第41話 不用品回収と、執念の分別
ゾルゲの洋館の重苦しい扉を蹴り開けた瞬間、うちは「うっ」と胃の底から熱いもんが込み上げるのを感じたわ。
そこはただの暗い部屋やない。空気が物理的な質量を持っとるんや。湿っていて、ねっとりとしていて、まるで「腐ったガーゼを無理やり口の中に押し込まれた」ような、生理的な嫌悪感を煽る死臭が肺の奥までこびりついてきよる。
壁紙はかつては目の覚めるような深紅の絹やったんやろうけど、今は魔物の体液やら、何層にも重なった黒カビが、まるで血管のような不気味な模様を描いとる。天井からはシャンデリアの代わりに、魔法で防腐処理をされたらしい「生首」がいくつもぶら下がり、うちらが動くたびに、その死んだ瞳がギョロリとこちらを追ってくるんや。
「……あー、ほんまに堪忍。ゾルゲの兄ちゃん、あんた、自分のこと『美しき停滞の芸術家』とか言うてたけどな……おばちゃんから言わせれば、ただの『片付けられへん末期症状の汚部屋住人』やで、これ。テレビの特番やったら、間違いなく防護服着た業者に数人がかりで家財道具全部放り出されるレベルやわ」
うちは水晶玉を抱え直し、スカジャンの襟を口元まで引き上げて、ホールの中央まで一歩ずつ進み出た。
足元の絨毯を踏むたびに、「グチャッ……ヌチャッ……」という、嫌な音が静まり返った館内に響く。埃と血と、何千年も放置された「未練」が地層みたいに積み重なって、もはや床が石なのか木なのかも判別がつかへん。
「ククク……無知な女よ。この不潔こそが、生者が逃れられぬ『死』と『腐敗』への究極の抵抗なのだ。美しさは、変化の中にではなく、この永遠の静寂の中にこそ宿る……。さて、おしゃべりは終わりにしよう。我がコレクション、かつての英雄たちの成れの果てに、君のその生意気な魂を『寄贈』してもらおうか!」
吹き抜けの二階、宙に浮くゾルゲが法衣の袖を大きく振った。
その瞬間、ホールの左右にうずたかく積まれていた「粗大ゴミの山」……いや、骨やら鎧やらがガタガタと震え出したんや。
中から這い出してきたのは、かつてこの魔族領に挑み、そしてゾルゲに「素材」として弄ばれた騎士たちのアンデッドや。それも、ただのゾンビやない。ゾルゲの歪んだ魔力で「継ぎ接ぎ」にされ、四本の腕があったり、背中から別の死体の足が生えていたりする、見るに堪えんバケモノどもや。
「静江さん、下がってください! この数……それにこのプレッシャー、まともに相手をしていたら、こちらの精神が先に焼き切られます!」
アレンが聖水のモップ槍を構え、震える声を絞り出す。彼の足元は、床のヌメリのせいで定まらへん。横ではカイルが必死に防御障壁を展開しとるが、ゾルゲの放つ「死の瘴気」の重圧に、障壁の表面がパキパキとひび割れる不吉な音が響いとるわ。
うちは、激しくなる鼓動を抑えながら、一点を凝視した。
頭の奥で、またあの「ノイズ」が走り出す。王宮の豪華なはずの広間が、一瞬だけ、大阪の路地裏にある「古びたリサイクルショップの地下倉庫」と重なって見えたんや。
(……あ、あの扇風機、羽根が欠けてて危ないわ……。あの炊飯器、パッキンがもうボロボロや……あんなん、売り物にならへんし、置いてるだけで火事の元やで……。なんであんな不良在庫、いつまでも並べてるんやろ……)
うちはハチミツ飴をガリッと奥歯で噛み砕き、その「生活者の視点」のまま、迫りくるバケモノどもを睨みつけた。
