第43話 魔界リサイクル始動と、不穏な視線
ゾルゲの「執着の核」が弾け飛んでから三日が過ぎた。
かつて「腐肉の森」と呼ばれ、生者が足を踏み入れれば数分で発狂すると言われたあの洋館は、今や驚くほどの変貌を遂げとった。
「こらー! ゾルゲ! そこ、まだ隅っこに黒カビが残っとるやろ! 魔法で誤魔化さんと、この特製重曹ペーストを塗り込んで、しっかり歯ブラシで擦りなはれ!」
「……は、はい、静江様……。……まさか、私が数百年かけて築いた呪詛の壁を、重曹とクエン酸で剥がされることになるとは……」
かつての屍術師ゾルゲは、今や法衣を脱ぎ捨て、ボロボロのシャツの袖を捲り上げて、床に這いつくばっとった。
彼の周りには、かつての「コレクション(アンデッド)」たちが並んどる。けど、もう彼らに殺意はあらへん。アレンとカイルが「魂の分別」を手伝ったおかげで、彼らは『自律型・お掃除ロボット』として第二の人生……いや、第二の死後を歩み始めとったんや。
「静江さん、外の森も少しずつですが、霧が晴れてきましたよ。……驚きました。瘴気の元凶となっていた『不法投棄の死骸』を正しく土に還すだけで、ここまで生態系が回復するなんて」
カイルが感心したように、窓の外を見つめとった。
うちは腕を組んで、ふんぞり返って頷いた。
「当たり前や。魔族領がドロドロなのはな、魔族が悪いんやなくて『掃除の仕方が分からん』だけやねん。……ええか、カイルちゃん。汚い部屋に住んでたら性格も歪むわな。それと同じや。この森をリフォームして『居抜き』でリサイクルセンターに作り替えたら、近所の魔族らも『あ、ここ、ゴミ捨てたら怒られるな』って思うようになるんやわ」
うちは、アイテムボックスから王宮でくすねてきた……もとい、支給された高級な便箋を取り出した。そこには、魔族領進出の第一歩となる事業計画がびっしりと書き込まれとる。
「……題して、『魔界クリーン・フロンティア計画』や。ゾルゲ、あんたはここの工場長兼、特殊素材の鑑定士や。……魔族領に転がってる『呪いの武器』やら『魔獣の骨』やらを全部ここに集めて、使えるもんはリサイクル、あかんもんは浄化して処分する。……これ、うまく回せば王宮との貿易ルートも作れるで?」
「貿易……? 私たち魔族が、人間と商売を……?」
ゾルゲが呆然と顔を上げる。彼の瞳からは、かつての絶望が消え、少しずつやけど「新しい生活」への戸惑いと、かすかな希望が宿り始めとった。
「そうや。不法投棄犯として一生指名手配されるより、リサイクル業の創始者として歴史に名残す方が、あんたの死んだ家族も喜ぶやろ? ……ほら、手が止まっとるで! 次はあの、地下の汚物溜まりを『バイオトイレ』に改築する作業や!」
「……了解しました、静江様。……掃除というのは、案外、心が落ち着くものですね」
ゾルゲが再び雑巾を手に取り、床を磨き始める。
アレンも「僕も手伝います!」と、聖水のモップを振り回して楽しそうに笑っとる。
王宮から魔族領へ。おばちゃんの「掃除」は、ついに種族の壁すら超えて、この世界の歪みを正し始めとった。
だが、そんな和やかな空気の中に、一筋の鋭い「冷気」が走り抜けた。
うちは、水晶玉を抱えたまま、窓の外のさらに奥……魔族領の最深部、空が血のように赤く染まっている方向を睨みつけた。
霊視を使うまでもない。
この洋館が「綺麗」になったことで、逆に目立つようになってしもたんや。
真っ白な布に落とされた、一滴の黒いインクのような不気味な気配。
「……静江さん? どうしました?」
アレンが異変に気付き、剣の柄に手をかける。
「……あー、やっぱりな。……ゴミ屋敷が急にピカピカになったら、近所の『怖い大家さん』が文句言いに来るのは、どこの世界も一緒やわ」
霧の向こう側。
屍術師ゾルゲすらも震え上がらせるような、圧倒的な魔力を纏った影が、こちらをじっと監視しとるのが分かった。
それは、魔族領を統べる「真の王」の直属……あるいは、王そのものか。
「……カイル、アレン。……筑前煮の残り、全部食べて力つけなはれ。……どうやら、次のお客さんは、見積書を見せただけで納得してくれるようなタマやなさそうやわ」
うちはハチミツ飴を口に放り込み、ガリッと噛み砕いた。
甘さが脳を刺激し、おばちゃんの勝負師としての血が騒ぎ出す。
「……魔族の王様か何か知らんけどな。……おばちゃんのガサ入れを邪魔する奴は、たとえ神様でも『粗大ゴミ』として分別したげるわ!」
魔族領リフォーム計画。
それは、この世界の支配構造そのものを「大掃除」する、壮大な戦いの序章に過ぎなかったんや。
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