飴をバキバキと音を立てて噛み砕き、スカジャンの襟を正した。
「……おい、そこの魔王の坊ちゃん。……あんた、今、何時やと思てんの?」
うちの声は、地響きのように重く、ホールの隅々まで染み渡った。
「……え? 誰? 新入りのメイド……? ……君、不敬だよ。僕を誰だと思っているの? 僕は万物の終わりを司る、魔王ルシフェ……」
「魔王か何かしらんけど、こんなゴミ溜めに埋もれてて、恥ずかしくないんか! 立ちなはれ! 今すぐ! 窓を全開にして、そのカビの生えた毛布を天日干しにするんや! あと、その溜まった書類! 部下が血反吐吐きながら作ったもんを、枕にして寝るなっちゅうねん!」
うちはアイテムボックスから、王宮の宝物庫の隅で眠っていた「聖なる白鳥の羽根」を括り付けた、特製の『お説教叩き』をひったくった。
「あんたな、自分の部屋も管理できへん奴に、魔族領の将来を語る資格なんかあらへんわ! ほら、カイル! 換気魔法最大出力や! 澱んだ空気を全部叩き出しなはれ! アレン、その酒瓶を『資源ゴミ』として回収! ゾルゲ、あんたは従業員を引き連れて、床のガムテープ跡を削ぎ落としなはれ!」
「ぎゃああっ!? な、何!? この人間、何をするんだ! 僕の結界が、ただの『叩き』で粉砕された!? 熱い、というか、目が覚めるほど清々しすぎる! 助けて、バアル!」
「バアルは今、あんたの代わりに残業して燃え尽きた後なんや! あんたがこの子をボロボロにしたんやな!? 許さへんで! 今日からここは、おばちゃんの『特別清掃・強化指定区域』や! 坊ちゃん、あんたも雑巾持ちなはれ! さぁ、掃除の始まりや!」
世界を滅ぼすはずの魔王が、一人のギャル姿のおばちゃんに襟首を掴まれ、縮み上がって雑巾を握らされる。
魔族領の歴史が、今、おばちゃんの「激おこ」によって、雑巾がけの音と共に激しく塗り替えられようとしとったんや。
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