「……カイル! あの左側の四本腕のバケモノ! あれ、繋ぎ目の魔力回路が『絶縁不良』起こしとるわ! 腰のあたりに、紫色の魔力のノイズが走ってる場所があるやろ? そこに雷撃をピンポイントで叩き込みなはれ! ショートさせて強制終了や!」
「絶縁不良……!? なるほど、あの歪んだ接続部か! ……『雷の矢』!」
カイルの放った雷撃が、うちの指した一点を正確に貫いた。
バケモノは悲鳴を上げる間もなく、全身を青白い火花が駆け抜け、ガシャンとただの骨と錆びた鉄屑の山に戻って崩れ落ちたわ。
「……次! アレン、あっちの鎧だらけのやつ! あれは『不燃ゴミ(鎧)』の中に無理やり『有機物(肉)』を詰め込んでるから、関節の重心がガタガタや! 右足首の蝶番が腐って緩んでるのが見えるやろ? そこに聖水のモップを思いっきり引っ掛けなはれ! 倒して、仰向けにすれば、自重で起き上がれへんようになるわ!」
「はい! ……はあああッ!」
アレンがモップ槍の穂先を鎧の隙間に突っ込み、慇懃な動作やなくて、力任せに抉開けた。
聖水の力が錆を焼き切り、バケモノは自分の鉄の重みに耐えられず、仰向けに転倒して亀のようにジタバタともがき始めた。
「……ええか、あんたら。バケモノやと思って戦うから怖いんや。これはな、『メンテナンスされてへん不良品』や! 不良品はな、ちょっと衝撃与えれば勝手に壊れるんやわ!」
戦況は一気に変わった。
ゾルゲが自信満々に繰り出した「コレクション」たちが、おばちゃんの「検品」によって、次々と『欠陥品』として解体されていく。
「……な、何だと……!? 私の、私の最高傑作たちが、あんな女のゴミを見るような視線一つで……! おのれ、おのれ掃除屋ぁ!」
ゾルゲが空中でのけぞり、顔を般若のように引きつらせる。うちはその隙を逃さず、アイテムボックスから一本の「古びた巻物」を取り出した。王宮の書庫の隅っこで、何十年も「使い道不明」として放置されとった、『広域・強制換気』のスクロールや。
「……ゾルゲの兄ちゃん。あんたの負けや。……ええか、ゴミ屋敷の掃除で一番大事なんはな、力ずくで捨てることやない。……『風を通すこと』なんやわ!」
うちはスクロールを全力で引き千切った。
その瞬間、何千年も閉ざされていたホールの高窓や、重厚な扉が、目に見えぬ巨大な力によって一斉に弾け飛んだ。
ヒューーーッ! ドォォォォン!
魔族領の冷たい、けれど「外の世界の生きた風」が、真空状態やった屋敷の中に雪崩れ込んでくる。
部屋の中に充満していた、湿っぽくて重たい怨念の霧。それが、新鮮な風に触れた瞬間に、まるで朝露が太陽に焼かれるように急速に薄まり、浄化されていく。
「ギャアアアッ! 私の……私の『永遠』が! 私の『停滞』が……風に、風に流される……ッ!」
ゾルゲが空中で身悶えし、着ていた豪華な法衣が、乾燥した落ち葉みたいにボロボロと崩れ始めた。
湿気が消え、空気が循環し始めれば、あんな「カビみたいな執念」だけで動いてるバケモノなんて、その存在を維持できへんのや。
「……アレン、カイル! 仕上げや! 屋敷の奥……あの階段の裏、壁の中に一番大きな『負のエネルギー』の塊が隠されとる。……ゾルゲが必死に溜め込み続けた、このゴミ屋敷の元栓……**『腐敗の心臓』**や!」
うちは水晶玉を高く掲げ、風の中に浮かび上がった「壁の裏の淀み」を指し示した。
ここを叩き割らなあかん。
おばちゃんの「特殊清掃」は、ここからがいよいよ、魂を削る本番や!
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