第42話 断捨離の極意と、独りよがりの記憶
「強制換気」の風が吹き荒れる中、うちらは崩れかけた壁の奥、階段の裏に隠された「秘密の部屋」へと踏み込んだ。
そこは、これまでの腐敗臭漂うホールとはまた違う、異様な空気が漂っとった。
カビの匂いに混じって、古びた紙の匂い、そして……何年も開けられてへん「押し入れの奥」のような、埃っぽくて息が詰まる匂いや。
部屋の中央に鎮座しとったんは、巨大な「心臓」……やなくて、ありとあらゆるガラクタが凝縮して固まった、禍々しい『執着の塊』やった。
壊れた子供の玩具、色褪せたリボン、何かの手紙の断片。それらが魔力の糸で複雑に絡まり合い、ドクンドクンと脈打っとる。その中心で、紫色の不気味な光を放つ核が、魔族領全体の瘴気を吸い上げとったんや。
「……何やこれ。ゾルゲの兄ちゃん、あんた、こんなもん生み出すために王都を汚したんか?」
うちは水晶玉を構え、その塊の奥にある「記憶」を霊視した。
水晶に映し出されたのは、数百年前の景色。そこには、まだ人間やった頃の若きゾルゲが、愛する家族を疫病で失い、彼らの遺品を一つも捨てられずに泣き喚く姿があった。
「……捨てられない……。一つでも捨てれば、彼らが生きていた証が消えてしまう……。ならば、すべてを繋ぎ止め、腐らぬように魔法で塗り固めればいい。世界を死者で満たせば、私はもう、誰も失わずに済むのだ……ッ!」
宙に浮くゾルゲが、ボロボロになった法衣を翻して叫ぶ。彼の瞳からは、どす黒い涙が溢れとった。
アレンが剣を握る手に力を込め、悲痛な表情で呟く。
「……大切な人を忘れたくないから、ゴミを溜め込み続けた……? 守るための力が、こんなにも歪んでしまったというのか」
「甘いこと言いな、アレン! ……ゾルゲ、あんたな。それは『愛』やなくて、ただの『エゴ』やわ」
うちは一歩、その脈打つ塊に近づいた。
頭の奥で、また強烈なノイズが走る。
一瞬、日本の実家の、認知症が進んで「物」を捨てられなくなった親戚の家の光景が重なった。
(……『これはまだ使える』『これは思い出や』。そう言うて積み上げられた新聞紙の山に、本人が埋もれて動けなくなっとる……。……これじゃ、生きてるんか死んでるんか、分からへんやろ……)
うちはハチミツ飴を噛み砕き、その「ノイズ」を怒りのエネルギーに変えて叫んだ。
「ええか、ゾルゲ! 『いつか使う』『捨てたら可哀想』……そう言うてる間にな、あんたの心は、この死んだ過去の重みで窒息しとるんやわ! 物に罪はあらへんけど、今のあんたは、思い出を盾にして『今』を生きるのを放棄しとるだけや!」
「うるさいッ! お前に何がわかる! 永遠に変わらぬこの美しさが、何物にも代えがたい救いなのだ!」
ゾルゲが逆上し、執着の塊から巨大な「ゴミの腕」が何本も生え出し、うちらを押し潰そうと襲いかかってきた。
カイルが即座に障壁を張るが、過去の恨みが凝縮されたその一撃は、魔法の盾を紙切れのように引き裂こうとしとる。
「カイル! あの核を狙うんやない。あの塊を繋ぎ止めてる『魔力の糸』……つまり、あいつの『未練の結び目』を狙いなはれ! 水晶で見えるわ……あそこの、色褪せたリボンが絡まってるところや!」
「分かりました! ……『浄化の火炎』!」
カイルの放った聖なる炎が、執着の塊の「結び目」に直撃した。
ギャアアアッ! という、ゾルゲの悲鳴とも、ガラクタたちの叫びとも取れる音が部屋中に響き渡る。
糸が一本切れるたびに、塊から「物」がパラパラと剥がれ落ち、ただの塵となって風に消えていく。
「アレン! 仕上げや! あんたのモップ槍で、あの核の周りにある湿った空気を全部掃き出しなはれ! 過去に縋ってるあいつに、『明日の朝日』を見せたげるんや!」
「……はい! 魂の洗濯、完了させます! ……はあああッ!」
アレンが全身の力を込めて槍を突き出した。
聖水と塩の力が、執着の核を真っ向から貫く。
その瞬間、核の中に閉じ込められていた数百年分の「澱み」が、眩い光となって一気に弾け飛んだ。
光が収まった後、部屋には静寂が戻っとった。
巨大な塊は消え、そこにはただ、埃を被った古い空き部屋だけが残されていた。
床に力なく膝をつくゾルゲ。彼の周りには、もう生首も、不気味なコレクションもあらへん。
「……私の……私の思い出たちが……消えた……。……私は、これからどうすればいい……?」
うちはゆっくりとゾルゲに歩み寄り、その白髪混じりの頭に、ポンと手を置いた。
「……消えてへんよ。あんたが本当に大事にしてた記憶なら、物なんかに頼らんでも、あんたの心の中にちゃんと残っとるわ。……ええか、掃除はな、捨てることやない。『大切なもんを、大切にするために場所を開けること』なんやで」
うちはアイテムボックスから、王宮で認めた最後の「請求書」を取り出した。
「さて、しんみりするのはここまでや。……ゾルゲの兄ちゃん。あんたがやらかした不法投棄の賠償金。……カネで払われへんなら、今日からうちの『ルミナ・リサイクルセンター』で、死ぬまで仕分け作業のボランティアしてもらうで。……まずは、この屋敷の床磨きからや。……アレン、バケツ用意しなはれ!」
おばちゃんのあまりにも現実的な「判決」に、ゾルゲは呆然とした後、ふっと力なく笑った。
魔族領のゴミ屋敷。
その主は、最強の掃除屋の手によって、ついに「更生」の第一歩を踏み出したんや。
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